第13.5話 星を君にあげよう
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寝て起きた瞬間、LINEの着信が鳴った。
横でスースー寝息を立てて寝ている聖也の腕の中からゆっくりと脱出し、ベッドの横のスマホを手にして、部屋から出ながら着信に答えた。
「シェラミアさん。無事で何よりだ」
電話をしてきたのは、ジャックだった。
「医者を手配してくれて助かった。兄弟は美味しかった?」
礼を言いつつ、じっくりと感想でも聞いてやろうと夜になったベランダに出た。まだ少しだけ涼しい風に、寝汗で濡れた顔を乾かすと、ジャックは「それがな」と重々しく言った。
「俺は野郎の血は好まないし。味の感想は出来ないけど、思わぬ邪魔が入ってさ」
「邪魔?」
「…スナイプスだよ。ありゃ、流石に逃げるしかなかったわ」
スナイプス。
その名前が出ただけで背筋がゾッと震え上がった。私達が逃げて少しした後、兄弟が干からびる前に突然現れたのだと。
「瀕死寸前のとこまで追い込んだのは良かったが、兄と弟のどちらをシェラミアさん用にボトルに詰めるか迷ってた所でのご登場。正直舐めてた。純血が嫌がるわけだぜ」
よく逃げれたなと思ったが、当然無傷というわけにもいかなかったらしく、あのスナッチの所で治療を受けるはめになった。
私と違って日帰りだったようだが、あの弾を受けてるわけだ。手術は容赦なく痛かったらしい。
「スナッチは、男には厳しいんだよ。麻酔なしで引っこ抜かれた。俺までしょっぴかれたら嫌だから、軽い怪我は自然治癒に任せて来るなだって。これの何処が軽いんだよ」
「そうか…逃がしたか」
「今皆で行方を追ってる。ダメージはかなり与えてやったから、今叩けばやれるはずさ。心配ないよ」
「…聖也にまで被害がでた。今度もなにもしてこない保障はない。早くけりを、つけてほしい。もしかしたら、スナイプスにも情報が…」
そうなったら今度こそ……本気で離れなくてはならない。彼がなんと言おうとも。
ジャックとは、兄弟が見つかったら早急に対処して報告することやスナイプスの情報の提供を約束させて、電話を切った。
「シェラミア…起きたの?」
同時に背後からのそのそと彼がやって来た。寝間着のシャツとステテコの格好で寝ていた病人は、私を背後から抱き締めた。
私はそのまま手を彼の髪と額に当てて、熱を診る。もうだいぶ下がってるようだ。
「熱は……平気みたいだな」
「君の看病のおかげだね。すっかり、良くなっちゃった」
フフッと息づかいが微笑みと共に耳にかかってビクッと体が震えた。
彼の温もり、感触、鼓動を…感じる。彼の鼻がスリスリと顔や首筋に擦り付けられて、唇の柔らかいくすぐったさも続く。
いい匂いだと、しきりに私の体や髪を嗅いだ。
「油断するな…風邪は振り返すと言うぞ」
「うん…。分かってる。誰と話してたの?」
「誰でもいいだろう」
「男の声だった…誰なの?」
僕以外の男の人と、話さないで。と無茶な要求までしてきて、何様だ。
「お前が気にすることじゃない」
「誰?」
「…助けてくれた吸血鬼の知り合いだ、心配ない」
「そっか」
寝汗でベトベトした肌を擦り付けてくるのは嫌だが、まだ体がだるいと病み上がりの体を持ち上げている聖也を乱暴に退かす気はない。
夜風に当たるとまた風邪を引くから部屋に戻れと言った時、彼が思い出したように回した腕を一端離した。
「プレゼントがあるんだ。君が入院してたときに、買ってきたんだけど」
プレゼント?
何かと思って振り向こうとしたが、前を向いててと直される。一体何をする気だと、珍しく雲が晴れている闇の空を見上げて待っていたら、後ろ髪が優しく持ち上げられて、首に冷たいチェーンが当たる。
…?
