第5話 下僕の味は、蜜の味。
_____
「っあ……あっ…やっ…」
「シェリルッ……もっと……そう…」
私はその為に育てられた。
純血種の数少ない血筋を持った女吸血鬼として生まれたからには、__純血種の血を残さなくてはいけない。
そう教えられて育ってきて、覚悟はしていたというのに、初めての結婚の時、交尾は嫌いになった。
相手は私よりも遥かに歳上。見た目は若いが、まるで欲を集めて肉団子にしたような醜悪な男だった。
毎日やってくる交尾の時間が恐ろしかった。男は使い捨ての玩具のようにぞんざいに扱ってくれたものだ。妻ではなく、ただの快楽のはけ口、子供を作って産ませるためだけの道具程度にしか考えてなかった。私だけじゃなく、他の吸血鬼の女は皆、そうだった。
それでも、私に子が出来ることはなかった。男は10年にも満たない結婚生活で、あっけなく死ぬことになったが。
夫が死んで、じいやの元に戻れた事で安堵した。もう、あんな屈辱的な行為に毎日耐えて過ごす日々は終わったんだと。
ただ傷物にされて、終わっただけ。
快楽もなにもなかった。
……だけど、今はどうして。
肌と肌がぶつかりあって、手を握り合い、私は貫かれる痛みに翻弄されている。まるで、自分じゃないみたい。
「ねぇっ……早く…」
出たくもない喘ぎが口から漏れてしまう。彼が下から私を見ている。
見ないで、嫌だ。こんなの、おかしい。
「見ないっ…ダメ……もう」
「本当の事、言って?止めたらもっとつらいよ」
「違う……もっと深く……」
上下に揺れる速度が増したり、減ったりを繰り返すごとに、おかしくなってしまう。もっと力強く、やってほしいとまで懇願する私の口は、別の誰かに乗っ取られてしまったのかもしれない。
あれだけ嫌っていた行為が、今こんなに……。
「シェリル…今君、凄いっ…」
どちらが手綱を握っているのだろう。でもそんなことはどうでもいい。絶頂を迎える彼の首筋に唇を吸い付けた。
美味しそうな色をした血管が浮き出ているのにもまた興奮する。思わず吸い付くしてしまいそうになるほど。
下半身をゆっくり動かしながら、彼の首筋に牙を突き立て、吸い付いた。
痛みも快楽に変わる今、聖也の腕はきつく私を抱き締めて喘いだ。
いつもよりも美味しくて、甘い血の味に浸りながら___果てる。
激しい衝撃が腰から上半身に繋がり、電流のようにほとばしる熱が、私の中で溶けていく。
彼も続いて力尽きた後、体は繋がったままでキスを繰り返す。
「大好きだ、君、ほんと最高…」
トラウマでしかなかった事。
好きじゃなかった相手との行為は、こんなに良いものだったのかと、余韻に浸りながらゆっくりと目を閉じた。
_____それが、昨夜に犯した過ち。
「大好き…って、ベッドで言われたの、初めて」
よく小説の中で愛を囁き合う描写はあるが、実際に言うものとは思ってなかった。
気だるい体をベッドの上で起こす。
目に入ったのは棺桶の蓋ではなく、ワンルームの天井、狭苦しく男と汗の臭いが染み着いたシングルベッドの上、肌に触るシーツの感触。
久々にベッドというものを使った。寝心地は棺桶よりも悪いが、不思議と居心地は悪くない。ただ、休めた気がしないというだけ。
どれくらい眠っていただろう。側にあった聖也の目覚ましを見ると、8時。朝の8時?それとも、夜の8時?
隣で眠っていた聖也がいない。
また目覚ましを見る。よく見ると、針が回る上の方に、PMと出ていた。
………あれからずっと、寝てたって事。聖也は仕事か。
というか、あいつ仕事行けたのか?あんな知りもしない顔して………いや、考えるの止めよう。とりあえず、シャワーでも浴びよう。
ベタつく体を起こし、浴室へ向かう。聖也の部屋の床に散乱したままだったはずの衣服は、脱衣所のかごの中に片付けられていた。
わざと冷たいシャワーで全身のべたつきを洗い流しながら、蓋をした浴槽の方に目を向ける。
極上の快楽に犯されて微睡んだ視界と聴覚。聞こえる聖也の声と、意外にもたくましく、若い肉体的に酔って、自分がどんなことをしていたのかあまり覚えていない。
………改めて考えると、狂ってた。
あんなにはしたなく苦しいものと思っていた情事が、不思議と居心地がいいものに感じているのは、私もおかしくなったんだろうか。
まだ、体が熱い、ヒリヒリする。人間と触れ合うとこんな感じになるんだろうか。
首筋から胸の下の辺りにかけて、昨日あいつがつけた痕が生々しく残っている。
冴えない顔をしていて、情事の作法に慣れていたのが驚きだった。というか、無関心であるとさえ思っていたのに、
………あぁ、忌々しい!!何処まで私を拐かすつもりなのか!!
