第3.5話 意地っ張り

______「………それで、そのまま乗せられるがまま彼と別れることにしたの?」


「そんな感じなんだけど、なんか府に落ちない」


「チョロすぎわろ」


 あのコウモリが「惚れてる」だの「骨抜きにされてる」だのしつこくて、分かったじゃあ別れてやる!!と啖呵を切って、吸血鬼仲間の店にそのまま来たわけだが。


「上手く乗せられた気がする」


「乗せられてんのよ!!お腹痛いから、その天然やめて!!」


 バーカウンターに座る私の横にいる髪をピンクに染めた女。ベルカというその女は、こっちに渡ってきてから知り合った吸血鬼だ。齢は350年。見た目は私とあまり変わらない頃に吸血鬼になったらしい。私よりも年は下だが、人間界についての知識や経験は私よりも豊富だ。というより、吸血鬼の世界より人間の世界の中で生きてきたという感じか。



「それってさ、本当は別れたくないんでしょ?勢いでしょ」


「い、勢いで言ったのはそうだが!!別れたくないわけじゃない!!ただの供給源のくせして毎日好きよ好きよとしつこくベタベタベタベタ、鬱陶しい!!別れようと思えばいつだって別れられる!!」


「じゃあ別れたらいーじゃん?吸血鬼と人間なんて、そりゃ今の時代好きな人は好きだけど、実際に大変よー」


「そうそう。良いのは今だけだぜー?後、何年かすりゃ、相手は病気で逝くか、じーさんばーさんになって逝くか」


背後の煩いDJの音楽と踊り楽しむ人間社会に紛れた吸血鬼達を背に、離れた場所のバー。ブラッディメアリーを飲み干すベルカの隣で、ウイスキーをストレート。なんとも背伸びした飲み方をする同じ吸血鬼のちゃらんぽらんで全身タトゥーだらけの男が会話に入ってきた。

この男の名は、ジャック。



Muerte de vampiro《モォルテ デ ヴァンピーロ》_"吸血鬼の死"とかいう名前のふざけたバンドをやってる、そのくせ、齢は550才。…私よりも年上というのが癪に障る。


「んでも、最初会った時、シェラミアさんみたいな純血の吸血鬼が、人間と付き合ってるなんて思いもしなかったぜ。ペットとして飼ってるってんなら未だしも、純血種は餌と関わるってだけでも恥ってお高く止まってるから」


「んね。私達みたいに人間から吸血鬼になった雑種とは違う、別の生き物かと思ってた」



ゲラゲラと酔っぱらいながら笑う二人をキッと腕を組んで睨み付けると、今は全然そう思ってない、むしろちょっと抜けてて安心したわとか、バカにした発言が返ってきた。こいつら本当に一度絞めるべきか。


「だってシェラミアって、結構良いとこのお家でしょ?しかも純血種だしそういうのキビィじゃん」


「時代遅れな長老どもと一緒にしないで欲しい。あいつらはこちらからの目から見てもどうかしてる」


「まー真面目な話すると?コウモリじじいが言うように、完璧情が移る前に別れた方がいいんじゃない。元々遊びだったんでしょ」


「遊びというより、興味本意というところ」


 50年も隠匿生活してたら、そりゃ外の世界の事が気にもなってくる。今まで餌にしてきた人間に対して興味は微塵もなかったけど、例年にない大吹雪が続き、人間が立ち入る頻度がなくなったというのがまず、聖也を生かした理由。雪が止んだら用済みと思っていた。………が。


「棺から起き上がった瞬間に告白してくる人間って、あいつくらいだったし」


「それ!めっちゃウケる!」


「つか、それで拒否んなかったシェラミアさんもやばい」


「煩いな。断ったら逆に怖いぐらいなんだよ。墓地のど真ん中の廟の中、夜、生き血を啜る吸血鬼、これだけの要素があって告白してくるぐらいだから、かなり頭のあれな人間を捕まえたのかと」


「確かにそう考えるとめちゃくちゃこえーな」


「ゲームだったら、逃げるか、シェラミアをめっちゃ撃ってるところよね」


「相当クレイジー」



 二人はふざけているが、自分達も吸血鬼という事から、私への告白シーンを想像するに、かなり滑稽な絵図であることには間違いない。ある意味、ロマンチックではあるとベルカは言うが。


「それで?結局どうする?別れるの?」


「……じいの言うことも一理ある。別に何か変わったわけでもないし」


「まー私らもそうだけど、そうやって好き好き言われている今が華よ。それに純血種はこういうの見つかったらやばいんじゃないの??」


耳の痛くなる話をするな。自分の目の前に出されたカクテルのグラスに口をつけた。


「俺は、結構お似合いだと思うけど」


「あら、ジャックがそんなこと言うなんて珍しい」


確かに。人間や吸血鬼と取っ替え引っ替えして遊んでいるジャックが、意外にもそんな発言をするとは。


「だって、一年っしょ?案外上手いことやってんじゃん。話聞いてるとさぁ、シェラミアさんも別に嫌いなわけじゃないわけだし?」


「べ、別に嫌いではないが…」


「ならさ、別に無理して今別れなくったってよくない?どうせ向こうが先に死ぬんだし」


 吸血鬼と人間の間に存在する第一の問題点をあっさりと。ジャックはウイスキーを飲み干した。


「今の時代、昔みたいにきっぱり化け物扱いして敵対してるってわけでもなく、むしろフレンドリーだよ。長老達の目なんか気にする必要ねーって。いつまでも一緒にいたいってなったら、吸血鬼化したらいいじゃん。彼氏君、吸血鬼にしてもやってけそーだし」


