第4話 記念日のデート
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約束の記念日の日、聖也の仕事が終わる頃に現地で待ち合わせとなって、パンダランドともう一つの姉妹パーク、パンダランドヘブンの境にある浜舞駅で、もう駅についたとLINE上でも浮かれてるのがまるわかりなスタンプつきのメッセージを見ながら待っていた。
「創設者アナネメリー氏が、古代中国遺跡で謎の巨大パンダに襲われ、なんやかんやあって一緒に暮らした経験をもとに作られたのがパンダランド……?恐怖を娯楽に変えるとは、なんと斬新か」
事前に駅で貰ったパンフレットを読みながら待つ。
さっきから人間達の私への視線が熱いが、まぁ、こんな格好では怪しまれるのも無理はない…。ちらほらと聞こえる人間の声に暇だから耳を澄ます。
_「外人さんかなぁ……一人で待ってる」
_「あの宗教だと、外国でも肌とか髪隠さなきゃいけないんでしょー?大変」
というように、今私の格好は………全身黒づくめのニカーブという、イスラムやインドネシア、ムスリム等では一般的な肌を完全に覆い隠す姿。
ただの宗教だと思ってくれてて助かるけど、何しろ目立つのはもう逃れようがない。しかし、昼間にどうしても外出するときはこれを着る以外に日よけの方法がないのだから、仕方がないし、ある意味手軽であるから気に入っている。日が落ちたら脱げばいいだけだし。
……けど、ただの宗教の理由で済んではいるけど、あいつが来ると、周りからややこしい反応をされるのは、面倒くさい。
「シェリル~」
タッタッとスニーカーで走ってきて、アッシュベージュに染め直した髪がアホ毛も一緒になびいてる。マスクをしていながら、目元だけでも顔面が整ってる方である聖也が、明らかに「どういう関係性?」と聞きたくなるような私の前に並んだことで、周りで待ち合わせていた人間が騒然とした。
_「は?まじ?やばっ、付きあってんのかあれ。もしかしてあの絵ズラでランドデート?ウケる」
_「つか彼女の方、顔の濃いガチガチのイスラムだったらどうしよ!ちょっ見たくない?見たくない?」
_「いやいや案外B《ブス》専だったりして!」
_「うけるぅ~」
____バカで下品で低俗なつがいの雄の方が、レンガ張りの地面に叩きつけられめり込んだ。
_「きゃぁぁ!!?ちょっ、どうしたの!!!!?」
雌が喧しく鳴いて、辺りの人間は急に地面に叩きつけられた様子を見て、戸惑いながら見て見ぬふりして去っていく。
「………?あの人、どうしたんだろ?」
「知らない。この時間から酔っぱらっているんでしょ」
聖也は不思議そうに首をかしげただけで、きっとはしゃいでるんだろうねと言って再び私に向き直ってヘラヘラした笑顔を向けてきた。
こういう時は、単純で助かる。ちょっと念力を使えばあれぐらいは造作もない。口の悪い人間め、少しは気を付けるべきだ。
「ごめんね、待たせちゃって。少し仕事が伸びちゃったんだ」
そう言って、布の中に隠れた私の手を探り当てて握った。人間の暖かい体温が、冷めきった私の体に流れ込んでくる。
「つめたっ!すっかり冷えてるねー」
「いや、元々私体温ないから」
「だっていつもより冷たいよ。いつから待ってたの?」
「そんなに待ってない」
「ごめんね、寒かったよね。ランド入ったらどっかカフェでも入ろう」
待ってないし別に寒くもなんともないと言ってるのに、あいつは私の手を引いて、パンダランドへと向かう橋へと歩き始めた。
歓迎するクラシックの音楽と共に、園の入り口が見えてくる。園外だというのに、橋や入り口にはもう雰囲気作りのパンダの装飾や、懐かしく感じる西洋風の建物があった。
「予想してたよりも、本格的」
「でしょ?」
「入場料が高いわけだ」
「そういう話しないって約束だよ?それに入場料は悠斗のおごりだから」
やっぱりアフターだから空いてるねと言われたが、空いてるってほど空いてるようには見えない。どこに視線を移しても、人間がいる。
