第12話 狩人の毒牙
___
午前0時の月のない夜。未だに人の気配がする都会の郊外にある廃ビルを探し当てた。
ジャックの言ってた通り、鼻から脳ミソまで拒絶する嫌なニンニクの臭いと塩の巻かれた入り口の前に立つ。
並大抵の吸血鬼ならば、嫌がって近寄ることはしないだろう。
「くっっさ。来いって言った割には全然歓迎してねぇじゃねぇの」
「こんなもので私達の力を封じれると思っているのが、人間らしい」
ニンニクの臭いはよく原理は知らないが、大昔から魔除けとして使われている吸血鬼避けだ。始祖がニンニク嫌いだったとか?そんなことはいい。ただ不快というだけで、凄く効くものではない。
「一緒に正面玄関口から突入?俺は、それでもいいけど?」
「ジャッキーに言われただろう。最初に下僕を確保する。あいつがその辺にいると、邪魔くさくってちゃんと動けない」
「素直に愛しの聖也ちゃんを早く助けたいって言いなよ」
「だれが助けようと思って来るか」
「は?じゃあなんで来たんだよ?」
「我が名誉を汚されたから来たのだ!」
「意地っ張りダナァ…んじゃ下僕君は放置でいいんじゃないの」
「…」
「すんません口が過ぎました。んな怖い顔で見ないでくれ」
全く!!
折角巻き込まないよう離れたと言うのになんで捕まってるんだあのバカ!!これで二度目!!次はないというのに!
「んじゃ、俺ら二手に分かれますか。加藤兄弟以外にハンターいる気配ないし」
「何故分かる?」
「んー。能力的なもの?だいたい分かるんだよ。ここには、三人の気配が見える」
吸血鬼は雑種でもたまに特殊な超能力を持つ者がいるが、ジャックもそうなんだろう。目が緑色に輝いて、目の前の廃墟を透かすように見抜いている。
「場所は?」
「一階に一人、三階に一人と四階にも一人いる。四階のは動いてないから、多分彼氏君はそこだ」
保証は出来ないけど。と一言添え、一人はもうすぐ近くにいると言って入り口を睨み付ける。
「そこの一人は頂くぜ。シェラミアさんは迎えに行ってやんな」
「わかった」
正面玄関を攻めるジャックと共に、私はビルの壁に張り付いて登った。このように平坦な構造物を登るのは、簡単なロッククライミングだ。
バンッ___!
下からすぐに銃声が聞こえ、ジャックと誰かが交戦を始めたのが分かった。
奴等は純血が女だと知っている。すぐに探し始めるだろう、聖也を見つけなくては。
下からの音を耳にしながら一人壁を登り、ジャックの言っていた四階の窓から侵入する。
埃とコンクリートの臭いが強烈で、あまり鼻が効かない。頼りになるのは目と耳だ。
誰が何のために使っていたのか分からない廃墟を見ると、昔住んでいた城を思い出す。
子供の頃、お母様と住んでたマナナンガル家の居城。パンダランドよりも少し大きさがあった。
立派だが、いつ建てられたのかも分からない古すぎる城だった。人間からすればそれも恐ろしくみえよう。
二人や三人で住むには広すぎる場所で、よくこうして探検した。…今は探検とは言わず、捜索だが。
「シェラミア……」
!!
