第2.5話 単純明快
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__吸血鬼は、僕達人間の生活リズムとは全く逆だ。別に眠らなくてもいいらしい、けど太陽の光が浴びられない吸血鬼は大抵昼間は活動をしていない。
彼女は今頃、自分の寝室で静かに眠っている。時々何かが起きて彼女が日光を浴びてしまわないかどうか、心配になってしまう。
「髪、乾かしますねー」
常連のお客さんの濡れた髪をタオルで拭い、ドライヤーを手にとって乾かす間、ずっと今朝の彼女の姿を思い浮かべる。白くて細い体型にも関わらず、柔らかそうな谷間が見える黒レースのワンピースを着たあの姿で目の前にいる事に、どれだけ、自分の欲望を抑え込んでいたか彼女は知らない。
可愛い、マジで可愛い。睫毛とか体とか僕を見るキッとした強気な顔とか、めちゃくちゃ可愛い。そうだ、一目惚れってそうだよね。完全に見た目がガチタイプだったもん。
夜になると薄紅色の瞳がちょっと光ってギラギラとするのもまた可愛い。なんでだろ、なんでこんなに好きが止まらないんだろ。
「ねぇ、眞藤くんってさ、彼女とかいるの?」
ドライヤーを当てていた時、常連のお客さんから唐突に質問され、僕は答えた。
「はい!いますよ!」
「やっぱり?眞藤くんモテそうだもんねー」
「そんなことないですよ~」
どうしてそんなこと聞いたのかと聞くと、顔が始終ニヤニヤしてたらしい。気づかなかった。
「えー?その顔で今までモテたことないって言いたいの?」
「んー。ないと思いますよ?彼女は過去にもいましたけど、別にそこまでモテモテだったわけでもないし。いい人止まりで終わっちゃうんです」
「なるほどねー。今回の彼女さんとはどれくらいなの?」
「1年ですよ!来週の25日が記念日なんです」
そんな会話をしていると、何気無く鏡の向こう、僕の背後の席で鋏を動かしていた店長が、何故かこっちを凝視していて目があった。
「………店長?」
「おい眞藤…25日が記念日なんですって、今言った?」
「…?はい」
なんだろう、その、人を疑る視線は……。彼女いること知ってるはずだけど。
店長は鋏を止め、ゆっくりとクシでお客さんの髪を解かしながら言う。
「おめーよぅ、……去年のクリスマス辺り、どっか、星見るだか撮るだかなんかの意味不明ロマンチックな有給申請出して、そのまましばらく行方不明になってなかった??」
「え?……あ」
「はい??」
ドライヤーの風を当てていたお客さんも一緒に反応した。…そういえばそうだった。こっちじゃ行方不明になって結構騒ぎになってたんだった。
まず、笑われるかもしれないけど、星を見るのが好きで。よく色んなところの夜空の写真を撮ったり、プラネタリウムに行ったりとか。カナダでオーロラを見たときにハマったのが切っ掛けかな。
まぁ仕事とかプライベートで色々とあった時期もあって、息抜きに綺麗な星のとれる場所に行こうと思い立って、ある山を登ったわけで。
季節も季節だったこともあるし、天候が悪化して、そのまま遭難しちゃったんだよなぁ~……。
でもそれで、彼女と出会った。
__「愚かな人間よ、よく聞け。
お前はこの冬までの命。助けてやるが……帰れると思うなよ」
と、雪に埋もれていた僕を引っ張りあげ、赤く染まった狂気の瞳と牙を剥き出しにして言い放った彼女が、最初のファーストコンタクトだった。
結果、帰れたしそのまま彼女もお持ち帰りしたわけなんだけどね!
