第14.5話 因果の秘密

___**


 全く………煩くてかなわん。

結婚しろとか子供作れとか、言うことが全く変わってないんだ、じいやは。聖也の前で、あんなことわざわざ言わなくたっていいのに!!



 恥ずかしくって、勢いで飛び出してきてしまったじゃないか…。


 いつもの吸血鬼の溜まり場でもあるバーに行こうとしたが、財布も置いてきてしまった。家からそう離れていない公園のブランコで時間を潰すはめに……くそじいめ、恥と罵りながらこんな屈辱を与えるとは!いつか本当に食ってやる!!



…私がどれだけ嫌になったのか、じいも知ってるはずなのに。

 

 一度目の結婚は、私がまだ成人したばかりの頃の事。

母が亡くなって、身寄りのなくなった私は、同じ始祖の血を持つ長老家系のドラクレシュティ家のヴラド二世に引き取られ、養育されることになった。


後に、その分家であるダネシュティ家に私は嫁いだ。


 何故そんな所に嫁がされたと?

私の母が死んだ後、唯一マナナンガルの血を残すのは私のみとなり、希少な女吸血鬼としてドラクレシュティ家の当主であり長老格の一人、ヴラド2世が後見人となった。


 しかしワラキアの覇権争いの中でヴラド2世はダン3世に殺され、その息子であるヴラド3世はダン3世を処刑する。

 血で血を洗う争いに、見かねた他の純血貴族達が間に入る形で休戦した。


 その時、私はドラクレシュティ家の派閥から、ダン3世の息子アルベルトに人質として嫁がされたというわけだ。



 まだ若かったから、それを知るのは随分後になった。どのみち、マナナンガル家の血筋も私のみとなっていたから、さっさと嫁がせて子孫を作らせようと心配したじいの判断もあっただろうが。


 その後は地獄だった。


 吸血鬼社会において純血の女吸血鬼は、子供の生むための道具でしかない。

 いかに始祖の直系であるとはいえ、後ろ楯を失った私への扱いは、酷いものだった。


これがもう少し、分別のある夫であればまだマシだったかもしれない。



 毎日毎日、ブタみたいな見た目をした夫よりもブタのような扱いを受けた。

暴力に監禁、朝を迎える頃には毎日夫の下劣な趣味趣向を押し付けられながら犯されて、精神も肉体も壊れていった。

 幼かった女の私を、守るものは誰も、いなかった。あれ以来、偉そうな男が嫌いになった。


あの10年間を、未だにどうやって過ごしていたのかよく思い出せない。なかったことのようにすら思える。


 結局子供も出来なかった。


 けして不妊ってわけじゃない。ただ、人間よりも繁殖能力が低く、どれだけやっても子供が出来ないのはザラだった。


 それでも何とか子供を生むのが女の役目と言われてた時代には、風当たりが強かったもの。



 私の場合、じいやにも会わせてもらえず、ほぼ監禁に近い環境だったから度重なるストレスが原因で体が受け付けなかったんだと思う。



 夫が反乱で死に、ダネシュティの血族や人間の奴隷が根絶やしにされる中で、マナナンガル唯一の女吸血鬼であり、ヴラド二世の遺言により、私だけは見逃された。


結婚による辛い日々から解放されて…嬉しかった。もう二度と、私には伴侶は必要ないと。



 考えるだけで、またあの日々が戻ってくると思うと怖くて仕方ないから。



 オスなんか皆そうだ。


仮に最初はいいとして、妊娠したり子供を産めば、すぐに他のメスに行く!!特に吸血鬼でも人間でも、愛人の一人もいなかった男なんか、見たことがない。



下劣だ、最低だ、底辺だ!



女とて浮気しないとは言い難いが、男は暴力や本能に任せすぎなのだ!!