受付と検閲所を通り、ハキハキとした舞台役者のような笑顔と声で「いってらっしゃーい!」と見送られて、花の庭園のような本格的な広場へと入った。
そこにはグリーティングと言われる園内のキャラクターとゲストが写真を撮ってはしゃいでいるのが見えた。
……よし。今日は一日、付き合って、明日になったら別れ話を切り出そう。
今夜でもいいとは思ったが、こんなにはしゃいでいる人間の気をすぐに害す程、私も空気が読めないわけじゃない。
「それじゃ、日がもう少し沈むまでカフェで休もうか。そしたら乗り物乗りにいこーね、シェリル」
「……あ、あぁ……」
顔はニカーブのおかげであいつには見えないが、じっと顔を見て別れの切り出し方を考えてたら布を持ち上げられそうになった。慌てて布に触れた手から顔を反らし、話題を変えた。
「ここは、懐かしくなる場所だ。万国博覧会を思い出す」
「万国博覧会?行ったことあるの?大阪のやつ?」
「いや、ロンドンで」
「世界で初回のやつじゃん!!」
そう。世界で初回の万国博覧会のやつ。当時はクリスタルパレスや博物館やパビリオンを見に人がごった返して、このランド以上に人がいたと思う。
個人的に好きだったのがクリスタルパレスだった。あそこのブースにあるステンドグラスは今でも覚えてる。
突発的に話題を出したが、思い出したのは嘘じゃない。建っている建物も、当時のイギリスの建物とそっくりだし。
「やっぱり凄かった?日本でやったのなんて昭和以来だし」
「クリスタルパレスが凄かった。雨の日に行って…そんな日でも人多くてあまりよく見れなかったから、夜に忍び込んで貸切りで楽しんだよ」
「忍び込んだの!?」
「監視カメラなんてないから、余裕で入れたよ。巡回も思ったよりいなかったし」
「うわぁ、凄いな。あの博覧会会場を貸切りで見れるなんて!」
当時の彼氏と一緒に行ったなんて言えないけど。
前にちょっと話しただけで、バカ泣きされたし………。
エントランスゲートを抜け、賑やかな音楽と共に西洋風の小さな街と店があるエリアに入ると、なんとなく人間達が行きたがる理由がわかる。雰囲気作りも並大抵ではないほど手が込んでいて、高揚感を抱かせる。何処か現実的じゃない街並みだ。
このエリアを抜けた向こうには、小さいながら立派な城が見えて、その前に像が建っているのを見ながら、近くにあったカフェに入った時、聖也は言った。
「運が良ければ、ここからパレード見れるかも」
メニューを見てる間、外でシートを敷いて座ってる人や徐々に集まってくる人を誘導しているスタッフがいると聖也は言う。
「もう店内なんだし、脱いできたら?それ」
「そうだな……日も落ちてきたし」
「頼んどくよ、何にする?」
「ホットティーでいいよ」
「わかった!」
注文は任せて、西部のウェスタン基調の店内のトイレに入った。そこもそこそこ広いトイレだ。小さなカフェなのに、大勢の客が来ることを想定しての広さだ。
個室に入ってニカーブを脱ぐ。近くにロッカーがあると言っていたからそこに置けばいい。
……………待てよ…………今日の服、ちょっと行き過ぎた気がする。
「どーせ別れるんだからジャージで行ったら?」
なんて酔っ払ったベルカに言われたが、さすがにルームウェアなんてカジュアル過ぎるものはきついと思って、あまり履かないスカートで来てしまったけど。
………さすがに、張り切ったって感じがして今後悔してきた。
歩き回るというのに、なんっで、スカートにタイツなんて履いてきた私………………おしゃれし過ぎた……!!
デートはこれが初めてじゃない。
東京に来てからスカイツリーとか浅草とか渋谷とか色々行ったし、別に別段楽しいと思ったことなんかない、あいつの話に付き合ってブラブラ人間観察するだけだ。
服だってそこまで意識してたわけでもないのに、何故、今回に限って今までの中で一番いい服着てきた!!!!
