第11.5話 困難はいつもそこにある


好きな人が家からいなくなって3日経った。


 一人では広すぎる家にいるのはきつかったりする。…いや、かなりきつい。彼女がいないのは不安でしかない。この間襲われて怪我したばかりだし、急に帰るなんて言い出して、不安だ。


「前に来てもらったときは、とてもいい感じだったのにね。また気分が落ち込んだ?」


「彼女が一度実家に帰っちゃって。彼女に…そばにいて貰えたから、僕、立ち直ってきたっていうか」


 目の前でパソコンを打ちながら話している医師の診察は初めてじゃない。話すときはいつも安心というよりとても、緊張する。

青い医師の服を着た先生はふと僕の方に顔を上げて顔色を確認してくる。


「新しい彼女さんが出来てから眞藤さん、救われてましたよね。薬の量も減ったし、そろそろ止めてもいいと思ってるんですが」



 先生は良くなってると言う。

まだ僕は、そう思わない。一週間後には帰ってきてくれるとはいえ、帰ってこないかもしれないという不安が過る。


…それに、僕は、幸せになる資格があるのかとも。あの時の優愛との再会で、忘れかけていた不幸も悲劇も、甦った。



『聖也、私とまたやり直す気はないの…?』


『言ったよね。もう元に戻れないって。それに、もう彼女いるし』


『どうせ、一時的な気の紛らわしでしょう?聖也はいつもそうなんだから』


『…今回は違う』


 何度か優愛とは、くっついたり離れたりの繰り返しだった。その度に、別の彼女を作って別れてもしたから、彼女は今回もそうだと思ったんだろう。


『今の彼女とは、結婚も考えてる』


『…………嘘つき』


『本気だよ』


 冷たく突っぱねるように言い放つと、彼女の茶色い瞳が微かに揺らいだ。


『どうして、私から目を剃らそうとするの』


『優愛こそ、どういうつもりなんだよ。悠斗から聞いた。専門時代の友達に僕の連絡先とか居場所聞きまくってたって。あれだけ皆を巻き込んでおいて…』



『聖也が、私の事ちゃんと考えてくれなかったからあぁなったんじゃない!!今だって私………"あれ"が嘘だなんて、思ってない』


『……ふっ……』


 目の前に置かれた手付かずのアイスコーヒーの氷が溶けて、カランっと音がした。最初は、可愛く思っていた彼女も、心配に思えた泣き顔も、滑稽に思えて思わず笑いが漏れた。


何がおかしいの?と聞く優愛の問いかけも、今更過ぎてとてもおかしい。


『私、諦めてないから。これでおしまいだなんて全然思ってない。私が……どれだけ貴方を探したと思ってる?』


『知らないよ。君とは何度も別れようと思ってたし、それが決定的になったんだ。もう、本当に、無理だから』


『聖也…!!待って!!逃げないでよ!!』



__「眞藤聖也さん?」


ハッと意識が戻った。

いつ、診察が終わったんだろう。なくして新しくした診察券を、僕は手にとって雑居ビルの中にあるクリニックの外に出ていた。


 ぼぅっとしていた目の前には、医師でも看護師でもなく、大学生ぐらいの青年だった。背は僕と同じぐらいで、ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、僕を見てニヤニヤしている。


当然知り合いでも何でもない。それなのに、僕の名前を知ってる。


「どちら様ですか?」


「すいません、いきなり話し掛けちゃって。俺は……加藤って言います」


「加藤?…何処かで会いました?」


「いいや?初めてです」


 始終余裕のある笑みを浮かべてる加藤と名乗った男に不信感しか抱かない。というより怪しい。


「まぁそう警戒せず。なんでおたくの名前を知ってるのかってのも、ちょっと職業柄調べさせてもらっただけだ」


「はぁ?一体何、警察呼びますよ」


「それは困るけど、とりあえず話を聞くんだな?」


「近寄らないでよ、本当に呼びますよ!?」


 逃げようとして足を早めても、阻むように邪魔してくる知らない男に、スマホを取り出して警察を呼ぼうとすると、手首を掴まれ、人気のない路地道へ一気に引きずり込まれた。


スマホが地面に落ちる。なにするんだと抵抗したけど、男の方が上手だった。


「おっとすまんね。餌になってもらうぜ、お兄さん」


「はなっ…離せ!!やめろ!!」


体をねじ伏せられ、顔にタオルが当てられて何か変なものを嗅がされ、意識が混濁していく。


背後から車の音と、男の声が入り雑じって、僕の意識は堕ちた。




_______***




「シェラミアさん。新しい情報入ったぜ。例の、加藤兄弟だ」


「うむ」


「うむ。じゃないわよ!!なーんであたしの家で、作戦会議なんかしてんのよぅ!」



「港区一等地のジャッキーの家が一番デケェし、集まるのに最適だろ?俺の家にシェラミアさん泊まるわけにいかないじゃん」


 私は今、聖也の元から離れてジャッキーの家に泊まっている。もう4日だ。下手に動くわけにもいかず、情報収集にこんなに時間を費やした。


 ジャックは加藤兄弟の居場所を突き止めたと、アポもなしにジャッキーの自宅に何食わぬ顔で入ってきては、風呂上がりにパックをしていたジャッキーの横を通り抜け、私の座るマッサージ椅子の横のソファーに座る。


「ジャッキーの家は広いな。我が別荘よりも広い」


「別荘って、日本の家の事?」


「そうだ。本邸は、我が故郷にある。ずいぶん長く帰ってないけど」


「どーでもいいのよ!!レディの部屋に勝手に入ってくるなんてジャック、どんだけ無作法なのよ!!550年で何も学ばなかったの!?」


「うるせーなぁオカマは」


「オカマが煩くて何が悪いのよ!!!!」


 キーッッ!!!!とパックもしてあるせいでかなり迫力のある顔で振り向いて睨み付けてくる。

…というか、化粧してないときの顔。初めて見た。結構、普通…だな。普段も、その顔で歩けばいいのになんで化粧するのだ?



「別にあんた達が何しようが、シェラミアがうちに泊まるのは構わないけど!!下手打って梔子くちなしにバレたら、あたしがとばっちり食うんだからね!!」


「おー。ジャパニーズヴァンパイアの元締めか。ジャッキー、あいつらの下請けやってんだろ?純血種でもないのに」


「血統なんて関係ないのよ。日本には、純血の吸血鬼なんていなかったんだから。ね?シェラミー?」


 梔子か…。正確には梔子一家と言われ、本家が東北の方にあるらしく、東京には日本吸血鬼協会という機関を設立した本家である。


その吸血鬼一家が、日本の吸血鬼達を支配しているらしい。


 会ったことがないし、別に興味もない。ただ、私が日本に来るときに、ジャッキーを介して色々世話をしてくれたようだ。

 住民票とかも手配してくれたところから、この国の中枢にも根を張っているのがわかる。



「むしろ、梔子もこの騒動に動いてるんだろ?」


「マァ協会の方は、東京で派手な事件が近年に比べて多いから、ピリピリしてたわよ。本家はどうか、あたしも知らないわよ」


 全国規模の一端のことだ。いちいち構ってられないだろう。



「協会は仕事しねぇんだよ。あいつら仲間が殺されてるってのに、外出は控えろしか言わないし、後手後手の対策ばっかだぜ」


「私は不思議なのだが、この日本という国は、よくそれで平気でいられるな」


「島国だからだろ。大陸だったらそうも言ってられないっしょ」


 そんな事はともかく、加藤兄弟の居場所は何処だとマッサージチェアに揺られながら話を急かすと、ジャックはいつも持ち歩いてるギターケースの中から封筒を取り出し、開けて見せた。


テーブルに置かれた写真にジャッキーと目を通すと、それらには、事件現場となった写真や、二人の日本人。まだ青臭さの残る二人の兄弟の顔が写ってた。



「この二人が、加藤兄弟だ。兄の加藤天印かとう てんしん普段は自動車工場の整備士で、弟の加藤理かとう おさむは、まだ高校三年」


「あらー、結構二人とも可愛い顔してるじゃない。でも兄の方が男らしくって素敵」


「そういう目的で見せてるんじゃないぞ」


「分かってるわよ!!目の保養よ!!」


 この二人が吸血鬼ハンター?しかも、弟の方はまだ子供。


「侮るなよ。こいつらはこう見えて過激派だ。吸血鬼専門だが、悪霊とか呪いがらみの事件もいくつも解決してる。コトリバコとか、それ以上に危険な案件も。勝てなかったのは、悪魔とか神様がらみの事案くらいさ」


「まぁやだ。意外にやるのね」


「コトリバコってなんだ?」


「女や子供を呪い殺すヤバい箱の事だ。大分昔に作られたものが残ってたってのがほとんどだが、たまーに、今でも製造法真似して作る奴いんの」


「この現代でも、呪いや黒魔術を行う者がいるのか」


「あんた知らないの?未だにやってるわよ。四谷の方じゃ、丑の刻参りで藁人形がゴロゴロ転がってるわよ。そんなに気に食わない奴なんか、呪う前に井戸に叩き落としてやったらいいのにねぇ!」


「今時井戸ないだろその辺に」


 国や地域によっては呪いや魔術は信じられていて、未だにシャーマンがいるところもあるが、日本にもまだいるというのか…。


 いや、呪いや魔術は本当にあるものなのだが、もう誰も信じてないと思っていた。この加藤兄弟の実績は、見た目以上に大したものだ。



「色んな筋に聞いてみりゃ、やっぱり俺の友達の店も、こいつらがぶっ飛ばしたらしい。今は、渋谷の雑居ビルだった廃ビルを陣取ってる。塩やらニンニクエキスやらそこらじゅうにばら蒔いてな」


「イヤねぇ~。な~んかバカにされてる感じ。ニンニクは確かに嫌だけどねぇ」


「それで、何を狙って動いてるんだって言うと……大方予想通りだったよ」



 加藤兄弟が何を目的として吸血鬼を派手に殺しているのかをジャックが言おうとしたその時、私のスマホが鳴って全員の注目が集まる。


 手にとって画面を見ると、珍しくLINE電話じゃなくスマホの番号にかけてきた聖也のスマホからだった。


4日間、ずっとLINEのやり取りはしてたし電話もした。けど、わざわざ携帯にかけてきたことはない。…妙な胸騒ぎがして、ジャックとジャッキーに静かにするよう合図して電話に出た。


