甘い下僕と辛い吸血鬼

第2話 甘い下僕と辛い吸血鬼

 

  むかしむかし、あるところに___


美しくも恐ろしい吸血鬼がおりました。

吸血鬼はひっそりと孤独に暮らしておりましたが、ある大雪の日に、遭難して倒れていた人間の男を拾いました。青年は心優しく笑顔の素敵な好青年でした。


吸血鬼は青年を、ただの食糧としか思っていませんでしたが、何故か人間の青年は吸血鬼に一目惚れし、吸血鬼に求愛したのです。



戸惑った吸血鬼でしたが、青年の熱心な告白と自分にはない無邪気な笑顔に、自分も惹かれていることに気がつきました。


500年という歳月、美しい吸血鬼には伴侶となるただ一人の存在がいません。吸血鬼にも人間にも、“心も寿命も、永遠ではない“と知っていたからです。



_ですが、青年の熱烈な告白を聞いて、美しく恐ろしい孤独な吸血鬼は、気まぐれを起こしました。


『シェラミア。貴方は、母と同じ間違いを犯さないで』



………人間の寿命は長くて100年、永遠ではなくとも、たった100年、誰かと一緒にいるのも、悪くはない。




これはそんな二人の、儚い夢物語。







_____


今の現代社会、人間は通常午前6~7時、寝床から立ち上がって、身支度と朝御飯を食す。そして、ダラダラと忌々しい朝日を浴びながら仕事へ向かう。


ここまでは昔と今も変わらないが、違いと言えば、日光が落ちても帰りが遅いということ。

昔は街灯はないし、日が落ちれば真っ暗な闇だ。その代わり、星はよく見える。



夜は魔の者の力が強まり、悪魔や魔女、吸血鬼が出るという理由で、日が落ちる前に仕事を切り止めたものだが今の人間は、恐れを知らない。



 吸血鬼?そんなのいるわけがないだろうって?いないと思っていて、何処か案外近くにいるものが、私達、闇に潜む魔物というものである。



「うわっ!びっくりした!!」


 リビングの扉が開いた音がして、赤く光り輝いた瞳をそちらに向ける。暗闇の中でそこに立っている逆さの人物が、驚いた間抜け面でこちらを見上げている。



 傍にある電気のスイッチが入る。

遮光カーテンでベランダからの光を遮っていたせいで、真っ暗闇だったリビングが明るくなり、お互いの姿が認識できるようになった。




「おはよう…まだ、起きてたの?シェリル」


 寝間着のパーカーとジャージ姿で、金髪に染めた髪に寝癖がついたままのこの間抜け面は、あくびをしながらすぐにニヤニヤと笑って私を見る。



「そんな暗いところで逆さまになってたらびっくりするじゃないか」


「何処に座っていようが私の勝手でしょ」


「やっぱそれ、座ってるって言うんだ。ぶら下がってるんじゃなくて…」


天井で膝を抱えて座る私と、床に足をつけて立っているあいつは、お互い逆さの視線で話をする。異様な光景かもしれないが、これが私達の普通。


 

このヘラヘラと目の前に立つ間抜け面の人間の男は、この私、シェラミア・マナナンガルの奴隷、血の供給源という下僕。


…………………ついでに言うと最近できた人間の彼氏。別に好きじゃないけど。



「もう朝の7時半だよ?まだ寝ないの?」


そう言って奴は、ヨロヨロと眠たそうにキッチンへと向かった。

私はその様子を目線で追いながら、答える。



「我が奴隷よ、聞きたいことがある」


「なぁに?昨日ニンニク料理食べてきたことまだ怒ってるの?」


「別。…ここに、お前のタブレットPCがあるわけだが」


 スッと膝に抱えていた聖也のタブレットPCを取り出すと、奴は眠そうに「うん…」と答えながらフライパンに卵を入れ始めた。


「………って、なんで僕のPC持ってるの!?自分のがあるよね!?」


「あぁ。勿論ある。問題は……」


「中身見たの!?ロックは!?」


「私のサイキック能力を知らないわけではない。我が奴隷、また良からぬ事を考えているわけじゃないな……?」


「な、何が……??ていうか、またそんな能力を使って人の個人情報盗み見たの」


 メディキュットを履いた足で天井を這って動く私に、聖也は明らかに戸惑った顔をしてフライパンを握りながら後ずさりする。


 白々しい。実のところ言えば、この男のパスワードなど全て誕生日で登録しているザルセキュリティーなのだから、パスコードの解除なんて造作もない。



「最近は更に欲求不満だと思えば…犬猫ハムスターフクロウ等畜生の画像以外に…………人間のメスの画像が異様に増えているな??」


「人間のメスって言わないで。女って言って」


「静かに余生を過ごしていたこの私を、東京なんぞに引っ張り出しておいて!!一年という短い年月しか経ってないのに、もう人間のメスを選別しているというのか貴様!!!!」


