第13話 貴方がいればそれでいい


__「じい。シェラミアをお願い」


「ロザリアータ様…姫様は必ずや、じいがお守り致します。必ずや、立派なマナナンガル家の吸血鬼に」


「やだっ!!離してじいや!やだ!!お母様ーーー!!」



 母と最後に別れたあの日。母は幼かった私をじいやに託した。母と過ごした思い出も、生家も、全て炎に包まれて。


逃げて私と暮らすのではなく、城と運命を共にすることを選んだ。


 慈愛に満ちた優しい人柄だった母は、同じ純血種の中に馴染めず、同族とは距離を置いて暮らしていたが、別に不自由したことがなかった。


 獣にも人に対しても優しく、必要以上の殺生は好まない珍しい、言ってしまえば変わった吸血鬼だった。


そんな人が…たった一つのによって、殺された。


 母は、ある一人の人間と親しい仲だった。その人間は優しく聡明で、吸血鬼と知ってもなお、私達親子を受け入れてくれた。とある一国の王子だと知ったのは、彼が山で遭難し獣に襲われそうになっていたのを助けてからだいぶ経った頃だった。


 しばらくして国に戻っても母と彼の交流は続いたが、ある時父王が亡くなり、継承権争いで有利に立つためにその男は、吸血鬼の王族の血筋である母の討伐を企てた。


そして、あの悲劇が起こったのだと。後に私は知ったのだ。



 きっと、絶望したのだろう。慕っていた人間から、裏切られた事に。



___「シェラミア…貴方は、私と同じ間違いを犯さないで。愛してるわ」



そう告げて、母は……私だけは生かそうとしたのだ。


失意の中で死ぬのは、自分だけで構わないと。


でも、時々思っていた。どうして、私を連れていってくれなかったのかと。

 前の夫に殴られても貶されても、必死に耐えていた時ずっと。あの時一緒に死んでいたらと思っていた。


もう一度、あの時に戻れたら、じいやの手を振り切って母と一緒に死ねるのに。どうして……私を、連れていってはくれなかったの?




お母様………。





____**




「気がついたかえ、お嬢様?」


…久しぶりに母の夢を見たと思えば、目が覚めた時に見たのは、知らない男の顔だった。


 室内なのにサングラスをかけており、顔にはタトゥーが入っている渋い顔つきをした男。…この男、吸血鬼か。臭いと気配でわかる。

 ぼやけた視界に、男は「気分はどうだえ」とダルっとした口調で聞いてきて、私の目に光を当てた。



「…問題なさそうだ。三日間眠りっぱなしだったんだえ、あんた」


「お前は………誰だ?」


「俺は医者だえ。砂川千鳥すながわ ちどりってのが日本名。スナッチって呼ばれてら」



…たしかに医者らしい白衣はよく見れば着ているが、見てくれは日本のヤクザとかそんな感じに見える。


「ヤクザじゃねぇーで。まぁ夜病だからそんなのよく来るけんど、俺は日本人じゃねぇし、元々こんな見た目なだけだ」


「…ここは、病院?」


「安心せえの。俺は同族だ」



 ベッドに横になったままの私に、奴はサングラスをずらして目を見せた。

…白目が黒ずんでおり、瞳は黄色の特殊な目をしていた。たまに目だけが変化したまま元に戻らない奴がいるが。


 医者の吸血鬼が東京にいるなんて、もっと早く知りたかったものだ。



「三日前、あんた人間の男に抱えられて飛び込んできたんだえ。毒はもう少しでヤバかったけんど、弾取るのに手術もしたんでね」


「しゅ、手術だと?」


「じゃなきゃ死んでた。毒は輸血で取り除けたけんど、脳にまで回ってたから意識戻らなかったんだえ」


 ほらよと点滴に繋がる輸血パックを見せながらもう意識も戻ったし、大丈夫だえと言った。

私…助かった…のか。しかも、手術までして三日も寝てただって?