だから、どうせ信じたって無駄!!…信じたって……。



………。



 でも、聖也は?あいつは…今のところ私を甘やかす程ベタベタだし、一緒に住んでて暴力を振るってきたことは一度もない。仮に振るって来ても3秒で殺せるのだが。



 本当に、一途でいてくれると言うなら。彼なら、もし彼が結婚相手だったら、いいと思う。

けど、結婚なんて話になったら色々と問題が出てくるし。

 

 第一、私が結婚となったら、あの長老達に必ず報告しなければ後々めんどくさいし、奴等が人間を受け入れるとは到底思えない。



 一緒にいるだけなら、いいけど。ずっと、一緒に、いるだけなら……別に、ふ、夫婦になって、子供とか作らなくったって……。


 あいつが老いていくまで一緒に暮らして、出掛けたり、くだらない話に付き合って、いずれはこんな煩い都会から静かな所に移って、静かに暮らしたっていい。…本当に、それだけで。



 聖也が死んだら、墓を作って埋めて。そしたら、私……。


…………そこから、全く考えてない。


 じいやの所へ戻るくらいしかない。石の塊の下に埋まった彼の側にいたって、どうしようもないし。戻ったら、また私に縁談を持ってくるだろう。さっきみたいに。


 じいやは後継者が欲しいだけだ。私の次に、マナナンガル家を継ぐ後継者が。その為には、交尾だけの相手でもいいとすら、言った。彼が死んだら、その使命からは私は逃げられない。



 不思議と、これが嫌なんだ。以前だったら、さっさと承諾していたかもしれないけど、嫌。きっと、それは…。


……いや、いやいやいや。なにを考えてるんだ私。

あいつとの子供なら良いとか、考えてない。そんなの、絶対認めないし、産みたくもない。痛いし、子供とか嫌いだし!


第一、聖也だけでも甘えたがりの子犬みたいなものなのに、もう一人毛玉が増えたら更に鬱陶しく…



「ママ~。ねぇ、ブランコ乗りたい~」


「ゆうちゃん待って!今日はもう遅いから明日にしよ!」



…ん?

もう21時過ぎだというのに、タッタッタッと私の元に3、4才ぐらいの幼児がやってきた。


…はぁ、子供の事を考えると、頭がいたい時になんなんだ。こっち見てるし、やめろ。絡んでくるな。



「ゆうちゃん!今日はもう帰ってねんねでしょ!ほら…………あ、貴方は…」


 子供の側にやって来た母親。人間がこんな時間まで子供を連れ回して何してるんだと思い母親の顔を見ると、どっかで完全に見たことがある顔だった。話したことはないが、忘れたことはない。


というか……。



「貴方……あの、聖也君の…?」


 白田優愛…聖也の、元彼女だった。とても久しく思えるほど存在すら忘れかけていた女だった。こんなところで会うとは。



「あの、覚えてますか?私…」


「前にジャッキーのスタジオで会った」


 元彼女だっていう話はせず、ただそれだけを簡単に言うと、「あぁ、やっぱり!」と朗らかな笑みを向けてきた。あいつの彼女だっただけあって微笑み方までそっくりだ、クソ。



「私、白田優愛です。聖也君とは、高校の時からの友達で」


「…そう」


………"友達"ね。


「彼女さんですよね?聖也君は、一緒じゃないんですか?」


「ママ~だぁれー?」


「…」


「ゆうちゃん!」


 ペタペタとまるで群れから離れたアヒルみたいに。警戒心もなく私の足に触れてくる子供を、慌てて「ダメよ」と引き剥がす。女の見た目のせいか、姉と弟にも見えなくないが、れっきとした親子らしい。



「これは、貴方の子?」


「あ…はい。この子は、優也って言います。ゆうちゃん、ご挨拶は?」


「ママ~、このお姉ちゃん、可愛い~おっぱいおっきい~」


「ゆ、ゆうちゃん!ごめんなさい!なんでもかんでも口に出しちゃう子で…」



 っ!この歳でなんと腹立たしい。どんな教育を受けてるんだ……ヘラヘラ笑うこの毛玉の顔まで、聖也に見えてきた。くるくるした黒髪、目元もなんだかそう見えてくるし、私の足に擦りついてくる時点で、だいぶ彼らしい。



あいつの精神年齢は、4才児と同等なのかもしれん。



「……この時間に子供と何を?」


「保育園から帰ってる途中だったんです。色々仕事してて、引き取るのがいつもこういう時間帯になっちゃうので」


「モデルもその仕事の一つ?」


「あれは、時々のバイトみたいなものです」


 普段は事務職をしていると、子供の頭を撫でながら言った。

 この時間まで仕事に追われて、子供を迎えにいくのもこの女がやってるとすれば、シングルマザーというやつなのか。

 