「あいつが吸血鬼に?トイ・ストーリー3観ただけで泣く奴が、吸血鬼の世界で生きていけないでしょ」


「比較が別ジャンル過ぎるでしょそれ」


「第一、気持ちなんて永遠に続くわけがあるか………」


 気持ちなんて、所詮はそこで芽生えた一時の感情。残念ながら、私には、例え永遠を約束することが出来たとしても、吸血鬼にするつもりはない。

 純血種の吸血鬼でも同じことが言える人間の本質は、よく知ってる。熱しやすくて冷めやすい……それにじいの言った通り、すべてにおいては信用できる自信もない。


そう言うことが、昔起きたから。


「まーそうかも。俺なんて、人間の女と十年続いた事ないし」


「十年経つと、若くて美味しい血をもった子が出てくるからでしょ?」


「マジそれ」


最早人間だったときの事も忘れてるこの二人を見れば分かる。気持ちも記憶も、やがては薄れて、どちらかが飽きて、どちらかが取り残されるか。


私は、取り残される側にはなりたくない。



「来週にも言おうと思ってる」


カラッと乾いたような氷の音が響き、口をつけたグラスをテーブルに下ろした。


「来週?決めたにしては遅いのね」


「あいつと出掛ける予定があるから。それを済ませてから、話し合う」


「あら、愛情がないにしては、随分律儀ね」


「煩い」


もうチケットも貰ってしまったのだから、仕方ないでしょ。今言いに行ったら話が余計に拗れそうだし。


「そういえば、記念日なんだっけ?彼ピ捕獲記念日」


「やめろその言い方」


「あのさー別れたら私にくれる?あんたの彼ピ、見た目結構私的にバズりまくってて…………」


「………………………………………」


「ごめんなさい、冗談です。そんな、がちに、吸血鬼の、ガチ威嚇の形相にならなくても」


「なってない」


「なってるから。マジで怖い。純血マジでやばみ」


 別に怒ってないのに、私の顔を見てベルカとジャックは体を仰け反らせるほどドン引きといった感じで怯えている。側でグラスを磨いていたバーテンの顔も引いている。何故だ、失礼な奴等だ。


「それで、私を呼んだ用があるんじゃないの?」


「あぁそうそう。多分知らないと思うから、シェラミアにも教えようと思ってね」


ベルカはバーテンにおかわりを頼む。ジャックもウイスキーを飲み干して、バーボンを頼む。黙ってベルカが浮かない表情に変わるのを見て、平和に過ごしていた日々に陰りが出来そうだと何となく直感した。


「あまり、よくない話?」


「ハンターが日本に来たって。人伝で聞いた」


…吸血鬼ハンター、か。久しぶりに聞いた。文字通り、吸血鬼狩りを生業にしている奴らの事で、人間の映画にもたまに出てくるような奴等だ。最近はめっきり聞かなかったし、むしろ居なくなったと思っていた。日本では馴染みが薄いこともあって。


「誰かやられたの?」


「今のところそういう話は聞かないけど」


「じゃあ何故来たと」


「海外から厄介なのが逃げてきたの。バウダー・ロサンチーノって奴よ」


「バウダー・ロサンチーノ?イタリアのロサンチーノ卿の息子じゃない」


 イタリアを裏から牛耳る吸血鬼マフィア、ロサンチーノ。吸血鬼の長老という純血種の千年は生きてる長の一族だ。直接面識があるのは、長老であるロマーリオ・ロサンチーノだが、息子の方はない。だけど名前は知ってる。確か次男坊で、鼻にかけたようなお坊っちゃんだと。


まぁそこそこ、問題ばかり起こしてるって前から有名ではあったが、マフィアに守られてるはずの吸血鬼が日本に逃げ込んでくるなんて、とうとう親に勘当でも食らったらしい。



「一体何をしでかした?」


「なんだっけ、ジャック」


「元々親も手ぇつけられねぇバカだって聞いてたけど、人前で正体を明かすような真似はしないって掟を破った挙げ句、人間のお偉いさんの娘に手だして、ハンターに目ぇつけられたんだってよ。せめて掟さえ、破ってなきゃなぁ」


 イタリアでは掟が何よりも重んじられる。それを破った時点で、というより、親を真っ向から困らせていく素行のせいで、とかげのしっぽみたいに縁を切られたということだろう。


「何で日本?迷惑な話だな」


「それ。だからもう日本吸血鬼協会は慌てて、御触れを出してるわけ。ハンターが誰なのか、特定もまだ出来てないみたい」


「誰かやられたらようやく出るって感じらしいぜ。シェラミアさんも、気を付けてな」


「わかった」


へぇ…

 来週の外出で、ばったり出くわすようなこともないと思うけど。ただ、バウダーが一人で逃げてきたのだとして、この東京という人間ジャングルに紛れれば、ハンター達も帰ることなく滞在期間が延びるだけ。早く始末されて、東京から去ることをみんな祈っているだろう。


日本にまで吸血鬼がたくさん紛れていると知れば、せっかくハンターがいないと言われてるこの国での生活は難しくなるのだから。



…………。

私の場合、どのみち来週で最後と決めたのだから、別にもう関係ないんだけど。


______『楽しみだね、シェリル』


………ったく、なんでこういう時に限ってあんな笑顔を思い出すんだ。忌々しい………本当に、忌々しい。


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