「最近、ハンターにやられて来る吸血鬼が多くなったと思ったら、まさか純血の吸血鬼様まで運び込まれてくーとは、思ってなかったえ」


「…世話に、なった」


「えぇよ。後、あんた保険入ってないでな?今回は、ジャックの紹介ってとこだから免除しといてやるけど、次は自費でガッポリ取るからな」


「吸血鬼に保険とかいらないと…思っていた。人間の病院に吸血鬼の医者がいるとは」


「またなんかあったら来い。そして保険入っときーや一応。医療費は高いでな。もうすぐ、あんたの連れが来る頃だ。来たらもう帰り。後一週間養生してたら、痺れも抜けて体動くようになるでね」


それじゃ。と、後ろ姿を見せてスタスタと立ち去って行った。気がつけば、点滴の針が抜かれている。

服も着替えがかごの中にあって、いつでも帰れるような状態になっていた。



「…三日も……ずっと」


その間ずっと、生死の境を彷徨っていたのか……。もし、もう少し昔の私だったら、あの炎の中に沈む母の元に躊躇なく飛び込んでいたのかもしれない。


私の手を握って離さないどっかの誰かが、いなかったら……。



「シェリル……!!」


 スナッチという医者が言っていた通り、少ししてすぐにあいつが半泣きで病室に駆け込んできた。

ベッドに座って腰かけた私を見て直ぐ様、私の体を強く抱き締めて、肌や髪を擦り付けてくる。



「聖也」


「あぁ!良かった!!ずっと目を覚まさなかったから心配したんだよ。平気…?」


「……」


 三日ぶりでも私には昨日会ったように思える聖也の顔は、凄くやつれてた。


 まるで三日の間に三百年経ったのかと思うぐらい。私より隈も凄ければ、頬の骨が浮き出ている。唇の色も悪い。目の回りは連日泣き暮らしたように腫れてる。怪我は……なさそうだ。



「その顔はどうした。酷い顔だぞ」


「だって…だってぇ…!!シェラミアが目を覚まさなかったら、どうじようがどおもっでぇぇ~!!」


「お、おい泣くな!!もうっ!!」


タガが外れたように私を抱き締めたまま泣き出した。びぇんびぇん泣き叫ぶものだから、看護婦が入ってきて静かにしろと注意まで受けて、背中をバシバシ叩いて赤ん坊みたいにあやした。


病み上がりになんでこんなことを。


「泣くな!泣くなったら!!煩いから泣き止め泣き虫!」


「だぁっでぇぇシェラミアがぁぁ~!!」


「お前が私の言うことをまともに聞かなかったからこうなったんだ!!逃げろと言ったのに逃げないし!!」


「ごめんなざい~~!!」




 あぁ…ダメだ。煩くてかなわん。

子供も持ったことがないのに、でかい子供を一人持った気分。


 今がまだ患者服だったからよかった。涙でぐずぐずになった。側に備え付けてあったティッシュ箱で頭を叩き、ティッシュで顔を拭かせる。


…こんな泣き虫でも、銃を向けられてもなお逃げずに私を庇い続けたのか。…本当に、よくわからない人間。



「…ぐすっ…。ずっと眠れなかったんだ……なんとか、仕事には行ってたけど……先生には、いつ意識が戻るか分からないって言われたから…」


「戻らなかったら、どうするつもりだった?」


「病院で診れなくなっても、うちで看病してたさ。起きるまで、ずっと」


「…三日経ったぐらいでもう死にそうな顔してるのに」



 私が起きる前にお前が死んでそうだと口から言葉が出る前に、聖也は私の手に触れてチュッと口をつけた。



「君が起きてくれたから大丈夫。…そうだよね?これでまた、一緒にいられるね」


えへへと嬉しそうな顔で目の前まで顔が迫ってきた。私の頬に五度もキスを繰り返す。

くすぐったくて鬱陶しくも、悪くない心地に、また惑わされそうになる。



「何が一緒にいられる、だ。…本当に、お前も死ぬところだったんだぞ。分かってるのか」


「君を見殺しになんて出来ないよ。僕の…彼女なんだから。大好きな人。分かる?」



「っ…煩い」

離せと顔をそらすも、私の両手を掴み、より顔を近づけて責めてくる。



「他の女探せって言われても探さないからね?僕は一生を君に捧げるって誓ったし?あー言う風に言われると、むしろ傷つくんだけどな」


「ど、どういう風だ。私が先に死ねば、お前は若いんだから別の女と一緒になるかもしれないじゃないか」


「だから、仮にそうなってもならないよ?一生君の骨を抱えて生きていくね。お寺に入って頭丸めるかも」


「なっ…なんだそれ」


「嬉しい?」


 ニヤニヤして聞いてくるのがまた腹立たしい!最近また馴れ馴れしくなってきたぞこいつ!!