 ……ふん、最近増えているらしいがやっぱり結婚はろくなことがない。



「聖也君は元気ですか?」


「まぁ。連絡はとってないので?」


「いいえ。今は、全く…。この前も仕事でたまたま会っただけなので。元気ならいいんです」



 取ってるなんて言われたら帰ってぶち殺す気でいたが。しかし子持ちとは、意外だ。…聖也に一度近づいたのも、懐かしさゆえの行動だったのか?てっきり、縁でも迫られたのかと思っていたけど。



「あの…彼女さん」


「…シェラミアだ」


 彼女さんと言われるのも違和感があり、改めて名前を教えると、シェラミアさんと言い直して、白田は私に聞いてきた。



「今、彼とはこの近くのマンションに住んでるんですか?」


「何故そんなことを?」


「実は、彼に返し忘れてたものがあって。結局返せないまま、連絡が途絶えちゃったので、よければ渡して貰えませんか?」


「私でよければ」


 私の返事を待ってから、白田は鞄の中を探り目の前に出す。それは、ピンクのキーケースで、中を開けてカチャカチャと探った後、一本の鍵を私に差し出した。


「彼の家の合鍵です。…まだあそこに住んでたらの話だけど、でも、返さなきゃって思ってたから」


「……」


 黙ってそれを受け取る。これをわざわざ私に返すなんて。家が分かってるならポストにでも入れておけばいいものを。



「どうして郵便ポストに入れようとは思わない?家は、分かってるんだろう?」


「もう引っ越したと思ってたので。あそこ…一人暮らしには向いてないし」



…確かに聖也一人で住むには広すぎる気がしてた。

 リビングの他に私と聖也の個室があって、キッチンや収納もある。前に遊びに来たベルカにも、一人暮らしの若者が住む部屋としては不相応だと言われた。

 私はあまり気にしてなかったが、ワンルームが普通らしい。



 聖也の話では、学校を卒業してからずっとあそこに住んでると言っていたが、家賃が高いとかぶつくさ言ってたわりには、めんどくさくて引っ越さなかったとか言ってた。



……いや待て。この女が合鍵を持ってたってことは、まさか……。



「それじゃあ、すみませんが、よろしくお願いします。ゆうちゃん、かえ…」


「シェラミア!こんなところにいたの?探したよ!?」


………なんというタイミングか。それとも、ある意味いいタイミングと言うべきか。



 振り返った先に、部屋着にサンダルでこっちに走ってきた聖也が私の手を強く掴んだ。

突然現れた聖也に、子供と一緒にその場から去ろうとしていた白田優愛の表情が変わる。



「聖也…」


「……帰るよ、シェラミア」



 聖也も女に気付いていたが、普段見たことがないむすっとした表情と虚ろな目から、女の存在を認識しないようにしていて、私を強引に連れていこうと手を引っ張った。




「聖也、待って!お願い」


「…」


 強引に私の手を引いて帰ろうとする聖也が、子供の肩を抱いて呼び止めた白田の声に一度止まり、振り返る。


 その表情は、いつもポヤポヤ笑ってる男のものとは思えないほど、不機嫌な表情だった。眉にシワを寄せて、白田を睨みつけている。

前に、あの娘の事は嫌いだと言っていたが、本当にそうなんだと感じた。


 白田は何か言おうとしたものの、振り返った聖也の顔を見て怯えたように萎縮した。が、ぐっと何もわかっていない顔をしてる子供の肩を抱いて、聖也に言った。



「この子、分かる?」


「…」


「今年でもう5才なの」


「だから?」


「この前、会ったときに話したでしょ…」



…?なんだこれは?どういうことだ?