あんなの一体何処で覚えてくるというのか!!男というのは!!
これ以上自分の体を見てると、おかしくなりそうで、早々にシャワーを切り上げて上がった。
それから少しも経たない時間が過ぎた頃、リビングのソファーで、まだぐったりとしている体を下ろして、髪を拭いていた時に玄関の扉が開いた音がした。
「ただいま~」
リビングへと来た予想通りの人間は、コンビニの袋をぶら下げ、ネックウォーマーを脱ぎながら私にフニャッとヘラヘラしたいつもの笑顔を向けてきた。
何も変わらない態度。それがまた、私を苛立たせる。
「………この」
スケベ変態野郎。
そう言おうとした私の口を塞ぎ、ギュッと馴れ馴れしく抱きしめ、濡れた私の髪をタオルで撫でて、いつもよりも深いキスをしてきた。
いつもいきなりだが、今回もいきなりすぎて思わず時が止まる。深い口づけに蹂躙されかけたのを理性で押し止め、確実に色にハマってる聖也の胸を押し戻した。
「離せ変態!!調子にのるな!!」
「本当は嬉しいくせに!僕の事好きだって、昨日散々言ってくれた。寂しかったんでしょ?そんな顔してたよ」
「してない!!散々も言ってない!!一回だけ!!もう二度と、言わない!!離せ!!」
「もういいじゃん。そういう仲なんだし、ね」
「調子にのるなと言ってる!!外でそれを言ったら本当に殺す!!」
「いいよ!もう悩殺されてるから!!」
私の言うことはもう聞かず、強く抱きしめて離さない鬱陶しさは、正直、かなりうざい。
「やめろ!!離せ!!」
牙を突き立て噛みついた。それでも、私の吸血に慣れてしまったせいで、聖也はイタイイタイと口で言うだけで離しはしなかった。
「今日はずっと君の事ばかり考えてた。思わず、お客さんの髪5㎝間違って切りそうになったよ」
「普通に仕事のことを考えろ!」
「仕方ないじゃん、考えちゃうんだから」
なんつぅ楽観的な理由。
「ねぇ、お風呂に入ってたの?乾かしてあげるよ」
こんなぽやんとした頭の中身の下僕は、私の話は聞く耳持たず。
勝手に髪を乾かすとまで言い、濡れた私の髪をタオルで包み込んで水分を拭き取り始めまでした。風邪をひくというが、私は風邪なんかひかないと何度言えば分かるんだ。
むしろ熱い。何故か知らないけど。
「私は子供かっ!乾かすぐらい、自分で出来る!!」
「だって、シェリルはいつもめんどくさがって自然乾燥させるじゃん。ほら!やってあげるから」
「………」
じいもそうだが、専門職が傍にいると口煩い。確かに聖也は人の髪を扱う美容師だ。仕事柄、気になって仕方ないらしい。抱きしめてる間もずっと触ってる。
有無も言わさないというか話も聞かず、聖也は部屋からドライヤーを持ってくると、慣れた手つきで私の髪を乾かし始めた。
「シェリルの髪は、折角量もあって綺麗なんだから、ちゃんと手入れしなきゃ駄目だよ?」
「こんなくせっ毛の何処がいいんだ。手入れしてもしなくても、変わらないのに」
「羨ましいよ。僕なんてさ、父さんの方がちょっと怪しいから、将来禿げるかもしんない」
「…………確かに、もう生え際は」
「えやめて!?怖いこと言わないで!?」
ドライヤーの煩い音越しに会話をする聖也は楽しそうだ。いつも一人で楽しそうにしてるところが、悩みが何もなさそうで羨ましい限り。
あるとすれば、将来毛根が先に死んでいく事ぐらいらしい。
……先に、死ぬ。か。
頭が禿げるのはもうどうしようもないが、人間の場合、命もそこまで有限ではない。
吸血鬼も太陽に焼かれるか、心臓をやられればそれは死ぬが、そうでない限り長く生きられる。
でも人間はそうじゃない。時間と共に頭も容姿も衰えていく。今は釣り合いが取れるが、ここ30年もすれば、私と彼は父と娘くらいの見た目の差が出るだろう。
それでも構わないが……。
「どうしたの?やっぱハゲは嫌?」
「ハゲの事を気にしてるんじゃない」
「じゃあ、何?」
「何って…」
聖也が私の顔を覗き込んでくる。私はそんなに顔に出るのか?