「違う違う!!待って選別してない!!!!とりあえず牙をしまって!!」


 噛みついてやろうかと思ったが、「火使ってるから今は止めて!!」と手で制する聖也を脅すまでに止める。


「浮気なんて考えないよ~。そんなに信用ないの?」


「一回お前の友達とデロンデロンに酔って、ぼりにぼったくられたキャバクラに迎えに行ってやったのは誰だと思ってる??」


「あの時は本当すいません。マジで、キャバクラに行ったことすら覚えてないんです」



 覚えてないで済むか!!いくら取られたと思ってる!!…金で解決する事だったから良かったものの。



「ごめんて。でもあれは、悠斗が連れていったんであって僕は酔わされてそのまま…」


「だからあれほど飲み会では程々にしとけと言った!!弱いの分かってるでしょ!!」


「ごめんなさい、もうしないから本当に」


 こう言っておいて、酒を進められれば無理して飲むんであろうなこいつ。全く、どうしようもない下僕。


「でもね、あのね、あの画像は仕事で使うものなんだよ!美容師ってほら、いっぱい色んな髪型勉強して、オーダーに答えなきゃいけないじゃん??」


「の割には、男の画像は少なかったが??」


「いや、男の人来ないわけじゃないけど、来るとすれば女の人の方が多いし…」


「……ふーん」


 ね?信じてくれた!?

なんて、ニコニコへつらってる。


 そうやって笑ってれば何でも許されると思ってる、大間違いだ!!



「シェリルちゃーん、機嫌直してよ」


 呼びやすいからという理由で「シェリル」という愛称で私を呼ぶ。今の時代の人間には、私の名前は覚えづらいらしい。


「私はな、別に付き合っているうちの味見うわきは構わない。…ただし、目のつかない所でやれと言ってるだけ」


「だからしないって!!そんなに軽い男に見えるの!?」


「見える!!」


「おぅ……」


そんなにはっきり言わなくても。と、あからさまにショックを受けた顔をされる。



「とにかく、私の目に入ったら、容赦しないぞ!!まとめてミイラになるまで、吸い付くしてやるからなっっ!!!!」


「わ、分かった分かった。あ、吸血まだでしょ?冷凍庫にまだパックあったと思うけど、僕のがいい?」


「パックでいい」


 そういえば、昨日からまだ血も飲んでない。一日に一回吸えばいいが、耐えるとしても、一回吸ったら3日が限度だ。

 その度に定期的に狩りをして、捕まえた人間一人で一ヶ月は余裕で過ごせていたわけだが……。



 東京に来れば、人の目も多いし、なかなか狩りなんて出来ない…これだけ腐るほどいるというのに、一人いなくなれば騒ぎたてるわ、ニュースになるわ、面倒な事になる。


山なら、自ずと熊に食われたか崖から落ちたかの失踪扱いになって楽だったのに。




「そういえばさー、もうシェリルが来てから一年になるんだね」


「…もう?一年ぐらいで何?」


「付き合って一年になるって事」


 聖也は自分で作った卵焼きとご飯をテーブルに並べて勝手に食べ始める。人間の食物を食べれない私は、その様子を天井から椅子の上に座り、目の前で眺めるだけ。



「あー良かった、あの時はさぁ、フラれたら立ち直れなさそうで、どうしようかと思って~」


「どうしようも何も、振ってたら殺してたと思うけど」


「じゃあ殺さなかったってことは、シェリルも僕の事好きだって思ったからでしょ?嬉しいなぁ~」


「図に乗るな!別に好きだからじゃない!!狩りに行くのも飽きたからいつでも血を供給出来る下僕が欲しかっただけ!!」


 すぐ惚けて勝手な妄想で物を言う!!断じて違うし!!フンッ!!!


 どんだけ冷たくあしらおうとも、ヘラヘラ笑い流して「照れちゃって可愛いなぁ~」って、全く話を聞いていないところが、とんでもなくムカつく。




そう、東京という騒がしい都市に移住し、聖也と暮らし始めてから一年経つ。


  50年住んでいた場所を離れ、吸血鬼コネクションを頼って戸籍や住民票などを用意して、聖也の住むマンションに引っ越した。


 人間の社会についてはよく知らないが、見返りのない重税に昔の奴隷よりも馬車馬のように働かされているというのに、議事堂に大砲の一つでも飛ばなくなったこの国は、平和と言えようか。


  聖也はもうすぐ二人が出会った記念日だから御祝いしようと言ってきたが、私は疑問に思って何となく問い掛ける。



「その出会った日だけど。私はお前を殺そうとしてた。そもそも、その吸血鬼に一目惚れって。自分で言うのもなんだけど、神経を疑う」


「…どして?だって吸血鬼うんぬんの前に、好きって気持ちの方が勝ったんだから仕方ないじゃん」


 …………今の若者は、そういう考えるのか。


 書店に行けば、吸血鬼と人間の恋愛物が置いてあるし。もっとこう、吸血鬼に対する脅威を記した本がズラっと並べられているのを予想していたんだけど。


まさか……人間が吸血鬼を"恋愛対象"で見る時代がやってくるとは。


 狂っているにも程がある。

あんなゾッとするものをよくキャーキャー読めるなと思う。…いや、例外として、トワイライトは私もハマったけれども。


 昔の吸血鬼と言えば、人間なんてただの餌に等しい。人間にすれば、自分の命を狙う天敵そのもの。


 怪物と恐れられながらも、神として崇める人間もいた、そんなデリケートな関係性が、今の時代では何故こうも崩れたのか分からない。


というか、吸血鬼から人間ならまだしも、人間から吸血鬼に……って、ヤバすぎる。


どう考えてもヤバイでしょ、殺人鬼に一目惚れするレベルのヤバさでしょ???



「お祝いなんだけどさぁ、どっか行きたいとこあるー?仕事終わりにイルミネーションでも見に行こうか?」


「まぁ…良いけど別に」


そもそも、人を殺してきてるという事実を分かっていながら告白してきたから。


「あ、でもあそこ今クリスマスシーズンだからツリーあるんだよね。大丈夫?吸血鬼的に」


「なんで皆たかだか神の誕生日の日が厄日だと決めつけるんだ??」


 十字架と銀製品に弱いなんてウソっぱち。神の誕生日に活動できないというのも。



 ただし、教会に行くとかなり居心地悪くなるのは本当。ニンニクと日光、それと火にも弱いことは本当。

実際この家では私のためにと朝でも遮光カーテンを開けることがない。


胸に杭?それは誰だって、死ぬに決まってる。


吸血鬼と言っても、完全に不死じゃない。一部の例を除いては、歩く屍体、だし。


「お祝い…。人間はケーキとか食事を食べてお祝いするものだと聞く、私相手じゃ、叶えてあげられそうにないな」


 吸血鬼に食物摂取は必要ない、というより摂取が出来ない。口にいれても、胃が跳ね返してすぐに吐いてしまうから。

 ちなみに飲み物くらいなら飲めるけど、腹の足しにもならない。


 だから、人間同士だとよく食事を食べにいったりするものも、私相手じゃ味を分かち合うことが出来ない事。


 ぽろっと漏らしてしまったが、聖也は一瞬きょとんとした顔になった後に言った。


「…吸血鬼は、お祝いの時どうするの?」


私の正面で使っていた箸を置き、優しくそう問いかけてきた聖也を見る。


「お祝い…吸血鬼のお祝いか?」


「そうだよ」


「…ん………もう長く、吸血鬼同士で祝うことなんてしてないから……つまらない主催者の話を聞いて、用意された人間の血とか飲みものを飲みながら他の人と話したり、社交ダンスしたりとかそんなもの」


 吸血鬼の祝い事は、人間にとって耳を塞ぎたくなるような事例も多くあるために省いたが、基本的な事だけを伝えると、「そっか…」と聖也は少し考え、すぐに何か思い付いたようにこう言った。