「ず、頭に乗るな!私が死んだ後の事など知るものか!!」


「それなのに、そんなこと気にしてるじゃん」


「気にしてるわけで言ったわけじゃない!お前に後を追われたら、それもそれで迷惑だっただけで…!!」



「…シェリル」

おいで。と聖也に引き寄せられる。



「僕には、君だけだ。次に他の誰かを作るつもりなんかないよ。ずっと、君だけなんだ。化け物だなんて思ったことない」


「…本気で言ってるのか」


「本気だってば。思ってたら、一緒に同居も寝たりもしないよ。もう、疑りすぎ」


そう言って頭を撫でて、スリッと顔を擦り付けてきた。

彼の温もりと伝わる心臓の鼓動が、ここが私だけの休まる場所だと伝えてくる。



「本当にごめん。守れなくて。ごめん…」


「…お前は、人間だから。気にするな。今に始まったことじゃない」


「僕は君と違ってあまり強くないから……本当に悔しい。悔しいよ。僕、もっと強くなるから。君があんなのに狙われないように、安心していられるように努力する。だから…いつか、君と」



…母のようにはならないと固く誓って生きてきたのに、それが今は、疎ましい戒めに変わりそうになっている。


 人間の移ろいやすい情に裏切られたのに、私は…この男の言うことは全て真実だと、真に受けないと落ち着かなくなって。



死ぬのが怖くなった。抱き締めてくれていた彼とまだ離れたくないと強く思った。

 離したくない。出来れば後500年、吸血鬼でいう熟年の歳になるまでは側に置きたいと。



 好き。お前が……好きだけど、言えない。彼は人間だから。私達とは違って、すぐに死んでしまう。長くは一緒に居られない。


 今以上に本気になってしまったら、辛い思いをするのは自分だと、じいやにも忠告を受けたのに、好きになってしまった。


まさか人間を好きになるなんて思わなかった。母を裏切ってしまった気がする。


だけど、彼が望んでも、私と同じ吸血鬼にはしたくない。




私………どうすれば、いいの?



 ぎゅっと彼の胸元の服を握った。これ以上、本気にさせないでほしいと、強く願ったが、彼には届きそうにない。



「帰ろう。僕達の家に。ね?」


「…うん」


 せめて彼が生きてる間に、この心が冷めることを願う。




_______***




「ゴホッゴホッ…!!」


「……」


 彼女がようやく家に帰ってきて、一週間経った。このところ寝不足どころか、心配のしすぎで一睡もしていなかった負荷が祟ったせいで、休みの日の前日に熱を出して、彼女と入れ違いで寝たきりになった。



「……38度5分……。まだ下がらんな」


昼間は寝るはずのシェリルが、寝ている横に座り、体温計とにらめっこしている。



「これだから人間は、睡眠を取らないとすぐ体調を崩すと言ったのだ」


「いやぁ…昔は徹夜明けでもそんなに体調崩さなかったんだけど」


「今日は寝ていろ。薬飲む前に何か食べさせてやる」


え…シェリルが、何か作ってくれるの?

スッとマットレスの上から立ち上がり、「粥でいいのか?」と聞いてきた。



あれ?シェリルって、料理……出来たっけ?



