第12.5話 代償は安からず
「シェリル…シェリル…!嫌だ、嫌だよ…しっかりして」
「っ…聖也…」
彼が私に駆け寄り、右胸から血を流す私を抱き起こす。相変わらず枝のような細腕で、鼓動がバクバクと波打つ胸に私の頭が当たる。
「お願い死なないで」
誰が死ぬものか。一体、誰のせいで。…だが、体が言うことを聞かない。何故だ。苦しい。
人間の男を相手に本気を出すなど、みっともない。少しからかう程度で、奴はあっさりと私に追い詰められる。
半人半妖のスナイプスを相手にするよりだいぶ楽なのに、この程度で純血を滅ぼす等とは、笑い話だ。
私より強い相手もいるというのに、世間知らずにも程がある。
しかし…よりによって、聖也が現れた背後から撃ってくるとは、小賢しい真似をする。…しかもこれ、やはりただの銃弾ではない。
肩から徐々に痺れを感じてはいたが、今胸を撃たれたことで体が鉛のように重くなった。そして、体の自由が効かなくなる。
「ナイスタイミングだ、弟よ」
首根っこを掴まえていた男は私の念力から解放され、浮いていた家具やゴミ共々床に叩きつけられ、私を撃った男にへへっとにやつきながら咳き込む。
私を撃ったのは、どうやら奴の弟の方。
「何やってんだよ兄貴」と言って、私の視界に写り込む。………制服を着た、兄の方よりもまだ幼さのある子供だとは。
ジャック、まさかこんな子供にやられたわけでは…。
「サミー、何やってたんだ?」
「この妖魔の連れとやってた。死人の血を混ぜた弾丸で、何発か当てたから動けなくなってると思う」
「思うってなんだよ、殺したのか?」
「いや、逃げられた。もしかしたら、兄貴のとこに行ったのかと思って。つか、純血でもやっぱ効くんだ、これ」
死人の血を…混ぜた弾丸?……それならば納得がいく。死人の血は、吸血鬼にとって致命的な猛毒となり、間違っても絶対飲むなと言われる。
小賢しい手だけは使うものよ…。
だが、弟の方も銃を持っていない方の腕から酷い出血をしている上庇っている。ジャックも一度気づいて退いたわけか。
クソッ…。
毒が徐々に回ってきている。上手く体が、動かせない…。
「ねーお兄さん、それまだ死んでないよ。退いてくれる?」
弟の方がこっちを振り向いた。
何処にでもいそうな顔だが、目付きは悪い。さっさと終わらせて帰りたいといったように銃を向けて近づいてくる。
「退かないと、あんたごと撃つけど?」
「おいサミー!!人間は撃つな!!」
私を庇うように抱いている聖也にも銃を向け、兄の方は首を抑えながら弟を諫めるが、「なんで?こいつ結局協力者だろ?」と銃を下ろさなかった。
「協力者でも、人間だ。その女に騙された哀れな同族だぞ!!人殺しはご法度だと教えたはずだ!!」
「もしかしたら吸血鬼になりかけかもしんないだろ。もしくは、この女の妖術で動かして盾にしてるだけかも」
「落ち着け!!やるのはその女だけでいい!!何を苛立ってる!!」
「兄貴はいつもそうやって甘く見てるからいけないんだよ!!この間だって死体が火葬されてないのを見逃して死人が出たし!!」
「今そんな話はいいだろ!!今回は不審死でもミイラでもない生きた人間だぞ!?変化の兆候も見ずに殺すな!」
「煩いなチャンスあげてるだろ!!おい聞こえたか?さっさとその妖魔から退いて消えろ!!目障りなんだよ!!」
どうでもいい兄弟喧嘩を見せられた後で銃を向けられ脅された聖也は、泣きべそをかいて私を置いていくかと思った。
顔の前に銃を向けられるなんて事には全く免疫のつかない世界で生きてきた聖也には、立ち向かう勇気などないだろうが、ずっと目に涙を溜めながら私の顔を覗いていた。
毒に置かされて、肌が乾燥しひび割れていく、私の頬を撫でて励ましていた彼は、顔をあげて奴を睨み付けたまま私を庇い離さなかった。
「絶対に置いていくもんか!!!!殺すなら僕も殺せ!!シェラミアは…シェラミアは、化け物じゃない!!」
そう言い放った聖也に、弟が躊躇なく引き金を引いた指を、見逃さなかった。
バンッッ!!