「飲み物だったら飲めるんだったよね?」


「腹の足しにも全くならないけど、趣向として味は分かる」


「じゃあ、ラウンジバーでお酒飲むのとかどう?人間同士のデートで行く人も多いし、一緒に飲むだけなら出来る」


 うん。そうしようと、太陽よりも眩しく疎ましい笑顔ではしゃぎながら聖也はそう提案して、だからそんなに思い詰めないでよと言った。


「僕はシェリルちゃんといるだけで楽しい。食べるものが違うことなんて気にしないよ」


「…うん」


「決定。良い記念日にしよ」


 それで良いのかと聞きたかったが、ふてくされた私の髪をいとおしく触ってくる奴に、何も言う言葉はなかった。


目の前にいるのは、天敵に対して全く危機感がない人間。…とても、危なっかしい。なのに、他の人間と同じように食糧とすることを、心が拒んでいた。



 ……むしろ、愛着のようなものが芽生えていて離さない。私には無いものを持っている、この男に対して。


好き?

人間を好きになるだって?ありえない………。



「それじゃ、行ってくるね。出来たら掃除機だけかけておいてくれる?」


「行ってらっしゃい」


 朝ごはんを済ませ、身支度を整えて靴を履く聖也の、明るすぎる茶髪に染めた頭を眺めながら、玄関先まで見送りに行った。



「また髪、染めたのか」


「うん。練習」


「………が良い」


「ん?」


「最初見たときと同じ髪色がいい」


 そんなに日も経たないうちにコロコロと変わる髪色。最初出会った時の髪色の方が、これはうちの下僕だと上から確認するときに分かりやすくていい。


 そう言う意味で、言ったつもりだったが、この頭の中身が常に御花畑なお姫様思考の男は……。



「最初……そっか、あの時のがシェリルが好みって言うなら戻す!」


「好みなんて誰が言った。コロコロと替わると誰がお前かと確認するときに分からないから…」


「そっかー。シェリルちゃんは、出会った時の僕が一番好みかぁ!!」


「耳になんか詰まってんのか凡骨!!!貴様など!髪色変わったって真っ正面から見れば0から1ほどの変化もないわバカッ!!」


「はいはい。それじゃ、夜までバイバイしよ」


 靴を履き終え、むぎゅっと温かい聖也の服と体が私を包んだ。腕相撲弱いくせにこういう時は苦しいほど力をかけてくる聖也の腕と髪がスリスリ顔に当たってくる。


「ん~…大好き。今日もこれで頑張れるよ」


「…バカ」


 私の体温は人間みたいに暖かくないのに。何故毎回、出掛ける度にこうするんだ。


 抱き心地なんて絶対良くないのに。私の首もとに顔を寄せて匂いまで嗅ぎ始める。



「おい、私は猫か。さっさと仕事行け」


「寂しいくせに。夜は真っ直ぐ帰ってくるから、待っててね」


「分かったからさっさと行け」


 抱いたまま顔を近づけてきたのを、手の平で制して寸前で止めた。「おあずけなの?」と言って不満そうな顔をしてくるが……めんどくさいから。


 ようやくパッと離れて、行ってくるよと言った口にマスクを着け、ようやく玄関の扉を開けた。


玄関先は廊下になっていて、朝日は入ってこないが、この場所で見送る。


「気を付けろよ、今は疫病も流行っているから」


「うん、分かってる。じゃあまた夜にね」


 ヘラヘラマスクの下で笑いながら手を振ってエレベーターまで行く後ろ姿を見送りながら、ドアにロックをかけた。




「…全く。飽きない奴だ」



 一年しかまだ経っていないが、人間にしては気長な方。


 未だにどうして吸血鬼である私を好きになったのか理解できないし、理由もよく分かっていないが、多分、愛情は、本物なのだろう……。


あいつはまだ20代の若造、後80年の内、どれだけの年月を、私と過ごすつもりでいるのか。




「…別れ話が来るまで、付き合ってやってもいい」



 何故かあの日、そう思えた。毎日が退屈で、屋敷でダラダラと一人で過ごす生活に飽きてたってだけなのかもしれないが。まぁ、実際退屈だったのは事実。


くらいなら、この人間一人の観察に付き合ってやってもいい。


だけ……なら。



「…眠い」



一人になって少し仮眠をとってから掃除機をかけようかと思い、眠気が襲ってきた所で寝室へと向かった。


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