今、あいつの声が聞こえた。
空耳じゃない。
聞こえた方向に向かって走る。遠目に明かりが見える。匂いも近くなる。
「聖也…!」
「よぉ、サキュバスちゃん」
「!!」
明かりがついていた部屋を不用意に踏み入れた瞬間、銃口から放たれた銀の弾丸が肩を貫いた。
肉を焼く銀の弾丸の熱が体に激痛を与えた。
私はすぐに壁に隠れ、そこにいるはずの聖也ではなく、髪をオールバックにした男がイスに座っていた。
挨拶代わりに銀の、弾丸か…!この程度、なんともない。
「どんな吸血鬼が来ると思ったら、スゲー美人ちゃんじゃん。あのにーちゃんと一緒に、俺も相手してもらいたいぜ?」
見た目通り、浮わついた男。私を相手に、ずいぶん余裕だと言った態度だ。
「吸血鬼と狼男には、銀の弾丸。…って、そんなの迷信で、お前らを物理的に倒すには、鉈で首を切り落とすのが正解。…だよな?」
「貴様程度に構っている暇はない。我が下僕はどこだ」
全く。来て早々肩を撃たれるとは。当たった後から出る血を手で抑える。
「はーっ。純血の吸血鬼様は気高い事で!安心しろよ、あんたの下僕は無事だぜ。誘き出すために奴の臭いと声を、利用させてもらった」
僅かに壁から覗き見ると、男はスマホを手に聖也の声を再生していたようだ。奴等と会話している聖也の声の一部に、私の名前を口にする声もある。
少し時間を置いていれば、文明の発展は凄まじい。やりづらくなったものだ。
「由緒正しいお家がらの吸血鬼が、あんな人間誑かしてどうするつもりだったんだ?」
関係ないのにベラベラと。
こいつは兄の方か。まだ子供の癖に生意気な。
「マナナンガルって美女揃いの妖魔一族の生き残りが日本にいるらしいって聞いたが、ただの都市伝説だと。本当にいるとはなぁ。
調べた甲斐があったぜ。ちょっと苦労したが、あの黒人が否定しなかった時は、胸が踊った。…親父の仇の一人が、ようやく一匹やれる」
「お前の親など、私は知らぬ。小ネズミの言い掛かりなど、聞いていて見苦しい」
「分からねぇだろうなぁ。人間の血を啜って生きてる化け物にはよ!!俺達がガキの頃、母さんを純血種に殺されて親父はハンターになった。普通の生活を捨てて、俺達も技を仕込まれて育った。強かった親父は、海外に出て純血も梔子一族の吸血鬼も殺しまくった英雄だが、最後はフランスで純血に殺された。…皮肉にも、母さんと同じ純血に」
「だったらフランスに行って、その純血種の家を探すのだな。私は知らぬ」
何処の誰だか知らないが、私怨をなんの関係のない私に回されても困る。
「っは…。そう出来たら苦労しねぇよ。お前達純血は、ただの吸血鬼よりたちの悪い根っからの化け物さ。自分達以外は、ただの奴隷か餌。喉が満たされればそれでいい。たとえ母親をガキの目の前で殺そうとも、何とも思わない」
そんな化け物を、この世から全部駆逐してやる為に俺達はこの家業を続けてんのさ。
苦虫を噛み締めたように言ったが、出来ない理由でもあるのか。私ならさっさと行って報復するものだが。
…いや、私もある意味、人の事は言えないか。
「フッ。それで、両親を死に追いやった純血種は全て殺すと?」
「お前らがいれば、吸血鬼は永遠にこの世から消えることはない。そうだろ?」
「若者らしい、浅はかな考えだな。…昔とまるで進歩がないようにも見えるが…いや、まだ良い方か」
っ……傷が疼く。出血が止まらず、筋肉が緊張している。ただの弾丸ではなかったかもしれない。
聖也は一体何処だ?
「我が下僕を解き放て。そうすれば下で戦っている弟の命もお前も見逃す。…今、決断すればの話だが」
「俺達を舐めてもらっちゃ困るぜべっぴんちゃんよ。梔子一族から聞いてないのか?俺達の名前」
「つい三時間前に聞いた。…で?解放するのかしないのかどちらだ?」
下ではジャックと弟の方がやりあってるだろう。時々音が響いてくる。ジャックは普段は穏やかな方だが、やるときは容赦ない。
吸血鬼同士の戦争経験もあるあいつは、力は私の方が勝っていても、経験はあいつの方が上かもしれない。この兄弟がどれ程の実力かは知らないが、ジャックもバカではあるまい。
壁を背に、兄の動向を伺う。少しの間黙っていたが、奴は手に持った銃をこちらに向け続けながら言った。
「返してどうする?あの人をどうするつもりだ?」
「関係ない」
「あの眞藤って奴に皇帝や政治家の知り合いはいないのにどうして取り憑いた?…本気で付き合ってるってマジなのかよ。どうせお前には愛情なんかないくせしやがって」
心も凍りついた化け物のくせに。
間違ってはない。間違ってない。
…それなのに、不思議なものよ。私も母に似て、最初から氷の塊ではないらしい。
「なぁ、妖魔ちゃん。解放するのは、そっちじゃないのか??」
「私に魂を売った人間は既に私の所有物。貴様がどうこうと口を挟む必要はない」
「なら、そんなバカな奴の目を覚まさせる為にも……お前を、殺す」
…命知らずな小ネズミ。ならいい。少し遊んでやるとしよう。
奴の言葉と弾丸と共に、私は能力を使って部屋の中にあった家具を奴に投げつけ、念力で弾丸を押し留めた。
道具に頼ることのしか出来ない無力な人間はそのまま突き飛ばされて床に転がり、すぐに起き上がる。
何処までやるか見物だ。
肩の傷が塞がらず熱いままだが、こんなものかすり傷。隠居してから今まで使うことのなかった力を甦らせる。
チャンスを与えた私は、なんと寛大なのだろうか。
…それを棒に振ったのだから、四本の手足を引きちぎっても、問題はない。
_______***
ゴゴゴゴゴ…………__
な、何、地震!!?
何とか椅子に縛られてるロープを切ろうと側に置いたままにされてたハサミが手に入って削り取ろうとしてた時に、震度4ぐらいの地震が起こる。
地震はよく起こるけど、こんなときに起こると普段以上に怖い。
手首にも刃が擦れるのも覚悟で削り続けて、上の方から激しい音がしたのと同時にようやく切れた。
静かだった廃墟の中が、騒がしくなった。きっと彼女だ。彼女が来てくれたんだ。
足の縄も切ってようやく解放されて立ち上がる。ずっと縛られてたせいで、手首に痕が残った。
……余震の頻度が多い。変だ。きっと彼女がいる。彼女の元に行かないと!!!
彼らが使ってた机の上に放置された僕のスマホも置いて、うまく動かせない足を動かして部屋を出る。
振動と廃墟だからこそよく響く音を頼りに階段を見つけて駆け上がった。__喧騒と映画でしか聞かない煩い銃声が聞こえた。
廊下の先からミシミシとコンクリートが砕けて軋んでいく。今にも砕けて崩れそうだ…!!
なにこれ!?中で何が…!?
「ぐぁっ!!」
「小賢しいだけの小ネズミが…。調子にのった分寿命を縮めたと、悟るのだな!!」
何かが壁に叩きつけられる音と彼女の声がして、亀裂の入り始めた床の上を走って向かった。
近づくごとに、体に重い空気が乗っかってくるような違和感と、黒い霧が視界に霞がかっていく。
霧が一番濃い場所に辿り着いた時、見慣れた後ろ姿と、壁に押し付けられてもがいているあの男の人の姿があった。
「…シェリル!」
毛先の跳ねた長い髪がなびいて振り返った。
目は赤く血の色のように光り、白い顔は欠陥が浮きだって鋭い牙を何本もむき出しにした恐ろしくも妖しい魅力が隠せていない、吸血鬼としての彼女の顔が。
鋭く赤いネイルをした爪で宙を掴み、念力で加藤の首を締め上げている。
この重い空気は彼女のせいだろう。いつもは僕達人間と変わらない姿の彼女は、本来の姿をさらけ出していて、これから何をしようとしているのか……考えたくなくても考えてしまった。
ここに来てから、僕以外の人間には手を出さないと約束した彼女はずっとそれを守ってきたのに、今は僕のせいで、それを破ろうとしてる。
「お前…」
「シェリル!もうやめて!僕は無事だ!!だからっ…」
薄紅色に戻った鋭い瞳を前に固まっていた僕が彼女に駆け寄ろうとした時、耳のすぐ真後ろから銃声がつんざいた。
一瞬自分が撃たれたのかと、体にない衝撃が走り、痛みが広がったけど____それは、別の痛みだった。
「っ!!」
!!う………嘘だ、そんな。嫌だ。こんなのは、現実じゃない。現実なんかじゃない!!
彼女が空いていた左手で血の流れ出す胸を抑え、牙を剥き出した状態で呆然と僕の方を睨み付けた。
「……おのれ…ネズミ……………」
僕を向いていた彼女の右胸から吹き出した血、口からもゴフッと吐血して真下の床に血がボタボタと流れていく。手にかけていた力をフッと失い、そのまま床に倒れていった。
「シェラミアッッッ!!!!」
目の前で撃たれてしまった彼女の名前を叫んだ。
後ろから彼女を撃った男の事も振り返りもせず、倒れた愛しい人の体の上を抱き上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます