第6話 一年契約
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「それでも、ずっと一緒にいたい」
それが、バカで単細胞でぽやんとしててマジでバカで頭のネジが2、3本くらい吹っ飛んでる男の台詞。
私の話をちゃんと理解してるのかこいつは!!また苛立ちが吹き上がってくる。ここまで説明させておいて、まだ分からないのか!!と、奴に叫んだ。
「お前は、私をなんだと思ってる!!!!お前に本気になって、勝手にいなくなられた後はどう責任を取る!?道連れになれとでも言うなら御免だぞ!!」
「そんなこと言わないよ。確かに、僕はどうしても先にいなくなってしまうけど………君には、生きてほしい」
「よくもそんなことが言えるな!!!!私だって…私だって……!!」
お前にいなくなって欲しくない。
言いたくとも絶対に言えることのない言葉が出る前に、気だるくなった体が支えきれず、よろけて前に倒れていった所を、聖也は受け止めた。
目の前にある胸からじわりと熱が伝わり、私の体がまた熱を上げていく。聖也の腕が私の背中へ回り、逃がさないようにぎゅっと抱き留めた。
「君以外に考えられない。オムツを変えてもらえるなら、君がいい。…別れたくないよ、シェラミア」
「っ!!」
「自分勝手で、ごめん。でも、本気なんだ。君に出会ってから、ずっと、自分にはこの人だって、強く想ってる」
これからだってずっとだ。君を不幸になんか絶対しない。捨てていったりなんかしない。
根拠の全くない言葉が、耳元で囁かれる。
……純粋な言葉、嘘は全くないと分かってる。
だけど、私は、それでも信用できない。お母様の事を思えば………お母様が死んだ時の事を考えれば。
でも私は、この人間を拒絶することは、出来ないと。心中で強く、言い張っていた。
ぽやんとした間抜けで、いつもへらへら笑っていて、優しくて、人懐っこい子犬のような人間の男。私にはない物を持っている、変わった下僕。
もう既に罪深く、彼の虜になっていたから。
「………どう、信じたらいい」
「信用、出来ないかな」
「出来ない」
きっぱりとそう言うと、彼はクスクス笑いながら「そうだよね」と。私の背中をなだめるように撫でながら、抱き留める力を強めてこう言った。
「気持ちに関しては、凄く自信あるんだよ?こう見えてさ、凄く飽きやすいんだよ。前の彼女なんてすぐ別れたし、一年続いたのは、シェラミアが初めてじゃないかな」
「そんなの、人間関係だけでしょ」
「んーん。趣味も結構コロコロ変わってる。美容師の仕事だってもう飽きて転職しようか、悩んでるし」
……そういえば、最近あいつがスマホで見てるの求人ばっかのような。こんなぽやんとした奴を何処で雇ってくれるんだとも思ったが、飽きやすいと言えば思い当たるところはいくつかあった。
スマホのゲームを初めてもすぐやめて別のに変えるし、部屋で眺めるプラネタリウムの機械もただのインテリアになってるし、色んな物を買ってはすぐ放置する三日坊主な習性。
あながち本当ではあるが、それとどう信用に繋がると言ったところ、聖也は私をそっと少し離して頬を撫でながら言う。
「なんでだろうね。でも君の事を見たときにさ、僕はこの人に出会うために生まれたって気がしたんだよね」
「頭、おかしいんじゃないのか」
「またそんなこと言う。…でも、おかしいのかもね」
チュッと唇が不意にひたいに触れて、またビクッと勝手に体が反応した。文句を言おうにも、心臓がバクバクと鼓動が早くなったせいで言葉が出てこなかった。
「もし僕が飽きて君を捨てるようなことがあったら、ひと思いに殺してよ」
そんなこと、絶対ないけど。と、聖也は私の頬に口付け、下へ下へ、首筋を辿っていくように唇を擦り付けていく。
「ズタズタに引き裂いていい。気が済むまで、痛めつけて欲しい」
「バッ……バカかっ…そんな程度で済ますと思ってるのか…」
「でもそれぐらい、君を傷つけるようなことしないって、自信ある」
挑発的な感触を与え続けながら、そう言ってふと笑った聖也に何も言えない悔しさと羞恥心が芽生え始める。
本能の高鳴りには、どうしても逆らえない。受け入れたい、受け入れさせたい。そんな気持ちにさせられる今の自分が凄く……けがわらしい。
「バカ…バカな人間…」
「まだ言いたいことある?」
「…生意気な」
呟いた私の唇を奪う下僕。抑えつけていた熱情は、もう止まらなくなっていた。
唇に強く吸い付いて、絡めてくる舌がよりかき乱して、息継ぎもする
瑞々しく鳴るリップ音から声が漏れて、一度離れようとした頭を、腕を回して引き戻す。
「っ……ぁ、シェリ……」
休みのないキスに聖也は息もままならないだろうが、私には関係ない。こうなったのは、聖也のせいだ。……だから、だから…。
長い人生の中、飽くくらい長く感じていた時間は、あっという間に過ぎていく。
もう感じさせないほど、いや、そんなことに構っていられるほど余裕なかった。
僅かな体温が熱すぎる体温に飲まれていく。熱さに悶えても、この熱に殺されるなら構わないとさえ思った。
「……どうする?」
本能は忠実だった。抑えきれなくなった吸血鬼の女としての欲望を、聖也は拒絶することなく、むしろ貪り食うかのように鎮める。
昨日の続きでもするようにお互い求めあった後、何も纏わない聖也はぐったりと私に腕を貸しながらそう聞いてきた。
答えは出ているのに出ない。彼の腕に浮き上がる血管と、行為の最中に噛みついて吸った後をゆびでなぞる。
ベッドのシーツが汗まみれの体に引っ付いてくるのを気持ち悪く感じ、身をよじっていると、聖也は片方余っていた手で私の腰を引き寄せた。
「未来のことは、これから少しずつ、考えていけばいい」
まだ時間はいっぱいある。そう言って私に口付けた。
「すぐにお爺ちゃんになるわけじゃないでしょ?」
「……だけど」
「真面目だよね、シェリルは」
こっちがどんな思いでいるのか、本当に分かっているんだろうか。
聖也は微笑みながら私の頬と髪を撫でた。大丈夫だとあやすようにゆっくりと、優しい手つきで、言った。「寂しい思いはさせない」と。
……嘘つき。何も解決していない。嘘つき。それでも、もう戻れない。
「じゃあ、とりあえず一年延長」
「私は借り物じゃないぞ」
「分かってるって。でも、悪くないでしょ?一年更新」
「一年後、更新停止と言ったら?」
「その時は、また発情させちゃうかな?」
この変態!!と私がビンタを食らわす前に、頭の下の腕が動きだし、私をそのまま囲うように捕まえた。
目の前にまでやって来た聖也の力の抜けた顔を見て、もう何も抵抗する気力まで失わされた。
「顔、真っ赤だね」
「黙れ。馬鹿な下僕の間抜け面を見てると、ムカついて血が昇るだけだ」
「なんとでも言って。可愛いご主人様」
こんな主従関係、あって堪るものか。
また体重をかけて口付けを繰り返してくる下僕に恥辱される喜びを、抑える余裕もなくこの濃厚な味を、味わい続けた。
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