でもその経緯を、店長達はおろか、両親も友達も誰も知りません。普通に葬式あげられそうになってたし、まさか、吸血鬼の女の子に監禁されてて、そのまま彼女にして持って帰ってきたなんて思ってないでしょ。
ていうか…言ったらどうなるんだろ。まず、吸血鬼が本当に存在するって所から始まるのか、吸血鬼を口説いてきた事にどんな顔をされるのか。
「いやーね、お客さん。この子さ、去年の今辺りから失踪してたんですよー」
「失踪してたの!?初耳だわ!」
「俺もー驚いたんだけどね、あのーこの寒い時期に山登るかよとか思ったけども、三週間くらい見つからなかったのが、ひょこーっと帰ってきてねー」
「熊に食われたか、滑って崖から落ちたかって、言われてたよなぁ」
驚くお客さんに店長が話す。ドライヤーだけ動かしていた横から歩いてきた同期の永瀬
「そこそこニュースにもなってたんですよ?」
「そうなの?……あっ!!思い出した!!そういえば去年あったわねぇ、そんなニュース」
思い出させられてしまった。なんだか恥ずかしくなってきた。戻ってきたときの反応を見るに、もう生きてないと思われて葬式まであげられそうになってたし。
「あれ眞藤くんだったの~。無事で良かったわぁ。…でも、何があったの?」
「それですよお客さん。彼女ちゃんとの記念日はがっつり遭難ポイントだったろお前?」
そうだった、店長と悠斗の目が痛い。うわー余計なこと言っちゃったなぁ。本当の事ではあるんだけども…。
「えっと……何て言うのかなぁ~……彼女も、一緒に、遭難してたって言うか…」
「一緒に遭難?………は?何どゆこと??」
意味が分からないと、仕事の手も止めて問い詰めてくる店長に、即興で色々、うまいごまかし方がないか考える。
「まぁ何て言うのかなぁ……山の中で、その子が助けてくれたんですよ。凍死寸前だった僕を。彼女もなんか、登山で道に迷ってたらしくって…近くの何か、小屋?につれてってくれたって言うか」
小屋じゃなくて実際洋館みたいな家だったけど。山の中のポツンと不自然な一軒家ではあった。よくよく考えてみれば、ストリートビューで見たら不自然なぐらい際立ってるポツンと一軒家なのに、誰にもバレてないのかな?50年誰にも関わらず暮らしてたって、彼女は言ってたけど。
「えー!その子も一緒にじゃあ、遭難しちゃってたってわけ!?」
「まぁ…そんな感じで」
「めっちゃ凄い偶然…ていうか、悲劇と言うべきなのか分かんない。ドラマみたいね」
お客さんは喜ぶべきか、大変だったねと言うべきなのか迷うと苦笑いした。
うん、まぁ、だよね。もっと言えば殺されかけてたって言うと、どんな反応が返ってくるんだろう。
「……ということはだよ?お前、遭難期間その子と一緒に、その小屋で過ごしてたってこと??二人で??」
「そうなりますね」
「そう言うことは、つまり……」
店長のハッとした表情と、口元を被って「何も知らんふりして…このむっつりスケベェ…」と呟いてきた所で、何が言いたいのかすぐに察した。
「いや、その辺は何もないです。めちゃガード固かったので」
「嘘つけめっこのやろう!!雪山に閉ざされた場所で何週間も、何もないわけがないだろぅ!」
パシッ!と頭を叩かれる。悠斗が横から「パワハラっすよ」と笑いながら言ってきたのも煩い!と店長ははねのけたけど、本当の話だ。
今だって、一度もまだ身体を許してくれたことはない。A、B、Cの「B」まではあっても、「C」に行くまでの壁が分厚い。
寝室も別だし、基本寝る時間が逆だし。第一、妙なところを触ろうものなら……。
「ほんとですって……」
「ありゃ、この反応は、本当に何もなさそうねぇ」
「……えぇ?まじで??まじで何もないのかい、眞ちゃん」
「そう突っ込まないでやってくださいよ。聖也くんの彼女、まじで怖いから」
シェリルと会ったことのある悠斗は、以前酔った勢いでキャバクラへと連れ込んだ張本人。
あの時のことはよく覚えていないけど、朝起きた僕の目に飛び込んできたのは、首筋に吸血痕が真新しくついた彼が、土下座してシェリルにキャバクラ代立替金返済の誓約書を書かされていた光景。
潰れている間に血を吸われたのか、シェリルが吸血鬼であることには気づいてないみたいだけど、怒ったときのシェリルの怖さについては、よく体に染み付いているようで、あの時の貧血状態の顔色みたいに、真っ青になっている。
「なんだ永瀬、お前会ったことあるのか?」
「あるっすよ。今度聖也をキャバクラ連れ込んだら殺すって言われました」
「どういうこと!?おま、何したの!」