響き渡る銃声、背中に加わった激痛。
至近距離で撃ってきた弾を代わりに受けた。
毒に犯されながらも残った力を振り絞り、聖也を倒して覆い被さった。
「グッ…ゴフッ…!!」
「シェラミア!!やめろ撃つな!!!!」
吐き出した血が彼の服を汚した。再び悲劇の始まりかのような表情で聖也は必死で私の体を腕で庇い、覆い被さるように私を守る。
「理!!やめろ!!」
「なんで止めんだよ!!後少しだろ!!!!」
「今この人まで撃っただろ!!人間まで殺したら化け物と一緒だと親父に教わっただろうが!!」
私達のそばで、奴等もまた揉め始めた。…もう、体が動かない。この次撃たれれば、私に覆い被さっている聖也を退かす力も、ない。
クソッ……私も、鈍ったものだ……。あの男、結局は聖也も生かすつもりはないらしい。
「シェリル…シェリル…、絶対助けるから…死なないで、ねぇ、声、聞こえる…?」
目の前にある彼の顔。なんとも情けない、泣き虫でちっとも冴えない顔。
四日ぶりに見る見慣れた顔は、とても久しぶりに感じた。長い年月を経て、ようやく見れたような、そんな不思議な感じ。
…最期に、この顔を見れるのは幸いか。
こんな死に方をするとは思わなかったけど、私もやはりお母様の子。
_『シェラミア。貴方は、母と同じ過ちは犯さないで』
そう告げて、お母様は火の中で灰になった。
人間が、慎ましく暮らしていた私達親子の城に放った、業火の中で死んだ。
それだけでお母様は死ぬほど柔じゃない。でも、そうせざる負えなかった程、絶望的だったのだ。けれど、私を道づれにはしなかった。
「…逃げろ…聖也」
あの兄弟が揉めている間に、お前だけでも。
念力でなんとか退路は作れる。
そう促したが、案の定、彼が聞くはずもなく首を横に振って嫌だと言ってきた。ボタボタと涙で私の顔まで濡らして。
「行くもんかっ…」
「言うことを聞け…私の下僕の…くせに」
「逃げるなら君も一緒!!ごめん、ごめんね、守るって言ったのに、またこんな風になっちゃって…」
ごめん、ごめんと繰り返して、私の額に彼の額が当たる。冷たく冷えきった私の体に、彼の熱が移ってくる…。
「お前を……道づれにするのは…出来ない………死の後世界で、人間とは…」
「縁起でもない事言わないでよ!!君とはこれからも一緒だって…僕が年取ったら、おむつ変えてくれるんでしょ…!?」
「…そこまで言ってない…」
こんなときになってもそうだよね!?と鼻水を啜りながら頑として逃げる事を拒否した。
この状況で、私はもう逃げられるはずもないし、生きる望みも……ないというのに。
「…お前は…まだ若い。ちゃんとした、人間の女を探して…おむつでも何でも変えてもらえ……こんなところで、私と死ぬな」
死んだって、どうせ私とは一緒になれない。私の魂はヘカテの元へ行き、転生することなく神の領域で遣えることになると言われている。
人間の彼は、一緒に来ることは出来ずに輪廻の環に入れられまたこの世の何処かに生まれることになる。
お前が一緒に死んでまで来ると鬱陶しいし、これ以上付きまとうなと強く諭したが、一向に首を縦に振らない。
頑固だ、頑固が過ぎる。この男は。
「……頼むから…言うことを、聞け」
もうすぐ毒が回ってくる。顔の血管が浮き立ち、毒と抵抗しているのを感じた。
「嫌だ!!何度言われてもやだ!!一緒にいる!!今度こそ……離さないって決めたんだから!!」
「お前…」
「ほら、こいつも覚悟決めてんじゃん。やっちゃおうよさっさと」
兄弟喧嘩していた弟が遂に、聖也の後頭部に銃を突きつけた。
クソッ…下劣な人間め!!同族まで本気で殺すつもりか!!!!スナイプスですら仁義を通すというのに!!
「貴様っ…!!こやつを手に掛けたら許さぬ!!末代まで呪うぞ!!!!」
「おー、妖魔の本性出た~」
「…!」
聖也だけでも、逃がさなくては…クソッ、体がもう…!!