「っ………まるで、はしゃいでるみたいじゃないの……」
『完全に、骨抜きにされておりますな』
「うるさいっ!!」
思わず脳裏にじいやの声が聞こえてきて口から言葉が出てしまった。
「………はぁ………少し、正装に力を入れすぎたか。おかしくないといいんだけど」
通販で買ったヒラヒラと揺れるワンピースに、黒のボレロのようなふわふわしたアウターの組み合わせを自分の目で確認する。
気合い入れすぎたせいでおかしくなってないといいんだけど、家で見たときはそう思わなかったし、多分大丈夫……。
はぁ、どうせこれが終わったら別れると言うのにこれじゃ……
なんか、最後に綺麗な姿だけ見せて去っていく猫みたい。
気合い入れすぎたとか、変に思われるのもなんか………納得いかない。
出たくない。初めてトイレの個室から出たくないと、心から思った。
_____**
「遅いな……大丈夫かな」
シェリルが被り物を脱ぎに行ってから15分は経つ。
どうしたんだろ、様子を見に行きたいけど、女子トイレに入るわけにもいかない。
化粧を直すにしては、シェリルの場合長い。ていうか化粧なんかしてなくっても可愛いのに。
ラインで様子聞いてみようかな、夕方とはいえ、日の出てるうちに連れてきちゃったから、具合悪くなってるのかも……。
__「「パンダさんのマハラージャ・クリスマスパーティーパレード!!」」
______「モフッ」
外からインド風の激しい音楽と、パレードとキャラクター達の声が聞こえてきた。テラス席の方から外を見ると、向こうの方で始まったみたい。
最近出来たインドエリアとクリスマスシーズンのパレードを合体したものだと言うことで、人もゾロゾロとパレードを見に集まっている。ここからじゃまだ見えないかな。
シェリルにラインを送ろうかと思って手元のスマホをいじろうとした時だった。僕の横に、いつの間にか影が出来ていたのは。
「……おまたせ」
「…シェリル?」
好きなフレグランスの匂いと一緒に、ムスッとした声が聞こえたから横を向いた。そこにあった目に飛び込んできた姿に、言葉を失った。
黒いふわふわしたアウターの中にピンクのレトロワンピースからスラリとしたタイツの長い足とブーツ。
茶色と薄い金髪のメッシュが入った綺麗な癖毛の髪は、触りたくなるほど艶めいていて、綺麗な真っ白な肌に、赤い唇、まつげの生え揃った挑発的な瞳が僕を見下ろしていた。
「………………」
「……何」
どうしよう。今までのデートの中で、正直、一番可愛い。
今までデートでスカートなんて履いてきたことなんてなかったのに。いつも男の本能に挑発的なルームウェアくらいでしか………見たことがないし、
化粧だって………えっ待って、今日に限って何この気合いの入れ様。
シェリル、もしかして、今日のデート、本当に楽しみだったってこと?!それとも……今日、記念日だから……..
「……なんだ!!お、おかしいと思うなら、さっさと言えっ!!」
「あ、いや、ごめん」
ぽやんと見ていた僕にフンッ!!と怒ってそっぽ向いた彼女に、慌てて謝る。
「まさかあのローブの中から、こんなに可愛い君が出てくるなんて思ってなかったから」
素直に口から出した僕の言葉に、そっぽを向いたシェリルが一瞬びくっと震えた。顔はそっぽを向いたままで、全然こっちを見てくれない。あぁ、やばい。また言葉を選び損ねて怒らせたかもしれない。
「ご、ごめんシェリル。今のは無神経だったよね!違うんだよ、今までのシェリルも全然可愛いかったけど、今回のは今までのよりも極上に可愛いって意味で、想像より遥かに超えたサプライズだったっていうか!」
「…………」
あ、あれ………どうしよう。全然こっち向いてくれない。不愉快なこと何も言ってないよね?むしろ、褒めてるよね?