「君、料理出来るの?」


「なんだその目は。粥ぐらいなら出来る!普段より水を多めにすればいいんだろう」


「間違ってないけど…」


凄く心配。

自分は食べないからって全く料理しないのに。


「作ってくるから寝ていろ」


「わ、わかった。じゃあ、お願い。大根おろし、入れてくれる?冷蔵庫にあるから」


「大根おろし?」


「引き出しの中にすりおろし器入ってるから。擦ってお粥の中に入れてくれれば良いよ」


人間相手なら幼稚児でも分かる事だけど、この説明だけで間をおいて、「…あぁ」と答えた所がますます心配になってくる。よく分かってなさそうな表情からして。



「やっぱ僕やろうか?」


「いい!!寝てろ!!ちょっとでも起きたら殺す!!」


「分かった分かったって!!」



 バカにするなと枕に僕の頭を押し付けてから部屋から出ていった。


…なんか、凄い幸せ?シェリルが僕のために料理作ってくれるのなんて初めてで、ドキドキする。


…でも、ここまで僕、良いところ無しだ。



 結局守れなくて、シェリルは本気で死にかけた。あの吸血鬼が吸血鬼を診れる病院を言ってくれなかったら、きっと彼女は死んでたはず。


 手術が終わって三日も目を覚まさなくて、ずっと彼女の冷たい手を握りながら、面会時間は泣いてばっかで。彼女が帰ってきてすぐ体調不良で熱は上がって倒れるし。



それなのに、見捨てずに僕と一緒にいてくれるのは、彼女なりの慈悲なのかな。



「ゲホッ…あぁ…喉、痛いな…」



 それ以上に、自分が無力過ぎて泣ける。やっぱ、20年と500年じゃ差がありすぎる。僕も吸血鬼だったら、彼女を守れるのに。


 彼女に庇われる立場になるなんて、情けなさ過ぎでしょ。



「何をブツブツ言ってるんだ。ほら、出来たぞ」


「え、わっ!もうできたの?」


 ベッドにゴロゴロして待っていたら、しばらくして彼女が帰ってきた。手にもったトレイの上に、湯気の出た器。簡易テーブルを僕の足の上に置いて、上半身を起こしてくれる。



「ほら、食べろ」


「わー、ありがとう!君が作ってくれるなんて嬉し……い」



器の中を覗いた瞬間、思わず噴き出しそうになった。



「うっ…むぅ…」


 これ………お粥??

どう見ても、ご飯にお湯を入れて大根おろしが浮かんでるだけの……お茶漬けならぬ、お湯漬けにしかみえない。



いや、だいこんをおろせただけでも合格というべきなのか。



「……………どうした。食べる気あるのか?」



 彼女はこのお湯漬けを眺めて笑いを抑えてる僕に首をかしげて睨んでる。気づいてない。この違和感に、彼女は全く気づいてない。



 そりゃそうだよね。多分、僕の可愛い彼女は、お粥がどういう感じのものなのかを全く知らない。普通に炊いたご飯にお湯をぶっかければ出来ると思ってるだけで、ふざけてる訳じゃない。



「いらないのか??」


「い、いただきます…」


食べなきゃ「どうして食べない!?折角用意したのに!」とプンプン怒るだろうから、とりあえず口に入れてみる。


シンプルに方向性を間違えたお粥(?)の味は…………。



「う、うん」


やっぱりお湯とだいこんの味。不味くはない。ただ、味が全くなかった。


いやもう見た目から分かってたけど!!



「お…美味しいよありがとう!だいこんまでちゃんと入れてくれたんだね!」



 じっと横に座って見てた彼女には事実を言わずに美味しいと告げると、何の疑問を持たないまますんなりと「そうか?」と目がチロチロ泳いで頬が赤くなる。


 あぁ、可愛すぎて真実が言い出せなくなるパターンだ、これ。



「だいこんだけでいいのか?もっときゅうりとかなすとか肉とか入れなくていいのか?」


「お粥は消化良く食べるものだからそれはいいかな」


「そうか。今夜もそれでいいか?」


「うっ…うん。いいよ。出来れば夜だし、ヨーグルトとかコッペパンも欲しいかも…」


「?今度はヨーグルトを粥に入れればいいのか?」


「それは混ぜなくていい!!」


 褒められて嬉しいようで、また今夜もこのお粥を作るみたい………いや、不味くはないし、初めてだろうからいいんだけど。


 そんなことより、僕のために何かしようと張り切ってるところも、可愛い。こういうところなんだよなぁ、見てて飽きないの。



「ゴホッゴホッ……ふぅ。咳、止まんないなぁ」


 咳をしながら食べてる僕を、彼女はずっと見てる。いつもの調子ならフラッとリビングでテレビを見たり、棺桶に入って寝始めたり放置なのに。ずっと…側にいる。そして何か言いたそうにしてるんだ。