何とか聖也を念力で退かそうとしたが、彼が私にしがみつくように抱き締めて離そうとしない。肋骨にヒビが入ってでもと強く圧したが、聖也は、全く離さなかった。
「…ハッ、そんなに死にたいのかよ。頭ん中じゃなく心まで、操られたか。望み通りにしてやるよ。地獄まで、その女と堕ちな」
「…」
私を強く抱き締めている体が震えている。とても分かりやすい。本当は怖いくせに、バカな男。
「やめろっていってんだろ!!理!!吸血鬼の店を勝手に爆破したときにも言ったはずだろ!?」
「うるせぇよ!!ここまで来て怖じ気づきやがって!!純血狩ろうって言い出したのは兄貴だろ!!親父だって、変化した母さんを殺した。そうただろ!?」
「っ!お前、なんでそれを…」
「ガキ扱いするんじゃねぇよ!!こいつだってどうせそのうち吸血鬼になる。その前に殺して何が悪い!!」
聖也……本気で私と死ぬつもりか。本当は死にたくなどないだろう。
震えている背中を、動かすほど痛みが走る痺れた手で触れた。震えが少しだけ止まり、彼は汗と涙でくしゃくしゃになった顔を近づけてきた。
体には本音が出ているのにも関わらず、顔は本気で私と死を覚悟していた。年齢に似合わないその表情に、胸の奥の鼓動が少し高く波打った。
「僕が一緒にいるから」
「バカ…はやく、逃げろと…言って……る。行って…」
「好きだよ、吸血鬼でも、大好き」
どうして、そこまで私と一緒にいようとするんだ…。分からない。どうして?このままだと本当に、殺されてしまうのに。
コツンッとまた額が当たり、彼は笑って私に触れるだけのキスをした。答えられない私の唇を汚す血など気にもせず、揉み合うあの男に再び銃を向けられても。
やめて、彼は殺さないで。
触れたキスの時、力なく突き飛ばすことの出来ない脳裏に、声が響いた。
__『もっと修行を積んで、許しを貰えたら迎えにいく。そしたらお嫁さんになってくれる?』
『お嫁さん?結婚するの?』
『君が好きだから』
遠い昔、子供の頃の私が誰かとそんな話をしている声が突然、頭の中を通りすぎた。
なんだ…?誰と私は、そんなことを…。誰、と……。
いや…どうでもいい。今は聖也を…聖也は、まだ死ぬべきじゃない。
こんなことで、死なせるなんて、絶対に…!!
「お願い……逃げて…」
彼の頭に、とうとう銃口が向けられた、その時だった。
___「喧嘩ばっかしてると、こうなるぜバカ兄弟」
「ぐあっ!!」
触れたキスの刹那、このまま二人して死を待つのみと思ったが、忘れていた存在が音もなく忍び寄り、二人の兄弟の銃を叩き落として腕を折った。
「…え…?」
「ほらな、シェラミアさん。一人で来てたらどうなってたよ?感謝してくれよな」
私を抱えたまま驚いて見上げる聖也の視線の先、見覚えのある背中に、遅すぎる。今まで何をしてたと文句を言いたくなった。
「いったぁぁぁぁーーー!!腕が、腕がぁぁ!!!!」
「っっ……だからあれほど侮るなと言ったんだっ!!」
「毒入り弾丸とは恐れ入ったが、こちとら長丁場の戦争体験もしてきてんだ、まだまだ未熟だな、バカ兄弟」
ジャックは、腕を折って床に伏している二人の兄弟を見下ろし、今にも殺しに掛かりそうな殺気を放ち、ジリジリと距離を詰めていった。
「あまり俺達を甘く見るんじゃねぇぞ…よくも仲間を殺しやがったな。今日はそれを、たっっっぷり、教えてやる。…眞藤聖也って言ったな?」
「は、はい…」
くるっと一度こちらを振り向いたジャックの激昂した顔を見て、聖也は腕にグッと力を入れて戸惑いながら返事をすると、鋭く見開いたジャックの目が弱った私と交互に見て、こう言った。
「シェラミアさんを連れて、
これから行う事は何も告げず、早く行けとジャックは促した。
聖也は倒れた兄弟を見たが、ジャックの雰囲気と私の弱った姿に圧倒され、意を決したように私を抱えてよろよろと立ち上がって走り出した。
振り向く事もなく、私は一直線に建物から脱出する彼の腕に抱かれて揺られ、後ろから聞こえてくる無惨な音にも悲鳴にも、お互い何も言うことはなかった。
下にいたタクシーに乗り込んで、黙って行き先を告げた後でも、彼は私を離さなかった。やがて毒は脳にまで到達し、私はそのまま意識を失った。
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