「………シェリル?」
「…………しく……」
「え?何?」
「ほんとに………おかしくない…?」
小さい声に耳をすませてよく聞こうとした僕の理性に刃を突き立てて来るかのごとく、彼女は振り向いて、潤めかせた薄紅の可憐な瞳で僕を見た。
たまに不意をついて彼女が見せるこの表情が溜まらない。いつも強気な表情が一気に緩んで、隠れたか弱しさを魅せた色気のある恥ずかしがる表情。
この顔でおねだりされようものなら、僕は何だって出来る気がする。
「………可愛いよ」
何を着てたって可愛い。そう付け足して伝えると、白い肌が分かりやすく真っ赤になっていく。あぁ、喜んでくれてる。悔しそうに唇を少し噛んでるところも、じらしくて堪らない。
クリクリに毛先が巻かれた彼女の髪を触る。
吸血鬼は人間を惹き付けるために、魅惑的な容姿の人が多く、その行動も一つ一つ、人の理性を突っついてくる誘惑的なものだと本で読んだことがあるけれど、それもまた許せるぐらい。
「心配しないでよ、どんな君も好きだし、いつもより可愛い格好してきたって、おかしくなんかない。むしろすごく嬉しいんだよ?本当さ」
「も、もういい!分かったから…」
「抱きしめていい?」
「バカ!周りを見ろ!!」
あ、そういえばそうだった。
外でパレードが始まってるおかげで、こっちを気にしている人はいないけど、何人か熱い視線がシェリルに向けられるのを感じる。
……夜になるまでは布被ってもらってたほうが良かったかも。
指先にあった髪がシュルッと抜けて、シェリルは僕の前にある席に座った。
「どうする?これから」
「僕が決めていいなら決めるよ?」
「好きにして」
まだ顔を赤らめながら紅茶を口につけた彼女。外から賑やかなパレードの音を聞いて、まだ夕焼けの外に顔を向けた。
夕焼けの黄昏の光は届かないものの、じっと外を眺める彼女の白い横顔もまた凄く綺麗だ。パレードよりもずっと眺めていられる価値がある。……と、その前に、シェリルは僕任せで良いって言ってくれてるし、ある程度ルート決めとこう。
「シェリルは、絶叫系とか平気?」
「絶叫刑?」
何気なく聞いた質問の答えが、何かちょっと違うニュアンスだったような。外を向いていたシェリルの顔が、強張った状態でこっちに向いた。
「…ジェットコースターとか平気?って事なんだけど」
「あぁ……そっち」
「なんだと思ったの」
「別に!」
強く否定して顔を逸らしたということは、またイメージから大きく外れたことを考えてたね。前にもサッカーの試合見てたら、ギロチンで誰か処刑して盛り上がってるとか物騒なこと思ってたし。
昔はそれが娯楽だったらしいから仕方ないとは言え、そういう天然な所があるのも可愛い。
「……シェリル?」
横顔も美人で可愛い彼女はこっちを見ない。やっぱり不機嫌そうにも見える。アフターとはいえ、日が出ている時間、馴れないところに引っ張りだして来てしまったから………それでちょっと怒ってるのかな。
自分が離れたくないからって、東京に呼び寄せたのも僕。僕と暮らすようになって、何度かデートで街を案内しながら仲を深めようとはしてきたけれど。それほど進歩がないって感じるのは、何故なんだろう。
隣で歩く彼女は、別に嫌がりもしないし、喜ぶわけでもない。
ただじっと僕のすることや周りの人の観察をしているみたい。本当は僕に、そんなに興味がないことぐらい分かってる。それでも無理に振り向かせようと、自分からキスをしたりベタベタしてみたり、必死になってる。
それでも………彼女は喜ばないし、嫌がりもしない。ただ、今みたいに凄く不機嫌そうにはなるんだ。
どうしてなんだろう、今までの子とは、やっぱり違う。なのに惹かれる、振り向いてくれないのに、それでも別れたくないと思う。
…だから、なのかな。未だに、"手を繋ぐ程度"の関係なのは。
彼女の冷たい手に触れる。
体温の分からない手に触れられて、また嫌がりもせず黙って僕の手を受け入れる彼女に、心掻き乱されながら、夜を待った。
____***
辺りが少し暗くなってきた所で、私と聖也は外に出る。優雅な音楽と花香るパークの人混みの中を二人で歩いた。
全く…………どうしていつもこの下僕は、息をするように拐かすような事ばかり言うのか。
おかしいかおかしくないか、私が求めている言葉はそのどちらかなのに、それを飛び越えてまるで…いや、もういい。考えるだけで、こいつの顔すらまともに見れない。
遊園地の事はあまり詳しくないし、うまく会話が出来そうになくて、とりあえず城に行きたいとだけは言ったものの…………
どうしてこんな気合いが入ってると勘違いされてもおかしくないような服を着てきてしまったのか、余計この後の別れ話が言いづらくなるだけなのに!!