「………ハゲた聖也を想像すると、子供の頃、墓から掘り起こして遊んでた人間のミイラみたいだなと」
「それ悪口?悪口なの?それとも吸血鬼的に褒めてる??」
「褒めてはない」
「ちょっとやめて!?マジで禿げる未来が恐ろしくって堪んないっていうのに!!」
禿げる以外に気にするところはないのか。
「あの、シェリルは………ハゲは嫌い……?」
そして何故そんな目で私を見て聞く!?
ハゲ………ハゲか……気にならないと言えば嘘になる。絶対似合わないし。でも別に、凄く気になるわけでもないが、だんだん聖也が涙目になっている。
「やっぱハゲは嫌だ!!もう、一生自分の髪切らない!!」
「嫌だと言ってないでしょ!!それに、普段から色を抜いたり染めたりしてる事の方がよっぽど髪にダメージを与えると思わないのか!!!」
「あ、それもそうだ」
「お前…本当に資格持ってるんだろうな?」
ほんっとうに、面倒な男で呆れる。てへへと馬鹿みたいに可愛い子ぶって笑う、こんな女子みたいな男がいるとは。
なのに、ベッドでは凄いからギャップにびっくりする。
「良かった。シェリルがハゲ嫌じゃなくって」
「今のところ、そんなに薄くはないように見えるけど」
「今禿げてたらさすがに泣く」
暖かい風が止まり、水気がなくなって落ちた私の髪をブラシで解かし、くるくると指先で巻きながらストンと落とす感触がくすぐったい。
首筋をなぞるように髪を後ろに流し、聖也は私にもたれ掛かるようにまた抱き締めてくる。
「いい匂い。一番好きな匂いだ」
「お前のサロンから持ってきたシャンプーだろう」
「シェリルの匂いと交じっていい香りなんだよ」
スンスンと動く鼻が首筋に当たり、柔らかい何かがチュッと当たる。聖也のアッシュに染めたふわっとした髪が顔に当たって、昔飼っていた猫を思い出す。
つまり…………悪くはない。
「…なんか、シェリルが熱い気がする。熱でもある?昨日、無理させ過ぎたかな」
「っ!な、ない!!熱いシャワーかドライヤーのせいだろう」
はっとして、後ろから抱き締めて顔を擦り付けてくる彼に言った。
「そう?でも、こんなに暖かいのは初めてな気がする。シェリルはふわふわで肌も艶々で、今日は暖かいから、離したくない」
「バ、バカな事を………」
グッと抱き留められてる腕に力が入ってる。確かに、今日はなんだか体が熱い。風邪なんか引いたことないのに、何故だ……この下僕と初めて寝てから、おかしい。今までこんな事はなかったのに。
________ピンポーン
ずっとこのまま抱き留められ続けて、そのまままた寝室にでも連れ込まれるのかと思っていたら、玄関のチャイムが鳴って聖也が反応した。
「?なんだろ、こんな時間に」
「またあの受信料とか言う取り立てじゃないか?」
「ちょっと見てくるよ」
聖也はようやく私を解放して玄関に向かっていった。
……はぁーーー………苦しい。胸がぐっと締め付けられるようなぐらい抱き締められてた気がする。
聖也が戻ってくるのにそんなに時間はかからない。気を紛らわせようとスマホでニュース記事を見ると、パンダランドで行方知れずになっていた人間の死体が見つかったという事が騒がれていた。
帰った後で見つかったらしい。発見が遅れたのも、あの場所のスパイスの臭いで死臭が分かりにくかったのと、喧騒でガラスを割った音にも気づかれなかったのかもしれない。今日から一時的に閉園になっているそうだ。
「シェリル、Amazonで頼んだ?」
聖也が戻ってきた。その手にはAmazonの段ボールを持っていて、私に覚えがないか聞いてきた。
「私は何も頼んでないぞ」
「うーん。僕もなんだよね。実家から何か送ってきたのかなぁ」
何も連絡ないけどと言いながら、謎の宅配で届いた荷物を床に下ろした。そこそこ大きめの箱だ、最近で大きめの荷物を頼んだ覚えはない。
「開けてみたらどう?間違ってたら送り返せばいいだけの話でしょ」
「そーだねぇ……カッターある?」
テレビ台の横にあるペンたての中からカッターを取って聖也に渡すと、聖也は段ボールのガムテープを切り、パッと段ボールを開けた一瞬、固まってから「うわぁ!!」と叫んだ。
「うわぁぁ!!?なんか動いたぁ!!」
「どうした!!」