何故子供の話題になるんだ?この流れで。しかもはっきりと会話もないのに、二人の間では何かの会話が成り立ってる。


「私のしたことが許せないのは分かってる。けど、この子は、何も知らないでしょ?」


「……」


「…聖也?何の話だ?」


「君は気にしなくていい。彼女はまともじゃないから」



 聖也はますます不機嫌になっていき、私の手を握る力が増してくる。私に対しての声は優しいが、白田に対しては…敵意をむき出している。

 しかしこの女は、それが気に食わないのか、とんでもない事を私達の目の前で、口にした。





__まさに、今までの聖也のイメージが、180度変わる爆弾を。






「まともじゃない?こんな大事な事で、嘘なんかつくわけないじゃない!!この子は……優也は、貴方の子よっ!!!!」








………………………っ?


……………………………………!?…………!?!?


今………なんて、言ったのだ…………???子供??この毛玉が、聖也の、子供だと、言ったのか……?


 思わず交互に聖也と呆然としている子供を見比べる。いや……確かに、似ていなくもない気がしてきた。


目鼻立ちは母親似だが、何処と無く雰囲気と髪質が似てる気がする。


 ま、まさか…。

しかし、聖也を見ると本人は至ってうろたえもせず、毅然と軽蔑したような目で白田を睨み続けていた。



「…相変わらず、嘘ばっかつくね。百歩譲ってそうだとしても、ちゃんとした証拠ある?今頃、あちこちにぼくの居場所聞いて会いに来て、あいつに捨てられたからだろ?」



 ??どういう………情報が多すぎて全く理解できない。が、毅然と言い返した聖也に、白田は声を荒げて「違う!!」と言い放った。



「けど、お腹の子は、聖也のだよ…!!何度もそう言ったじゃん!!」


「出来る前から、あいつと付き合ってたのはもう知ってる。僕がどれだけ真剣に考えてる間も。…それを全部不意にしたのは、そっちだろ」


「聖也!!でもこの子は!」


「話は終わりだ。今度、僕とシェラミアの前に現れたら許さない。近づくな」



 冷たくそう言った聖也は、私の手を再び引っ張り、後ろから聞こえる「聖也!!」の声にも振り返ることはなかった。


全く色々と………理解出来ないが、ここまで不機嫌な聖也を見たのも初めてで、何も言えぬまま、私は家まで引き戻された。


…自分が今まで裸足だったということも忘れて。




______**





家に戻ると、玄関にじいやがいた。

お互いに黙って帰ってきた私達を見て、首を傾げていたが、「おかえりなさいませ」と言うじいやに、私は命を下す。



「じいや。今日は帰れ。明日、また話をする」


「シェラミア様。何処ぞでふてくされておったのか知りませぬが、じいの決断は揺らぎませぬ。…このまま人間といても、辛くなるのは姫の方ですぞ」



じいやの言葉に、キッチンで手を洗いに行こうとしていた聖也の視線が黙ってこっちを向いたが、私はウエットティッシュで自分の足を拭きつつ、答えを返した。



「よいから行け。…聖也と少し話す」


「…後悔なき選択を期待しておりますぞ」


そう言ってじいやは、そのままコウモリへと変化し、連れのコウモリと共にベランダから去って行った。



「………聖也」


 素足で外に出た足を拭き終わると、彼の元へ行こうとリビングに行った。黙ってキッチンで手を洗っている彼の背中に、問いかけた。



「どういう事か、説明して」


「…今日じゃなきゃだめ?」



 顔は見えないが、声のトーンがどうしても気が乗らないって事をよく表している。

本当に触れられたくない事でも、私には大いに説明してもらわねば、気が済まない話だ。



「…説明、出来ないのか?」


「……」


「…聖也。私は過去の事に対して、ネチネチ言わない方だ。でもこのままだと、私にとっても問題となりうる」



 子供が、別の女との子供が、いたなんて。

動悸が止まらないが、必死で隠して冷静に彼の背中に問いかけた。


 ゆっくりと、彼が振り返る。

さっきとは違う泣きそうな顔をした、哀れな人間の姿。

あの表情が、全ての事実を物語ってるように感じて、思わず手が出そうになる。




「…君には、いつかちゃんと話そうと思ってたんだ。でも、勇気が、出なくて…」


「……」


「優愛の言ってたことは、本当。別れる直前まで、彼女は…妊娠してた」




…!!