「パンダの海賊乗ってもいい?」
連れてこられたのはパンダの海賊というアトラクションだ。並んでいる時間はだいたい30分と、他の乗り物に比べたら早い。
「ねぇ。被り物は買う必要あった?カチューシャでも一個三千円だぞ」
「いいじゃん!折角来たんだから記念にさぁ~」
「記念にって……」
私のパンダの耳のカチューシャはまだしも、お前の被ってるパンダの帽子は六千円もするんだけど、今後何処で被るんだそんなの。と、言いたくなる。
昔よく参加させられてた貴族パーティーの衣装代を考えれば、こんなの可愛く見えるけど、ある一定の時期、貧乏であった時もあってか、お金の事に煩くなってしまっている。
それに今。私には貯金があるからまだ余裕はあるけど、聖也は裕福とは言えない。
「それに、シェリルのカチューシャつけてる姿も見たかったから!可愛いだろうなぁって思ってニヤニヤしてたら、店長にキモいって言われた」
外ではもっと他の事を考えているだろうと思っていたら、そうでもなかった。恥ずかしい………職場でもこうとは、本当に変わり者にもほどがある。
「仕事中にまでやましいことを考えてたのか」
「ずっと考えてるよ。てか、全然やましくないよ!!自分の可愛い彼女の事を考えちゃうのは、当然だって!!」
「……いい加減、飽きないの?」
「?どういう意味?」
「そんなに私のことが……何処が、好きなの?」
一年間一緒にいて、未だに分からない謎をガヤガヤと騒がしい列の中で直接聞いてみると、ぽやんとした表情で考え始めた。
「何処って………そうだなぁ」
「まさか立って歩く死体が好きだからって言うんじゃないだろうな?」
「そんな趣味ないよ」
嫌だなぁと笑ってるが、趣味は無くとも棺桶に入った吸血鬼に告白なんてした時点でその気はあるだろ。
聖也は「好きなところか」と思いの外少し間を開けて考えた。
「…考えたことないの?」
「いや、第一印象的にはあるにはあるんだけど……」
「何よ、言え」
「………………怒らないなら言うよ?」
「何故怒らなければならない?早く、言ってみなさい」
そう言った後、聖也は斜め上にチラッと視線が向いた。そして、私に顔を向けないまま、発した。
「胸が大きいとこ」
………………………………………………………………………………………………。
「なっっ!!!!何言ってんだお前っっっ!!!!?」
「声がでかいよ!」
隠していた牙が生えそうになった。そして思ったほど声が出て、バシバシこのスケベの体を叩くのと同時に周りの視線が集まった。
「このバカ!!スケベ!!変態!!!!!!」
「ほら怒った!!だから言ったんだよ怒らないでって!!」
「お前のメスの決定打は胸って事か!!相手が吸血鬼でも胸か!!!!下世話な人間のオスめ!!!!」
「声でかいって!!やめて恥ずかしいから!!」
まさか、胸。胸とは思わなかった!!!!確かに私は大きい方ではあると自覚はあるが、胸ならいくらでも大きい人間はいる!!というか、そんな所見てたのか!!!!死にかけてたくせして!!!!