「はい」


「……マナナンガルって純血の吸血鬼は、あんたか?」


___聖也じゃない。若い男の声だ。丁度、この写真に写ってるどちらかの男の声。自然と表情筋に力の入った私に、二人も察したようだ。


「誰だ?」


「あんたを狙うハンターだよ」


「うちの彼氏の友達か?彼は何処にいる?」


「眞藤聖也?あんたを匿ってる物好きな人間の協力者だろ?…誤魔化すなよ、もう知ってる。意外に、可愛い声してるのはちょっと驚いたけど」


純血種の長老格、マナナンガル家の吸血鬼。

男の声からその言葉が聞こえる。

なるほど、もう既に、バレたというわけか。…しかし、うちの下僕は一体どうしたと言うのか。



「私も、お前の事を知ってる。加藤兄弟だろう?うちの聖也を出せ」


「あんたに手を出すなと騒いでるよ。でもこっちは、純血種を見逃す程優しくない」


「私に挑もうと?たかだか、新鮮な血の味わいも狩りの熱情も知らず、慎ましく暮らしていた雑種をいくらか狩っただけで、いい気になってる小僧どもが」



あまり私を舐めるなと警告を下すが、電話向こうの小僧は「それはどうかな」とぬかした。



「僕らは人間を殺さない。けど、吸血鬼の協力者というなら話は別だ。今から言う場所に来い。目の前でいたぶってから殺してやる」



宣戦布告か。…なんとも、小僧らしい。


「兄弟…か。人間を人質に私を呼び寄せた度胸は買ってやろう。だが、合間見えた時には」



___十分にツケを払わせてやる。



 時間と場所を伝えられ、聖也の声を聞くこともなく電話は切られた。


スマホを置いて二人を見ると、言わずとも全てを察したように、ジャックが口を開いた。



「向こうから来てくれるってのは助かるぜ」


「うちの下僕を拉致してスマホを調べたらしい。どこで下僕の事を嗅ぎ付けてきたのやら知らんが、ここまでふざけた真似をされたら、生きては帰さん」


「ちょっ…下僕君捕まってるの!?あの子を巻き込まないようにうちに来たんでしょあんた!?」


一歩遅かったか。イライラして頭をかきむしる。あのバカ…ちゃんと気を付けるように言ったのに。

恐らくまだ殺されてはいないだろうけど…。



「ジャック、此度は私一人で行く」


「何いってんの、相手は一応二人だぜ?なんで一人で行こうとするんだよ!」


「純血種と戦いたいのだと。ならば、希望通りに」


「いやいや!!何乗っちゃってんの!!相手だって兄弟だけじゃないかもしれないだろ!?」


「その場合、兄弟以外はお前に譲ってやる」


「な、舐めてんのかよ…!!俺だって仲間の仇打ちなんだよ!!昨日までずっと殺しはしないって言ってたくせしやがって!!」


「…ジャック。私も下僕が拐われたのだ。お前達は仲間意識のプライドだろうが、私も純血種としてのプライドがある」


我が所有物に気安く触れた痛み、辱しめは死よりも勝る。そして、今は私の問題となっている。

頭は冷静に保っても、燃え上がる気持ちは抑えきれない。



「お嬢に、やれるのかよ…。あんた人間に、ほだされ過ぎた。殺しが出来るとは思えないぞ、俺には!!」


「安心しろ。私に挑戦した愚かな人間を、生かす理由はない。たとえ子供であってもな」


「信用できねーぜ。それであんた、人間の彼氏と何食わぬ顔で住み続けるってのか?そいつの前で!人間殺せるのか!?」



「ちょっとちょっと、もうっ私の家で喧嘩するんじゃないの!!」


 言い争う私達の間に入ってきたジャッキーは、お互い冷静になるようにと戒めてくる。



「シェラミー。ジャックの言う通り、一人で行くなんて無謀よ。ちょっと冷静になりなさい」


「私は冷静だ」


「意地張るんじゃないの!可愛くないわね!」


「そうだ!!言ってやれジャッキー!!」


「あんたもよ!!」



 全く貴方達って子は!!と、三人の中で一番年下なのに鼻息を鳴らして諌めるジャッキーは、良いことぉ!?と甲高い声で発言した。



「確かに、一人で行くのは無謀よ。でも、戦闘力に関しては、純血のシェラミアが一番強いわ」


「俺だって強い!!!!歳もお嬢より上だし!!!!」


「だまらっしゃい!!!!私が言いたいのは、今は下僕君が捕まってるの!復讐やプライドよりそっち優先しなさいよ!!」


……別に私は、プライドを優先して言ったわけじゃないし端からそういうつもりなんだけど。


「いい?二人で、すみやか~に行って、すみやか~に助けてらっしゃい!殺すだのなんだのは、状況次第で決めなさいよ!!」


「…………」


ジャックと私の目が合う。

まぁ、私一人でも別に造作もないが、今どうこうすると決めたって、確かに仕方がない。



「……それもそうだな」


「うむ…」


「ったく、なぁんであんた達は問題をややこしくするのかしら」


やれやれとバスローブのままの普通の顔をしているジャッキーに、ジャックは不満そうにジャッキーを見た。