 咳をする度に、背中を擦って来たり、しきりに額にひんやりした手を当てて熱を下げようとしてくる。


ごちそうさまと何とか平らげたお皿も黙って下げて、薬を飲めと促して出ていく。


 病院から帰ってきてから少しシェリルの態度がよそよそしくなったから、もしかして嫌われたのかもって心配してたんだけど。



 そりゃ…あんなことがあったし、僕は情けなさ満点だったわけで、シェリルはそのせいで死にかけた。あの兄弟がどうなったのかも知らないし、知るのも怖い。



 だから……僕もやっぱり気まずかったところはちょっとある。

 あの時の彼女、抑えていた本能を解放してたって感じだったし。僕がいなかったら、躊躇なく彼らを殺していたのはシェリルだっただろう。


 改めて、彼女が吸血鬼で普通なら敵の立場だって、分かったと言うか……。



「薬は飲んだのか??今日はスマホ禁止だぞ」


 ぼやっとしてた目の前に彼女の顔があって、薄紅の綺麗な目が僕に言い聞かせてた。手には僕のスマホ。早く薬を飲んで寝るようにと結構しつこく促してきた。



「人間はすぐ病気になるくせに、治りが遅い」


「もう飲んだよ。大丈夫だって、明日には治るから」


「…なら、早く寝るのだ。バカ下僕」



 グッと僕の肩を押してそのまま背中がマットレスに落ちる。彼女も上に乗ったままですぐに降りようとした所を腕で阻止した。

 そのまま抱き締められて、きょとんと僕を見下ろす可愛い顔を堪能しながら、もう看病はいいよと言った。



「君もあまり本調子じゃないんだから、付きっきりになってくれて嬉しいけど、もう休んで」


「人間のお前に心配されるほど柔じゃない」


「だって、胸と肩と背中を撃たれて生死の境を彷徨ったのに、風邪なんかの僕とじゃ違いすぎだよ」


 君が死んでしまったらと気が気じゃなかったのに。まるで何事もなかったように言われても。



「彷徨ってはいない。傷は思ったより深かったけれど、久しぶりに亡き母の夢を見たぐらいだ」


「それを彷徨ってるって言うんだよ!?…シェリルの、お母さん?」



 シェリルのお母さんの話って、随分昔に亡くなったって聞いたことは確かあったけど。それから全く口から出なかったから、あまり気にしたことがなかった。


 どんな夢なの?と気になって聞いた時の彼女は……ピトッと頭を僕の首もとに埋めて、寂しそうに間を開けてから口を開いた。



「死んだときの夢」


「…話したくない感じのやつ?」


「いや、もう随分前のことだ。ただ…今も火は少し怖い。突然押し寄せてきた人間どもに火をつけられて、住む場所も母も失ったから」



…!人間に火をつけられたって?どういう…。まさか、殺されたってこと?


 吸血鬼にはよくあることだと彼女は言った。日常茶飯事で、化け物だと忌み嫌われて命を狙われる。

 その当時は今ほど襲撃を受けることはほとんどなかったらしいけど、恐れられていたのは昔のままだって語った。


 でも、何かを皮切りに突然そういう悲劇はやって来るものだと。



「時々見るのだ。何百年経っても、母と過ごした時間よりも、最期の、炎にのまれてく姿を思い出す。長い時間が経って、それしか思い出せなくなってしまった。…失うときは突然やって来る。どんなに気をつけていても」



「…」


 シェリル、何でそんな目で僕を見るの?

まるで僕も火事か病でいなくなるんじゃないかって、心配してる目だよ…。

 そんなの、僕だって同じ気持ちさ。君が突然いなくなるんじゃないかって、怖くて仕方ない。



「…辛い目にあったんだね」


「辛かったのは正直その後だけど、母が生きていたらと、思うときはある」


「僕も会ってみたい。シェリルのお母さん。君に似た凄い綺麗な人なんだろうな」


「……母にまで変な目を向けようとしてるわけじゃないよな?」


「違うよ。お母さんにちゃんと挨拶して、可愛い娘さんをくださいって言わなきゃじゃん」


「なっ…吸血鬼相手に言おうとしてる事を分かってるのか!」



命知らずな!!というかバカだ!!とプリプリ怒りながらも、まんざらでもなさそう。



「お母さんのことは…残念だったけど、僕は、君を突然置いていく事はしないから、心配しないで」


「心配なんかしてない」


「してるくせに。大丈夫だって、とりあえず僕は若いし、風邪で死にはしないから」


 大丈夫大丈夫と言い聞かせて、不機嫌そうな納得してない顔をした彼女をグッと抱き締めてあげて、頭を撫でてあげた。



「いつかは、死ぬだろう。…早いか遅いかの違いだけだ。私も、お前もな」



 そしてそれがいつ来るのかも、わからない。

僕が人間で、そう頑丈でもないから余計に不安なんだと口に出さなくても伝わってくる。


 本当に、強がりだけど優しくて寂しがりやな可愛い吸血鬼だよ。

考えると、僕も怖い。本当は…君に話さなきゃいけないことだってあるのに、怖くて出来ないんだ。



 君が離れてしまうかもしれないから。それは死ぬことよりも先に来てしまう別れかもしれないと思うと。


 強くて優しくて寛容な君なら…受け入れてくれるかもしれないと、望みはあるけれど。


でも、傷つけたくない。本当に、君が僕の事好きでいてくれてるなら。



「疲れたよね。一緒に寝よう?君、ひんやりしてて気持ちいいし」


「…邪魔だろう、こんな狭いとこで」


「いいの。側にいてくれる?」


「……いてやるから、早く治せ」


「ん、わかった」



彼女におやすみと額にキスを優しく落とした後、二人で静かに眠りについた。

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