六日目 クラスの人気者は寝ていた俺に膝枕をしていた。

 白華が手料理を作ってくれると宣言してから十分経ったくらいだろうか。

 机に目線を向けると、机いっぱいに広がっている教科書!参考書!ノート!という惨状にも関わらずその一つ一つが確かな存在感を演出している。

 おそらく学生の六割くらいはこの惨状に苦しんでいるのだろう。そしてその中の一割くらいがこの惨状に苦しみすぎた挙句、答えを写して課題を提出するやつもいると聞く。せっかくの勉強なのに答えを写して提出しては意味ないじゃないか。勉強しないと後先で苦しくなるぞ。中学の時、少しサボって志望校行けなかったという人たちを見たことあるけど、俺はきちんと勉強していたからそうはならなかった。やっぱり勉強、大事。


 そんな事を思っていると、どんどん瞼が重くなってきた。勉強しようと抗っても睡眠欲が働いてきているせいで、更に眠気が働いてくる。

 今日は色々あったから仕方ないっちゃ仕方がない。個人的は一年分くらい驚いた気がする。

 人間という生き物は欲望に正直である。

 無論、俺も例外ではない。

 だから俺は勉強をしようといくら睡魔にあらがっても眠気が働く。ていうかぶっちゃけ寝る寸前の状態である。

 ほら言わんこっちゃない。更に睡魔が活性化してきやがった...あ...そろそろやば......い...寝..そ........




 さっきまで眠気によって全く開かなかったはずの瞼がゆっくりと持ち上がってくる。

 ピントがどんどん合ってくると、そこにはふっくらした二つの膨らみと、その奥にはまるで赤子を見るような微笑みをした白髪の美少女...白華がこちらを見下ろしている。

「うーん...」

「あ、おはようございます。朱兎くん。だいたい40分寝てますね。ご飯はできていますよ。机の上は片付けて置きました。あとは食べるだけですよ」

 透き通る心地の良い声を聞きながら横を見ると、90度反転したいつもと変わらない机と家の壁紙が見える。そしてなにか匂いがする。嗅ぐと美味しそうないい匂いと華やかな匂いがする。

 そして反対側を見ると白っぽいが少し暗い感じの色の布地だろうか?そのようなものが見える。

 そう考えている内に意識はやがて覚醒し、全身の触った感触が少しずつ分かるようになってくる。


 あぁ...そして頭で敷いているところからはすごく心地よく柔らかい感触がする。

 これはなんだろう。この硬すぎず、柔らかすぎず、丁度いい柔らかさで人を駄目にしてしまいそうな柔らかさは。


 やがて意識が本覚醒し、五感がはっきりとしてくる。

 そうしてすぐに、俺は今の状況を完全に理解してしまった。


 これはあれだ。いわゆる『膝枕』というものだ。

 ラブコメでは定番のシチュエーション。

 膝枕のシチュエーションでよくあるパターンとして男子が女子の膝を枕にし、横になるやつ。

 今の状況はまさにこれである。

 それを理解した瞬間。俺の顔はどんどん熱を帯びていき、数秒も立たないうちに俺は屍のように呼ばれても返事をしない置物と化した。



 やがて熱が抜けてくると、パソコンの熱暴走の如くフリーズしてしまった俺の脳が再起動を始める。

 改めてこの状況を見ると俺の理性が持たない気がするため、退避行動として体をさっさと起こす。

 そしてさっきまで膝枕を行った本人を見ると、真っ白な肌に真っ白なパーカー、真っ白のズボン、極みつけには真っ白な髪と名前から服装まで真っ白の白華の顔が赤く染まっている。

「膝枕をしてもらった感想は?」

 白華が顔をそめつつ、感想を求める。

 客観的に見てこの表情、可愛さでテロを起こせるレベルじゃないか...いやどういうことだってばよ。

 思いたくはなかった...いやなくないかもしれないけど絶対、白華色に染まってきている気がする。こんな短時間で。

 ちょろいんよりちょろい人間、ここに誕生である。


 そんな事を思っていると、頭に少し疑問点が浮かぶ。

 それは最初からクライマックスな感じで現れた白華が、今更ながら恥ずかしくなっている点である。

 もう恥ずかしい台詞や行動を行っているんだから、今更恥ずかしがるのはちょいとおかしくない?っていう。

 そう思ったおれは感想とともに白華へ疑問をぶつける。

「とてもいいものでしたはい。あと起き上がったときにお前が恥ずかしがっているのは少し驚いた。いやまぁ、さっきまでのお前ならこのくらいじゃあ恥ずかしがらないと思ったから」

「朱兎くん」

「ん、なんだ?」

「女性という生き物は時には大胆に行動しないといけないんですよ?」

「というと?」

「これが素です。さっきの感じだと素への戻り時がわからなくてずっとあの調子でした。途中から暴走気味でしたが、こういうのも悪くないかもしれませんね。さ、そろそろ夕食を食べましょう。ごはんよそってきますね?」


 こうして、ここに一匹の小悪魔が誕生してしまった。

 その場所にはるんるんと鼻歌を歌う陽気な少女と、その少女の行動に困惑している一人の少年がいたのであった―――。







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