「そのまんまっす。全然覚えてないけど、キャバクラ行って金使ったみたいで、それ全部、迎えに来た彼女さんに払ってもらってて、今絶賛返済中です」
「最低じゃねぇか。だからお前に彼女が出来ないんだよ」
店長はそれを聞いて口をあんぐりと開け、聞いていたお客さんは爆笑し出した。
「何それ!彼氏キャバクラ行ったのにそのお金立て替えてくれたの?心広いわねぇ、今時そんな女子いないわ」
「いやぁ、僕も実は覚えてなくって」
「感謝しなさいよ眞藤くん!良い子じゃない。今の子ってさぁ、学歴とか収入とか性格とか現実的なとこ気にしといて、本当は汚い部分なんてない綺麗な王子様ばっかり追い求めてるもんなの。愛想つかせず面倒見てくれる子なんて、稀よ、稀」
笑いながら言ったお客さんは経験豊富な大人の女性だ。今時の子が相手であったなら…その言葉通り、稀に見る珍しい価値観を持った女の子だった。
けど実際は、このお客さんよりも遥かに歳上な吸血鬼の女の子…いや、女性って言うべき?ていうか、シェリルって、人間で言うといくつぐらいなんだろ?いくつであっても好きには変わりないんだけど。
「ねぇねぇ、その子の写真ってないの?」
ここまで聞くと彼女の顔も見てみたいと言うお客さんに、残念ながら写真はないんだと言った。
「写真嫌いみたいで、撮らせてくれないんです」
「そうなの?」
「ポスターにして店に飾っておきたいぐらい可愛いんですけどね」
「何言ってんだお前。なんでお前の彼女のポスターをうちに貼らなきゃならんの」
「仕事してる間も、一緒にいる気になるじゃないですか」
「勘弁しろよ」
店長とシェリルに対して恐怖しかない悠斗の呆れた目線が突き刺さる。実際したくとも出来ない。彼女は極端にカメラを嫌うし、向けるだけでも嫌がる。隠し撮りしてSNSなんかにあげようものなら、別れるとまで言われてる。
______「つーか、一目惚れはまだしも。遭難中にもっと心配になることあっただろ」
「なにが?」
午前の仕事が終わり、休憩中の悠斗と弁当を買っていると、苦い顔をしてタッチパネルの販売機で弁当を選ぶ僕に言った。
「お前が行った山!かなりの数の人が行方不明になってる場所だったんだぞ!?知らなかったのか!?」
「えっと…後で知った」
「今さらだけど、何故真冬の山に行こうと思ったし」
「星がよく見えるって事に気をとられててつい…」
「そうか、自分も星になるつもりだったのか、納得」
悠斗に睨まれて、心配かけてごめんと謝ると、「ハンバーグ弁当選びながら言うんじゃねぇ」と頭を小突かれた。
冬は天体観測に適している季節。大気中の水蒸気がなくなって大気の透明率が高くなって、星がよく見えるようになる。
でも、僕だって、事前に熊が出るって事を知ってたら、さすがに星は諦めて山に登らなかったのかもしれない。
実際に出たのは、熊じゃなかったんだけど。もっと可愛くて危険な女の子だったわけだけど。とか言うと、流石に悠斗が怒りだすから、言わない。
「ったく、高校時代から、修学旅行で奈良の鹿に追っかけ回されるようなぽやんとしてる奴だとは思ってたけどよ!」
「それ覚えてたの?恥ずかしいからもう忘れてよね!」
「お前がチョロチョロ逃げてる先から回り込まれて囲まれてた事もよく覚えてる。倉T(倉田先生)が救出しに行って二人共々ボコボコにされてるの見て、笑ったことも」
「笑ってたの?助けろよ」
鹿に襲われてた所を助けようとした当時の担任も巻き込まれ、二人して鹿にボコボコに蹴られるという苦い思い出が蘇ってきた。もう奈良公園には近づきたくない。鹿せんべい持ってなかったのに、なんで。
「んで?あの彼女さん…シェ…なんだったっけ」
「シェラミア」
店内で注文した弁当を待つ間、話は変わって彼女の話になる。彼女の本名が言いづらそうな悠斗に、シェリルでもいいよと教えてあげると、一体どこの国の名前なんだ?と首をかしげられた。
彼女曰く、生まれはルーマニア。吸血鬼の発祥と言われるあの国だ。顔立ちも濃くて美人、けどルーマニアの人っていう割には少し日本人に近いところもある顔立ちをしてる。
生まれたときから純粋の吸血鬼だったのかといえば、分からないらしい。お母さんが吸血鬼だったらしいから、多分そうだと言うけど、彼女自身も分からない謎がある。
僕は神奈川出身、何処とも変わらない普通の家庭で育って、高校を出た後は東京の美容師の専門学校へ行って、そのまま普通に就職。特に変わった人生は送っていない。彼女は色んな所を転々としてきたらしく、人生経験も豊富だから、色々と面白い話、持ってるんだよね。