「この間行ったプラネタリウムのショップで、君にいいなって思ってたの」
「…星?」
首もとにかかったものを指で持って見ると、私の瞳の色と同じ石と金色の装飾とチェーンがついた、綺麗なネックレスだった。
星というより、惑星を象ったように見えるが、彼は金星だと言った。特に、私の目の色に似た石がお気に入りだと耳の上にキスをして囁く。
「金星はね、美と愛の象徴。惑星として表すなら、これが君にぴったりだと思った」
「なっ…なんで。私は一切当てはまってないぞ」
「分かってないの?君は綺麗だよ。誰よりも。いつも言ってるじゃん。気に入らなかった?」
「……」
この下僕は、いつも不意に恥ずかしいことを平気で言ってくるのが気に入らない!
もう…こんな、美と愛の象徴だとか………何処まで私を、困らせる気なんだ。
「…今、一番可愛い顔してる」
「うるさい!!覗くなっ…!」
「素直じゃないなぁ。情けない彼氏で、ごめんね、シェラミア」
顔が近づいてきて、優しく触れる事を繰り返すキスをする。私を愛でるお前の手、体温、言葉も、全て愛おしいと罪深い事を想う。こんな素敵だと思えるプレゼントを貰うのは、初めて。
あぁ…。
いっそのこと、吸血鬼にしてしまえばいい。彼のこれからの人生全てを奪って、連れて帰りたい。そうすれば、病に倒れてハラハラさせられる事も、時の流れも感じず、虚しくなる事もなくなる。
…彼の愛が、ずっと私に向けられていれば。
私がお前を、離そうと思わない限りは。
お前はきっと頭にないだろう。
人間はそうだ。先行きが100年にも満たない人生で、今にしか考えを向けられていないから。
私の人生は、お前が死んでもまだ続く。
その先を共に生きようとしても…長すぎる年月。元人間だったお前は、途中で吸血鬼の不便な人生に不満を溢すだろう。
常に化け物だと言われて、人間に命を狙われて、日の光からも隠れて過ごさなくてはいけない。仲間も徐々に、減っていく世の中で、お前は生きられはしない。
「シェリル…どうしたの?」
気がつけば、キスの後そのまま彼を締め付けるように抱き締めていた。
胸に耳を当てて、だんだん早くなっていく彼の鼓動が、こんなにも心地良いものだなんて。
「寒い?どうしたの?」
「……き」
「?何?今なんか言った?」
小さく呟いた言葉も、彼に聞こえないようにするため。
彼からのプレゼントを手の中に包み、胸から顔を上げた。
「…情けなくない」
「ん?」
「お前は、情けなくない。…バカ。気苦労をかけるな」
気遣いも何もない言葉だけが自然と出てきて、何を言ってるんだ私はと頭の中で自分を殴り倒したが、聖也はきょとんとした顔の後、いつものようなヘラっとした顔で笑いかけてきた。
「許してくれる?」
「…ネックレスに免じて」
「ホントに!?やったっ!」
むぎゅっと再び体を抱き締められた。スリスリと顔の横で彼が顔を擦り付ける。
鬱陶しいやつめ、次は絶対に助けないからなと言うと、彼は真面目なトーンで私の耳に直接囁いた。
「僕、もっと頼れる男になるよ。君を守りたい。ずっと、ずっと…一緒にいたいから」
__『君とずっと一緒にいたい』
…?何か、別の声が交じったような気がした。
前にキスをしたときも、聞こえたような…。
「ねっシェリル。お腹すいたから、さっきのお粥作ってくれる?今度はお湯じゃなくて、お茶入れてほしいな」
「…?あ、あぁ。お茶?」
「うん!」
彼はニコニコといつもの笑顔に戻って私の手を引っ張り、部屋へ連れ戻す。…あいつには聞こえてなかったみたいだ。きっと気のせいだろう。
「そうだ、ついでに味噌汁の作り方も教えようか?」
「おい、起きて大丈夫なのか」
「熱下がったから大丈夫だよ!ほら、教えてあげる!」
「なんで急に味噌汁…」
彼に引っ張られるがまま、私は聖也の料理講座にそのまま付き合わされるはめになった。
案外煩くて、むしろこっちがどっと疲れるはめになった。
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