_「なんだあれ」
_「カップルがちちくりあってんだよ、爆発しろ、クソッ」
周りからの冷ややかな視線と声などもう気にしていられない。
恥ずかしいからと聖也は真っ赤になりながら私を諌めながら、小声で縮こまって言った。
「確かに胸だけど、胸大きいなって思ったけど、それだけで好きとはその時思えなくて……」
「胸を見てたというのは事実か」
「見てました。がっつり見てました。だって胸元が見える服着てんだもん。そりゃ、誰だって目が行くよ………」
顔を真っ赤にして認めたものの、今までチラチラと胸を見られていたんだと思うと凄い腹立たしい。
「でも、それだけじゃないよ?それだけじゃないんだ」
「もういい、聞きたくない」
これだけでもう十分と言った所で列が動き、回転率がはやいせいか、アトラクションに乗る間際のところまで進んだ。
「聞いてよ、僕は胸だけで判断するほど安っぽくないって」
「じゃあ何?今度はお尻の形が良いと言うんじゃないだろうな?」
「違うってシェリルちゃん~」
しつこく寄ってくるスケベを無視して昔住んでいたところの港町の雰囲気によく似た船着き場とボートの前に一列になって並んでいると、すぐに次のボートが来て乗るように言われる。
まるで本格的。乗るとグラグラと不安定に揺られるところを見ると、水の上に若干浮いた状態ではあるらしかった。全員が乗ったのを確認し、ゆっくり発進した。
少しずつ進むボートに揺られながら、内装の演出で妙にリアルな虫やカエルの声、本物と見間違うような夜の闇に包まれた水面の上を進んでいくのを、眺めて楽しむらしい。
「本物の湿地みたい」
「こういう雰囲気好きでしょ?」
「子供の頃に遊んだ所とよく似てる。カエルを捕まえたり、水辺に映る月を眺めて遊んでた」
だいぶ昔のこと。今ではあまりこういう場所は少ないのかもしれない。
「シェリルは、子供の頃も……吸血鬼だったの?」
「そうだ。多分、生まれたときから」
自分が人間だったことはない。純血種の吸血鬼。由緒正しい古代吸血鬼の家系で、吸血鬼同士の間に生まれた、数少ない子供。父親は誰なのか知らない。
純血種は血統主義で、その他の血を混ぜることを極端に嫌う。そのくせ、吸血鬼同士の交配は子が出来にくい難点があったけれど。
母は純血種の吸血鬼だったから、恐らく子孫を残すために同じ純血種の吸血鬼と結婚して私が生まれた。
ただ、生まれたときにはもう父親はいなかった。母は父のことは一切教えてくれなかったから、何か事情があったんだろう。
「こういう湿地で一人で遊んでて危なくないの?」
「ワニとかはたまにいたけど、水辺には、近づかないように言われていたから」
じいやの言いつけも守らず近づいてたけどな。思いっきり。
「ワニはいないのか?」
「いないよ。いたら怖いって」
「なんだ、つまらない」
水の中を覗き込んだ私は、このアトラクションの丁度横にあるレストランに目が行った。暗がりの中で、ほんのりと明るい光の中で静かに食事をしている人間達が見えた時、見たくもないものが目に入った。
人間の肉眼では覗けないだろうレストランの奥の方の席に、最近聞いた名の男の姿があったからだ。
顔色が悪く、日本人ではない、遊園地だというのにパンダランドの雰囲気で誤魔化せてはいるがアルマーニの高そうなスーツの金髪の男。
「…………………ロサンチーノ?」
イタリアマフィアの裏ボスロサンチーノ卿の息子。バウダーには直接会ったことがないが、親であるロサンチーノ卿には会ったことがあったし、見た目も何となく似ているためかすぐに分かった。
何かやらかして日本に逃げてきたと聞いていたが、まさか………いや、本当にそうか?何故こんなところに?
「シェリル、シェリル」
私の隣からの聖也の呼び掛けをきっかけに、奴らしき人間から目を逸らした。
何も知らない聖也は、はしゃいで私に天井の夜空を指差しながら言った。
「見て、星もすごく綺麗だよ。今流れ星が見えた」
「あ……あぁ……うん」
星の観察が好きな聖也は、映像と分かっていても天井の細々とした星を指差して、あれは何の星座っぽいねと話しかけてくる。
確かに星は綺麗だが、レストランで見たバウダーらしき人間が気になって、無意識に目がそっちを向いてしまう。
やっぱり、こういう場所であんなスーツを着ているのなんて、従業員スタッフくらいしかあり得ないだろう……。
「シェリル?聞いてる?」
もし、あいつが本当にハンターに追われてきたんだとしたら………。
暗闇に差し掛かり、海賊達の世界へ入れば二度と出られないという男のアナウンスと共に、不安は闇の中へ共に落ちながら、森を焼かれたパンダが、海賊たちを殲滅していくストーリーを眺めていったのだった。
______***
シェリルは何処か上の空だった。
話しかけても何かを気にしてるようで、返事がなかったり、キョロキョロと周りを伺っている。落ち着きがない。ただ、僕の腕に手を回していつも以上に密着してくる。
あまりシェリルの方からベタベタしてくることはなくて嬉しいと言えば、嬉しいけど、なんだか、彼女が楽しんでいるのかどうか、思ってることが分からない。どうしたんだろう。
「シェリル?さっきから何を探してるの?」
「いや……何も」
答えるだけで何も言ってはくれない。気づいていないとでも思ってるんだろうか。
「乗りたいものでもある?キャラのグリーティング探してるの?」
「違う気にするな私は聖也のしたいことがしたい」
「そ、そう……」
そんな早口で言われても、そうしたいと思ってるように思えないんだけど。
「あっ、見てシェリル!!クレイジーマウンテンが、40分待ちだって!!乗ろう乗ろう!!」
「分かった」
まだ上の空の彼女を連れ、人気アトラクション、クレイジーマウンテンの列にならぶ。何故か今日に限って40分待ちという、パンダランド三大マウンテンでは一度最短の待ち時間だった!!ツイてるな~今日!!
あれ?でも、シェリルってジェットコースター大丈夫なんだっけ?まぁいっか、三大マウンテンの中でも軽い方。
スペースブレーカーマウンテンと違ってスピードも少しゆっくりめらしいし。
__[クレイジーマウンテンへようこそ!!狂暴キュートなパンダさんとの追いかけっこが体験できる、スリルショックバイオアトラクションです!!心臓の弱い方、お子さんは確実に死ぬので、各フロアの途中退出口へどうぞ!!!!]___
____***
嫌な予感がする。
あれがバウダーなら、近くにハンターがいたとしてもおかしくない。
50年、日本という国の山奥でひっそりと生活してきた私は長くハンターというものには遭遇していない。数は昔ほどいないそうだが、バチカンが裏で飼ってるとも噂があった。
ロサンチーノ卿にそっっくりなずる賢い不敵さとイタリア系のあの顔、間違いなくそうだ。わざわざ今日のデートに遭遇するなんてついてない。面倒事に巻き込まれたくはない。ましてや、この下僕のいる側で……
いつの間にか次のアトラクションに連れてこられて並んでいた。木々に囲まれた森林をイメージしたような狭い通路で、私はキュッと聖也の腕に手を回して、いつも以上にぴったり密着していることに気づく。やけに暖かいと思った。
周りを気にしすぎて空返事ばかり返してたせいか、一方的に喋ってた聖也との会話をあまり覚えてない。
「聖也。このアトラクションは?」
「え?クレイジーマウンテンだよ?さっき分かったって、言ってたじゃん」
クレイジーマウンテン?なんだその名前。分かったなんて言ってた私?
__「お次の二名様ー!一番後ろのお席にどうぞー!!」
「あ、ほら、行こう!!」
聖也がはしゃいで私の手を取り、スタッフに案内される通りに車のような見た目の乗り物に乗った。
………体にバーのようなものが降りてくる。待て、クレイジーマウンテンって何のアトラクションだ??