「…ジャッキーは行かねぇの?」


「は?なんで私が?行かないわよ?」


「うちの下僕を心配してる割には薄情だな」


 偉そうな事を言っておいて我関せずと言った態度のジャッキーに言うと、ジャッキーのパックがペラっと地面に落ちた。



そして、はぁっ!?と牙剥き出しに叫ばれる。



「なぁんで部屋を貸してる私まで行かないといけないのよぉ!?嫌よ!ハンターとの直接対決なんて絶対嫌!!あんたらと違って、表の仕事があるのよ!?」


「俺だって何年も名前と姿変えてバンドやってんだ。そうやって大口叩いといて自分は高みの見物かよ。あーぁ、いいねぇ。関係ない奴は気楽で」


「気楽じゃないわよ!!!!私は戦闘力に関して頼りにならないの!!ていうか、なんであたしが悪いみたいになってんのよぉー!!」


「悪いとは言っていない。ただ、それでいいのかと、思っただけだ」


「二人して何よぉ年下いじめ!?もうっ!!好きぃ~」


「のわぁぁぁ!?引っ付くな!!!!」


「その辺にしてくれ…頭痛くなってきたぞ」





…今日の夜0時。奴等の根城の雑居ビル。

あえて吸血鬼の活動時間帯を選んでくるとは、なめられたものよ。


聖也…バカ下僕。取り戻したら、ただじゃおかないぞ。






_____****







「うぅ~………」


 クソ…クソぅ……どうして僕はいつも、こうも簡単に捕まっちゃうんだよ…これで二回目だ。


ていうか、人生で二回も誘拐されるってどういうこと??しかも大人になってから誘拐されるって、恥ずかしすぎるだろぉ…。



「…なーお兄さん?落ち着いた??」


「落ち着くわけないだろぉバカァァ!!」


「ちょっ怒るなって。殺しやしないって言ってるじゃねぇか」


「煩い誘拐犯!人でなし!離せ!スマホ返せーーー!!!!」


 じたばたと縛り付けられてる椅子ごと暴れても、全く縄が外れる気配がない。

こんな廃墟の雑居ビルに、誰か人が立ち入ることもないし助けを呼んでも来ない。


目の前でコンビニのパンを食べてる僕を浚った男は、苦々しい顔で僕を見下ろして、その横で僕のスマホを弄ってた学生服ブレザーの彼の弟は、うるせぇよと睨み付けてくる。



「騒がしい奴だなぁ男のくせして。あんたのとこに住み着いてる吸血鬼が来たら、解放してやるってば」


「シェリルを殺すつもりなんだろ!?」


「そりゃなぁ。俺達ハンターの仕事だ」


「この間、彼女を傷つけたのも、お前らなんだろ!!」


「だぁかぁらぁー、俺らはスナイプスじゃなくて、加藤兄弟。本当話聞いてないなあんた」


「煩いから何か噛ませとけよ兄貴。レア物と戦う前にこいつ殺しそう」


「バカ。俺らはハンターだぞ?人間殺しはやらねぇの」


うざそうに僕を睨む弟を制して、兄は正反対で、僕に対して友好的に話し掛けてきた。



「なぁ、彼女来るって言ってたみたいだぜ?良かったなぁ~。一度は、生きて会わせてやるよ。相当、妖魔の毒気にやられちゃってるみたいだし」


「はー、御愁傷様」


二人揃って、何故か憐れんだように見てくるのが無性に腹が立つ。


「なんだよ毒気って!人の彼女を妖魔なんて言うな!!」


「へー。あんたマジであのマナナンガルの吸血鬼に惚れてんの??純血種なんて、人間を都合のいい道具にしか見てないぜ?特に、愛情なんかない」


「あるさ!!」


「脳ミソやられちまってるぜ」


 パンを食べ終わり、コーヒーを口にして僕を前にした彼は、手に持った銃を一度テーブルに置き、僕に向き直って座り直す。



「お兄さんさ、あの妖魔の事を知らないまま、フリータイムで半日ヤってたのか?」


「!?」


こ、この間行った時のこと…だよね?なんでそれを。レシート捨てたはずだけど!?



「あれ?気づかなかった?あん時、受付してたの俺だけど」



………………あーーーーーーーーー!!!!


そういえば、声が似てる!!!!!!!!顔は曇りガラスで全然見えなかったけど!!!!


え、いやでもどう言うこと?あの時は何気なく目についた所に入ったのに、偶然??



「あの時な、別の吸血鬼がラブホでデリヘル襲ってるって話でな。受付になりすまして張り込みしてたら、偶然、あんたらが来たってわけよ」


「僕もベッドメイクのバイトで入ってたけど……後であんたらの部屋見てビビったわ。ティッシュや玩具は散乱してるわ、マッサージチェアは壊れてるわシーツはビリビリだわ、ローションぐちょぐちょだわ………」


「いやぁー………あははは…………すみません」


まさかあの後始末を、この人達にさせてたとは思わなかった。めっちゃはずい。


「いいよ。ウ×コとかゲロ転がってなかっただけ可愛いもんだから」


「童貞っぽい顔して絶倫だなお兄さん!!ヒョーッ!」


「いやぁ~それほどでも…………じゃなくて」


なんでこの人たちと仲良くなりかけてるの?そうじゃないよね??



「っと、話を戻すぜ。マナナンガルと言えば、純血種族の長老。つまり、一番偉い吸血鬼の血統を持つ吸血鬼一族の一つでな。

 女系の吸血鬼一族で、昔から王や権力者、男を誑かす術に長けた、美女揃いの妖魔サキュバス一家なの。お前を利用してたのが一発でまる分かりな家じゃねぇの」



「僕は別に権力者じゃないし、利用するなら他のもっといい人選ぶと思うけど」


「はん?そりゃ………確かになぁ。俺ならもっとイケメンで金持ちとか、地位的に絶対揺るがない皇族とか狙うな」



 自分で言っておいてなんだけど、さらっと失礼なこと言われた気がする。

それに、告白して無理やり同居迫ったの僕だし…。って言うと話がこじれそうな気がしたから言わない。



「だが、吸血鬼が人間に愛情を持つのは絶対的にあり得ない!奴等はそういう生き物、いや、化け物だ。歴史もそれを証明してる」


「…どうして、言い切れる?」


「吸血鬼にはな、温情ってもんはない。冷酷で残忍で、自分の家族にすら情や愛を持たない、凍てついた心臓を持ってる。

 死人から生き返った吸血鬼もそうだ。人間の心をやがて忘れ、殺人と血の快楽に溺れる、化け物になるのさ」



 あんたも、遊ばれてるだけだぜ。そういう人間を何人か見てきたんだと、彼は手にしたコーヒー缶に口をつけて、僕を見た。


「同居してるからなんだ?セックスしたからなんだ?妖魔の女吸血鬼はそんなことで男に情を持ちやしないさ。人間の男は、あいつらにとっちゃ、ただの"食料"だからな」


「そんなことない!!彼女は…シェラミアは……」



__『私も、人間を殺して生きてきた。お前達人間とは、別種類の生き物なんだ』



 怒りにも悲痛にも見えた表情で、前に僕に言い放った彼女の言葉が甦って、否定できなかった。


誰かを殺して、血を吸って生きてきた。


そうだ、確かに、そうだ。彼らからすればただの、人殺し。

この人の言う通り、確かに彼女は、僕と出会うまではそうしてきたはずだ。


 そうしなきゃ生きていけなかったし、そうすることが普通だったはず。


…でも、情がないなんて嘘だ。

彼女はきっとまた、不甲斐ない僕を助けに来る。パンダランドの時、彼女の気持ちを諦めかけていたとき、彼女が来てくれたように。


好きって言ってくれた。こんな僕を、好きだと言ってくれた。僕との未来も、案じてくれてた。


不器用だけど、優しくて世話焼きでちょっと心配性で、素直じゃないけど甘えたがりな、僕の吸血鬼。


たとえ君がどんな過ちを犯してても、僕は、受け入れる___


"僕"に、君を責める資格なんて、ないんだから。


一度、取り返しがつかないことをしてしまった僕には。

本当は、恋もする資格なんてないんだから。



__『聖也逃げないでよ!!聞いて、私……貴方の……』



いつかの過ちが、また甦ろうとしていた。


シェリルに知られてしまったら、この恋は終わってしまう程の過ちを。



「ま、諦めて他の女探すこったな。吸血鬼だけは止めとけ。酷い目見るぞ」


彼の声で意識が戻った時、僕に話しかけていた兄の後ろでダラッと項垂れていた弟が、何かに反応してソファーに置いていた拳銃を手に取った。


「……来たよ」


「お出ましか。サム、行ってこい」


「了解」


特に何か鳴ったわけでもないのに、何かを感じ取った彼らは二言やり取りして、弟の方が部屋から出ていって、ハッとして何が来たのかを悟った。



「シェリル…!!」


「王子さまを救う、お姫様のご登場だな?」


「やめろ…!彼女に手を出すな!!何かしたら許さないぞ!!」


絶対に、許さない!!

シェリル…!!シェリル!!!!


彼らが持つ容赦の見えない凶器に、シェリルの身に危険が迫ってることを改めて悟る。


無力にも、僕の力では守りきれないって、思い知らされながら、僕は声を上げ続けた。



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