「ルーマニア?なんで外国人が日本の山の中で遭難?」
「なんか、コウモリの生態を研究しにきたって言ってたけど」
「似てないと思ったら意外と似てんなお前ら」
今適当に作った嘘だけど。
「二人でどうやって過ごしてたんだよ、三週間くらい山ん中だったんだろ?食料とかどうしてた」
「別に普通だったよ。猟師小屋っぽくて、備蓄してあった缶詰とか開けて食べてたし」
というのも嘘で、ほとんどがシェリルが用意してくれてた。屋敷に人間の食べ物はないからって…山で動物を狩ってきてくれたり。血を作ってくれなきゃ困るからって。食えって火も通さずに死体を差し出された時は、流石に戸惑ったけど。
そんなこととは知らず、悠斗はなんとなく現実味があるようなないようなワケに納得してる。
「よくもまぁ二人で、そんな状況で生きて帰れたよな。遭難中に交際決定して、どうなったんだよ?一回はそこで別れたんだろ?」
「うん。遠距離は嫌だから僕のとこ来なよって言って来てもらったよ」
「そんなすぐ同棲始めたのか!?」
「一週間待ってくれって言われて、家とか全部引き払って来てくれて」
「家引き払った!?本気度高くない!?何、何があった!?本当にそれでなにもなかったのかお前ら!?」
あれ、引き払ってきたんだっけ?まぁいいや。ようやく雪が収まって下山する事になったときに、来てくれるとは思ってなかったけど、一週間後、本当に来てくれた時は夢みたいに嬉しかった。
「棺まで持ってきた時は置き場所に困ったけど…」
「棺?」
思わず彼女の部屋に置いてあるあの棺を思い出して呟いた言葉が漏れ、悠斗が怪訝な顔で反応した。
「あ…いや、えっと、あれだよ。引っ越しの、段ボールが多くて……ね?」
「いや今、棺って言っただろ」
「言ってない」
「言っただろ」
「言ってないから、段ボールだから。段ボール」
何とか部屋に収まって良かったけど、収まらなかったらリビングにテーブルとして誤魔化して置けるかとか、考えたなぁ…。やっぱあれ、吸血鬼にとっては必須なんだな、棺…。
「でもさお前、彼女と暮らしはじめてから、ちょっと変わったよな」
唐突にそんなことを言い出した悠斗の言葉の意味がわからず、僕はまた聞き直した。
「どゆこと?」
「ぽやんとしてるわりに意外と奔放だったのが、必死になったっつーか……」
「………どういう意味?よくわかんないけど。褒められてる?」
「どちらかと言えば」
「何それ」
別に彼女が来る前と今とで自分が変わったとは思わないけど、はっきりと言わない悠斗の顔を見てると、自分の番号が店員さんに呼ばれる。
「あ、そうだ」
会話を止めて一時出来上がった弁当を同時に受け取った所で、悠斗が思いだしたように言った。
「お前、今度記念日だって言ってたけど、なんかする?」
「イルミネーション見に行ったりしようかって話にはなってるけど」
「…パンダランドのチケット、いる?」
僕は悠斗が言った言葉に一瞬耳を疑った。パンダランド……ってあの夢の国?夢の国だよね?
「パンダランド……って、あの??最近新ワールドができたせいで全然チケットが取れないあの??」
「そう。行く予定でようやくとれたんだけど、相手が仕事でキャンセル入ってさ」
「マジ!!本当にいいの!?」
「このまま使わねぇのも勿体無いし、お前らの記念日も有効期限内だから、行ってこいよ」
「悠斗……珍しく優しい。ありがとう!!」
「珍しくって何」
うわぁ~マジか、あのパンダランドかぁ!!帰ったらシェリルに報告しよう!!きっと喜んでくれるよね!?日中はきついから、夕方からのアフターを狙えば全然入れるし!
「後でアプリ取っといてくれよ。送るから」
「本当ありがとう!!行きたいと思ってて何度も取ろうとしてたんだけど、全然ダメでさ。助かるよ!」
「人気だもんな、夢の国」
「でも、誰と行こうとしてたの?」
「え?あぁ、妹だよ。行きたいって言うから取ってやってたんだけど」
「なんだ、妹ちゃんか。振られたんだと思って」
「やめろ!!哀れみをかけるな俺に!!クソッリア充が!!」
遊園地にデート、かぁ。今までそんな当たり前の事をしてこなかったもんなぁ。シェリルは、遊園地とかって行ったことあるのかな?でもきっと喜んでくれる、はず。
「…お前、ほんと変わったよな」
「ん?」
「いや……なんでもない」
悠斗と店に戻りながら、家に帰った時に見る彼女の姿を想像しながら、今日の午後も頑張ろうと思えたのだった。
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