駆け寄ろうとした時、箱の中から大量の黒い何かが部屋中に飛び立ち、キーキー煩い鳴き声をあげる。そこまで広くもない部屋の天井や家具にびっしり張り付いた黒い塊のそれは_____うちに仕えるコウモリ達だった。
チパチパと白い目をまばたきさせ、私と聖也を一直線に見ている。
パタパタと羽ばたく一匹のコウモリが、腰を抜かした聖也の頭に乗ると、煩い高音の声を発した。
「シェラミアさま!引っ越しのおてつだいにあがりました!」
「………は?」
第一声がそれ。
私も思わず、なんの事だと。そしてこれはどういう事だと、口から言葉が出なかった。
「じいやさまから、シェラミアさまの引っ越しのおてつだいをなさるように、言われてきました」
____「「キー!!キー!!」」
「煩い!!近所迷惑だ!!というか、いきなりなんだ!?そんなこと、頼んだ覚えはな……」
「だってシェラミアさまが、人間と別れるっていうから」
……………………あ。
すっかり忘れてた。そういえば、そんな話してた!!
だからって、いきなりこんなにコウモリを送り込むか!!いらないだろこんなに!!!!
「別れるんですよね?」
無垢な瞳で直結に聞いてくる単細胞のコウモリは、私の返事を待っている。
「いや、確かにじいにはしたが、その話なんだけど……」
「だってあの軟弱な人間とはもう別れて来週には帰るって言ってましたよね?」
「だから聞け!!その話なんだが!!」
と、コウモリに説明しようとした時、この話に関して重要な人物がその真下にいることに気がついて、恐る恐る、視線を下に移す。
「…………どういう事?」
コウモリと同じ目、いや、クソバカコウモリが口を滑らせたせいで凄くややこしい感じになりそうな目で、聖也は私を見上げていた。
………まずい。色々、まずい。
「シェリル?別れるってどういう事??今週には帰るって、いつの話」
「いや…それはなんだが」
「もしかして、デートの後すぐに別れ話する予定だった?」
いや、その通りなんだけど違う。そう言おうとした時、まるで嫌がらせかのように頭の上のバカコウモリが口を挟んだ。
「シェラミアさまは人間と別れて我々の元に帰るそうです。惚れてないし骨抜きにもなってないそうです。ただただうっとおしいそうです」
「余計な油を注ぐなクソコウモリが!!食うぞ!!!!」
「言いにくいことだからご説明しようと思って」
「余計な気を使わんでいい!!!!聖也、待て、話を聞け」
そんなのは過去の話だと誤解を解こうと思ったとき、聖也は無言でスッと立ち上がった。目線が下から上に移動する。
「気にしてたのって、それ?……じゃあ昨日の夜の事は何?何処から何処までが嘘?一通りのことしたら、それでさよならって思ってた?」
「待て、違う。確かに別れる話はじいにしていたが、お前に言ったことは全部本当で」
「本当って何?じゃあ何で別れようと思ったの?君が好きだって僕に言ってくれたのはなんで?恋人として?それとも、飲み物として?」
「そ、そんな事まで言わせなきゃ分からないのか!?」
あれだけはっきりと言ったのに、それに、私がこの話をしてたのは過去の話だと私は言うが、気分の高揚が見える聖也は、その意味までまともに耳に入れる余裕などなかった。
「言ってくれなきゃ困るよ!!結局どうしたいのさ!?君はいつも何も言ってくれないじゃないか!!」
「っ!!」
聖也が初めて私に大きく逆らった。
目が充血して今にも泣き出しそうな子供っぽい激昂でも、何故か私の胸を強く貫くには十分な叱責だった。
「僕と別れたいならそう言ってよ!!これ以上、僕の気持ちを転がすような事はしないでほしい!!」
「な、何を言ってる!!私が転がしただと!?思い違いするな!!それはこっちの台詞だ!!」
「なんでさ!!僕は君にちゃんと伝えてるのに、君ははっきりしないじゃないか!!」
「愛してる、好きだと言ってる話か!?だからなんだ!!私と寝たかったんだったらもう叶っただろう!!私はお前と一緒に、ずっと一緒に居たいわけじゃない!!はっきりと言う!!お前は人間だ!!私は吸血鬼、別種類の生き物なんだ!!」
思わずむきになって言い放つと、聖也は怯えた子犬のような目で私を見つめ返しながら言い返してきた。