 事実…だって?全部……本当、なのか??

お前には、隠し子がいて、この家の合鍵をあの女が持っていたという事は…。




「…最低。虫酸が、走る……」


「…!!違う、違うんだよシェリル」




 信じかけていた私が、バカだった。

何があったのかは知らない。別に知りたくもない。


 身の毛がよだつほど、私が怒っているのは、自分に子供がいるという事実を知っててもなお、私を大事にするなどと、戯れ言をほざいた事だ。



「今のはほんの一部だよ。話すから、話すから聞いて!」


「近寄るなと言ってる!お前に、ここまで時間を割いてた自分が…!!腹立たしい!!」



 なぁにが、私を守るだ。この世で一番好きだ。他の女と子供まで作って、それを知っててほったらかした。

 そして、次は私か。私を好きになったから、なんも始末も、つけなかったと言うことか。



私が見てきた最低な男と、母を殺した人間と、一緒じゃないか!!!!!!




「…もう、分かった。お前の、人間性が、よく……よくな……!!」



 気持ち悪い。全身からウジがわいてくるような気がして、腕をかきむしる。

 待ってくれと両手を広げて捕まえようとしてきた聖也を避けて、私は部屋に向かった。その後ろを、うざったらしくついてきた。



「話を聞いて…!!君が思ってるような事じゃない」


「だったらこの鍵は!?あの子供はなんだ!?別れる前に腹にいたのなら、お前の子供かもしれないんでしょ!?」


「違う……あれは…僕の子じゃない…」



 顔がどんどん真っ青になっていく。今にも吐きそうな顔で、私をすがるような目で見ていた。

認めたくないから、事実を否定しているだけにしか見えなかった。


 部屋にあった財布と、ニカーブの羽織を鞄の中に突っ込んだ。それを見てますます真っ青になった彼は、入り口を塞ごうとしたが、念力で聖也の部屋のドアに叩きつけて退かせる。



「待って!!何処行くの!?」


「決まってるだろ、出ていく。明日、じいやには荷物を取りに来させる」


これで、全部終わりだ。

恋人ごっこも、私達の関係も、全部。


お前を、好きになったという事実も…全部。



「行かないで!!お願いだから、話を最後まで聞いてから出ていくか決めてよ!!」


「…聞いても同じでしょ。お前は、無責任で、最低な、人間の男。私は、人間の血で生きる無慈悲な、吸血鬼」



靴を履き、玄関で彼の方を一度振り向いた。



「シェラミア…!!シェラミアぁ…!!」



 私の念力に逆らおうとして、床でもがくお前の姿。行かないでと、出ていく母親にすがる、子供みたい。……じいやの言う通り。お母様の言う通り。


 簡単に、情にほだされるもんじゃない。私が…傷つくだけ、だから。

長年の経験上、多少のことなら許していいと思ってた。でもこれは、受け入れられない。


 この家は、私が住んでいいものじゃなかった。彼には、前の彼女との子供がいた。それを全く省みもしてなかった。


それだけで、十分。


あぁ……ここでようやく、気づかされたのか。私は……ただの、慰めの道具にされてたのだ。


私の母と、同じ。哀れな、存在として。



「聖也……。やったことの責任は取れ。避け続けてないで。お前は私じゃなく…在るべきところへ行くのだ」


「違う……違う……!!君が思ってるような事じゃない。あれは僕の子じゃないし、優愛とのことには理由がある!!愛してるのは君だけだ!!」


「それ以上言うと、本気で殺すぞ!!!!…二度と……私は……」



 この期に及んでまだ愛してるなどほざく聖也を目の前にして、言葉が出なかった。


私もまだ、こんな最低な人間への評価が捨てきれないんだ。


バカでまぬけでぽやっとしてるけど、優しくて、温かくて、私を守ろうと必死になってくれたのは、お前が初めてだから。


お前だったら……お前だったら……いいかもしれないって、思ってたのに。



だんだんとぼやけてくる視界を、彼から離し、玄関のドアに手をかけた。




「さよなら、醜い下僕」




 彼が後ろで私の名前を叫んでるのも無視して、震え出す手でドアを開け、彼の目の前から去った。




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