「クレイジーマウンテンって、一体な……」
「怖かったら掴まって」
「は……?怖い……?」
座席の前のバーに置いた私の手を上から握り、ニコッと微笑む聖也の顔を見た瞬間、ぐっっと重力がかかり、前の暗いトンネルの中へ進み始めた。
鳥や猿の鳴き声、夕方の空と蛍のような光が舞うコースの中を、私達は進み始めると、右側から誰かが話しているかのように声が聞こえ始めた。
___「この黄昏の森にはまだまだ未知の生態系があるのだ…我々はそれを調査しに向かう」
___「隊長、この森には危険な"ヌシ"がいるそうです。ヌシに気づかれる前に、調査を終えましょう……」
………?
何が待っているかと思えば、普通に綺麗な景色の中をコースターに乗って進む。
鳥や動物の人形がいて、たまに恐竜らしきもの、それらを観察していく。なんだ、子供向けか。
太陽の落ちていく夕陽色の空の下に日除けもなしにいるのは、なんだか、不思議な気持ちだ。黄昏の幻想的な世界観が、とても心地よく感じる。
聖也の手がまだ私の手の上に乗っている。
「………これの、何処が怖いの?子供向けじゃない」
「ここまではいいんだよ。ここまでは」
____ゴゥンッッ!
急にコースターが止まった。まるで後ろから何かに掴まれて止められたような震動が走る。
明るかった森が、急激に暗闇へと包まれ、ガサガサガサと、私達の乗るコースターの周りを何か大きなものが動き回る気配がした。
___「隊長、何者かの気配が……これは……!!」
___「諸君、これは、ヌシだ……いかん、怒らせるな。落ち着いて行動がするのだ」
ナレーションかと思われる声がこの暗闇の中、ちらつく影と気配に警戒し始めた。
何?一体、何が始まったと言うんだ?
___ガタンッガタンッ!!とコースが揺れ、ゆっくりと前に進んでいくコースターに、気配も物音も平行して近づいてくる。夜目が利くはずの私でもすべてが見透せない闇の中で、その影は、私達の上に大きく出来ていることにようやく気がついて、後ろを振り返った。
その時、冷めきった胸の内に杭を突き立てられるかの如く、私は思い出した。
____「隊長!!!!ヌシです!!!!我々の背後に!!!!」
暗闇の中に佇む、一匹の白黒の生物。赤いスカーフのようなものを巻いて、表情の分からない無垢な生物が、こちらに向かって大木をぶん投げ、コースターの目の前に穴を作った。
_______「モフッ」
「!?」
その、可愛らしい鳴き声とは裏腹に、狂気を感じさせるスタートでこちらに突進してくる。
その底知れない、恐怖を。
___「パンダだ!!!!にげろぉぉぉぉーーー!!!!」
「わーい!!」
「ちょっまっ………」
例え恋愛小説のヒロインであろうとも、容赦なく恐怖を煽り追いかけてくるパンダに、コースターが一気に傾いて急降下した。
珍妙な恐怖体験は、ここから長く、始まることになった。
____________
「ひゃー!楽しかった!!やっぱ夢の国に来たら、絶叫系乗らなきゃだね!!………うっ、でもちょっと今酔いが………シェリルは大丈夫………シェリル!?」
「………はっ」
「シェリル!!?大丈夫!?今、完全白目向いてたけど!?」
お姉さん大丈夫ですか!と側にいたスタッフも慌てて駆け寄ってきた。ということは………もう終わったらしい。
あの一見丸みのあるシルエットの白黒の何かが迫ってきた所から、全く記憶がない。
「大変だわ!医務室へご案内しましょうか!?」
「シェリル!?」
スタッフの声、周りから聞こえる心配する声、頬をペチペチと叩かれて、目の前にあいつの慌てた顔があった。
「…………………………聖也」
「うん、僕だよ!大丈夫??医務室行こうか!?」
「いや、平気。それより……お母様は何処?さっきまで私に手を振っていたのだけど」
「うん。分かった。お姉さん、医務室連れてってください」
吸血鬼とはいえど、元から吸血鬼であった私は、臨死体験なんかしたこともないし、あの世の景色を見たこともない。
しかし、これがまさに、あの世と言える。
天国じゃなくて、地獄の方の。
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