「そんなの……分かってるよ!!!!ただ君とセックスしたかった訳じゃない!!好きなんだよ!!君が好きだから一緒にいたいって思った!!悪い!?」
「全然分かってない!!好きだからで、ずっと一緒に生活していけると思ってるのか!?私も、お前を襲った奴と同じように、人を殺して生きるんだぞ!!お前はそれに愛情を持ってる、おかしいと思わないのか!!」
心の何処かで分かっていると思って言わなかった事実を、はっきりと告げる。聖也の胸にも少しは響いたのか、言葉を喉に詰まらせたように押し黙った。
愛情だけで一緒にはいられない。どうしたって、血を供給出来なくなれば、私はまた人を殺して生きる。これから先だって、知らずに聖也の親でも友人でも、手にかける可能性だってある。それに、私に対する情がいつまで、続くのかも。
分かっていない。
「君は、ずっとおかしいと思ってたんだね」
だが、聖也のその一言で、ハッと自分がなにを口走ったのかを改めて思い出した。
「僕はおかしいと思ったことなんて、一回もない。確かに、君は人を殺して生きてたけど、生きるためだよね。僕と一緒にいるときだって、その辺の人を捕まえて血を飲むなんて事一度もしてなかった。あの男とは違う」
僕を殺そうとしたあの男は、飢えを凌ぐというよりも、獲物の反応を見て楽しむかのような殺しの快楽に溺れるようだったと、聖也はまっすぐ私を見つめて言った。
「君は僕の血と、仕入れてた血液パックで飢えを満たしてた。人間とどう大差がある?お店で動物の肉を買って食べてるのと、同じことでしょ?君は確かに殺人鬼かもしれないけど、必要以上の殺しはしない、僕の事だって、殺さなかった」
「それは………そうだとしてもだ!!私が人間の敵であることも、何人も殺していたことには変わりない!!殺しに手を染めたことのないお前と、一緒にいるべきじゃないだろう!!」
「……そう言える君って、ますます優しいよね」
ふいにそう言われて、また何を言い出すかと戸惑う私に、聖也はフッと少し笑った後で、こう言った。
「うっとおしかったんなら謝るよ。君の気持ちも考えないで、ずっと、押し付けてきたと思うから………だけど、酷いよ。あんまりじゃないか」
「っ!」
深いため息と一緒に、聖也の悲しい表情が私に向けられ、とどめの杭の一撃が刺さった痛みが、ズキンズキンと胸から骨へ、痛みが続く。
「君といる時間が、ただただ……幸せだった。不器用で気難しくても、どっか抜けてて、たまに見せる笑顔と照れた顔が可愛い、面倒見がよくて優しい君といることが幸せ。こんなに一緒にいて、幸せだった人はいない」
「お前………私は………」
どうでもいい人と一緒に、何処かへ出掛けたりも寝たりもしない。そう言いたいのに、言いたい事ほど口から出ない。もどかしい、うらめしい、疎ましい……そういう言葉だけは口からパッと出たのに。
「……いいよ。昨日の夜は、夢だったと思うから。君の好きにしたらいい」
聖也にそう告げられて背中を向けられる。どういう意味なのかは、すぐに分かった。凄く、痛いほど、分かる。
………違う。
どうしてうまくいかない。折角私は、お前といる道を選ぼうとしたのに、どうしてまた、戻ろうとしてしまったの?
「聖也!!」
私が呼び止めたのにも関わらず、聖也は足早にリビングから出ていった。もう話など聞きたくない、出ていくなら勝手に出ていけと、言っている背中だった。
聖也の怒った所は見たことがなかった。むしろあるのかすら疑問だったが、今は分かる。かなり怒っていることに。
どうしよう、どうしてしまったんだ私。あまり鼓動のない心臓が、バクバクと急速に波打っている。
「さてシェラミアさま、別れ話はお済みなようなので、さっさとお片付け致しましょう!」
「煩い!!黙れっ!!聖也!!話をっ……」
「シェラミアさま?」
部屋まで追いかけようとした時、グラッと視界が揺れ動く。熱が……体に宿っていた熱がまた一層強くなって、体中が焼かれるみたいに、熱い。
最初から肉体の死を得た吸血鬼にはない熱が、内側から焼き殺すように、広がっていく。
「あれれ、シェラミアさま!」
熱に犯されていく自分の意識が薄れ、冷たい床の上に打ち付けられる衝動を感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます