甘い下僕と辛い吸血鬼

作者不詳

第1話 愛しのあの子とおかしなあいつ

僕の名前は眞藤しんどう  聖也せいや、25才。普通の人間。



僕はある時、一生に一度とも思える運命的な出逢いをした。



「僕と付き合ってくれませんか?」


 過去に付き合っていた子はいたものの、それとは比べ物にならない、運命を感じた人に真剣そのものと言える誠実な告白をした。


僕達二人が出会った場所、身も凍る寒さと、霊気の漂う___墓所の棺桶の前で。



「……………あの、とりあえず一ついい?」


「はい」


 突然の告白に恥じらっているのか、彼女は棺桶の中から顔を出し、生気のない白い肌に、ほんのりと赤みが差し込んでいる所がまた可愛くて見とれてしまう。



栗色のふわふわと跳ねた長髪、血色の薄い氷のような肌、赤い唇の隙間から見える八重歯の牙が光り、彼女の妖しい光を帯びた薄紅の瞳が大きく見開いて、僕を見て言った。



「お前、頭おかしいんじゃないのか?」


_そう、僕は狂っていたと思う。一目惚れとは言え、こんなにも惹かれてしまう、愛しいと思える女の子に出会えた事を。




_____***




私の名前はシェラミア・マナナンガル、よわい500才。若い人間の新鮮な血と静かな月夜、優雅な怠惰をこよなく愛する、純血の吸血鬼。


今から50年前に日本に移住してから、山奥に建てた屋敷でひっそりと、食糧となる人間を狩りながら暮らしていた。



ある冬の事、吹雪の森の中で遭難していたマヌケでバカな一人の人間を拾った。


この雪山の中で人里にも降りる事も…まぁ、めんどくさくてしたくなかったわけで、丁度良いところに迷いこんできた人間を、冬が明けるまで家で飼い殺す事にしたわけだが。


ある日その人間は、私の棺桶ベッドの蓋を開けた目の前にいて、とんでもないことを言い出した。



「僕と付き合ってくれませんか?」


過去に吸血鬼の魔力で魅了した男は何人かいたが、全て喉の足しにするための釣り餌に過ぎない。


しかし、そんな今回一度だって魔力は使っていない。何故だ?


血を搾り取ってきた人間達を片っ端から埋めまくったこの墓地の上の墓所、私の母が眠る骨壺と寝起きで素っぴん丸出しの私に、開口一番で告白をぶちこんできた。



「………あの、とりあえず一ついい?」


「はい」


「お前、頭おかしいんじゃないのか?」


吸血鬼。もっと細かく砕くと、“生き血を吸って動いている死体の化け物“に、こんな真面目な顔で「付き合ってください」って。

しかも、棺桶から出てくる所、狙う??寝起きの女に、いや、死体に、告白する???


「最初に言ったはずだ。お前をこの雪山の奥地から帰す気はない、この冬を越すための食糧となってもらう…殺すって言った…気がするんだけど、言ってない??」


「言いました」


「………えっと……じゃあ何、吸血鬼になりたいって事?」


「違う。彼氏と彼女になりたいって事です」


 意味が分からない。吸血鬼になりたいとほざいて自ら身を捧げてきた身のほど知らずはいくらでも出てきたが、まだ分かる。


 人間とは、不老不死を望むものだから。それを通り越して、こいつは一体何を要求しているのか、全くもって分からなかった。



「………何をいってるのかさっぱりなのだ」


「貴方の彼氏になりたいです。吸血鬼はぶっちゃけどうでもいいです」


「いや……吸血鬼を前にしてどうでもいいって答えた奴初めてなんだけど。私が怖くない?」


「この気持ちをいち早く伝えたくて起きるの待ってました」


「人の寝床で正座して待ってたってのも問題だけどそれが問題なんじゃなくて」


「だって好きなんです!!好きだから、結婚を前提に、お付き合いをお願いします!!」



「………………頭、おかしいんじゃないのか?」




_このイカれてて、いかにも人たらしと思えるような調子の狂う…………出会ってきた人間の中でも一際美味しそうな人間との出逢いが、私の長すぎる生涯のようやく巡ってきたターニングポイントになろうとは、思いもしなかった。


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