人間養殖園

青水

人間養殖園

 生まれたときから、そこにいた。だから、外の世界がどんなものなのか、僕は知らない。知っているのは、この壁で囲まれた狭い世界だけだった。

 この世界を構築し、僕たち人間をここに閉じ込めたのは巨人たちだった。彼らは僕たち人間と同じような見た目をしていたが、僕たちよりはるかに大きいのだ。どれくらい大きいのかというと、僕たちを指でぷちっと握り潰せるくらい。だから、100メートルとか、あるいはそれ以上のサイズなのかもしれない。

 彼らはここ――人間養殖園で育てた僕たちを、ちょうどいい頃合いになると、おいしく調理して食べるのである。食べるのは、管理人の巨人なのか、それともお客様に提供されるのか、具体的なところはよくわからない。

 僕は人間が『出荷』されるところを見たことがある。ある日、すうっと大きな手が伸びてきて、近所のお兄さんを指で摘まみ上げた。お兄さんは叫びながら藻掻いたが、抵抗虚しく養殖園から姿を消した。

 出荷されるのは20代から30代が多い。たまに10代や40代。だけど、その年頃の全員が出荷されるわけではない。中には、出荷されずに寿命を迎えて死んだ者もいる。全員を出荷してしまったら、人間がいなくなってしまうから。だから、子を作り――人間を増やすための男女が必要なのだ。

 人間養殖園には、人間以外に3メートルほどの大きさのロボットが複数いる。彼らを操作しているのは巨人である。僕たちに餌――食べ物を提供したり、適度な運動をさせたり、体を綺麗に洗ったり、男女にセックスを強要させたりする。

 養殖園の人口はどんどん増えていく。その分、出荷される人数もじわじわと増えていく。自分がいつ出荷されるか怯え、家に引きこもることは許されない。不健康な生活は、人間の味をまずくさせる。まずい人間は食べられないが、繁殖用としても適していないと判断され、殺されることもある。

 僕は毎日、適度に運動し、水で体を清め、出荷されないように祈る。人生をつまらないとか、あるいは楽しいとか、そんなことを考えることはない。比較対象がいないのだから。もしも、外に自由な世界があって、その人たちの生活環境を詳しく知っていたら、そこと比べてしまって、自分は不幸だとか、恵まれているだとか、そんなことを思うのかもしれない。

 僕は自分の有用性を示すために、セックスをして子を作る。繁殖用として適していると判断されれば、僕は出荷されずに済む。

 死ぬのは怖い。何がどう怖いのかはわからない。ただ、死んだ後のことがわからないのが、怖さを増幅させる。死んだ後の世界がすばらしいものだとわかれば、僕は喜んで出荷されるというのに。

 死後、人間がどうなるのかは、死んだ人間にしかわからない。でも、死んだ人間は生きている人間に、自分が今どのような生活を送っているかを伝えることはできない。だから、生者はこれからもずっと、死を恐れながら生きて、死んでいくのだ。

 夜になり、一日が終わる。今日も自分は出荷されなかったと安堵する。それと同時に、明日は出荷されるかもしれない。そんな恐怖を抱く。恐怖を抱いても仕方がないというのに。朝を迎えたくないと思いながらも、僕は眠らざるを得ない。ある時刻までに眠らなければ、睡眠剤を投与されて、むりやり眠らされてしまうから。

 僕は眠る。救世主が現れるのを祈りながら。絶対に来ない救世主を祈りながら。祈るのは自由だ。祈りは希望だ。生きる希望となる。

 せめて、眠っている間は幸福な世界を生きたい。実は現実は夢で、夢が現実だったりしないものか、などと思いながら、僕は眠りについた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間養殖園 青水 @Aomizu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