北海道事件後編
「すれ違いになっちゃったってことか……」
「はい……ごめんなさい……」
「だ、大丈夫だって! まだ何とかなるよ!」
話を聞くと、魔法使いのコスプレをした女の子はモナミさんという名前の本当の魔法使いであるらしかった。彼女もまた、異世界からはるばるこの世界までやって来た異世界人であるらしく、マゼンタさんを追いかけてはるばるここまでやって来たけれどもこうなってしまったとのことであった。そんなモナミさんは、大粒の涙を流しながらつばめさんに励まされていた。
「でも……もうわたしは……」
「エビ子なんとかならない?」
「すまないな。何も出来ない」
「俺からも、お願いします」
「しかし……力がな……」
僕の隣にいたエビ子は無理なものは無理だと渋い顔をしていたが、竹浦くんの真っすぐな頼みを受け、冷静になって考え始めたみたいだった。
「どうしても無理……ですか……お願いします……マーちゃんは……俺にとって……大切な……人なんです……」
「しかし……今の我に魔力は大して……どうにか取り戻すことが出来ればあるいは……ん? その服……」
エビ子はモナミさんが着ている服が気になったみたいだった。黒い三角帽と長いローブと赤いマフラー。ファンタジーものでよく見る魔法使いの衣装そのものという感じである。
「脱げ」
「何言ってんの!? こんな真面目な時に! 馬鹿!」
つばめさんがエビ子の爆弾発言に至極当然なツッコミを入れた。もしつばめさんが言わなければ僕が全く同じことを言っていただろう。しかしエビ子は平然と話を続けた。
「真面目な話だ。その服には高い魔力が込められている。そうだろう?」
「は、はい……そうですけど……」
モナミさんが肯定して帽子を取った。そしてマフラーも外した。こうして露わになった顔を見ると、ちょっと外国人っぽい感じの普通の女の子にしか見えなかった。
「我がそれを身につければ、その魔力を使って我の中の魔力を回復させることが出来るかもしれないし、出来ないかもしれない」
エビ子はそう言いながらモナミさんがテーブルに置いた帽子とマフラーを身につけていった。それからエビ子は目を閉じて集中していたけど、結局は首を振って目を開けた。
「やはり足りないな。そのローブも――」
「杖ならありますけど……」
モナミさんは、気まずそうにしながら、どこからともなく上に宝石みたいなものが付いた魔法の杖のようなものを取り出した。
「それがあるなら先に言え! 我がセクハラしたみたいだろう!」
「脱げはどう考えてもセクハラでしょ! 女の子が女の子にするのもセクハラなんだからね!」
つばめさんがまたツッコんだが、エビ子はその声を気にする様子もなく、杖を手に取るとその瞬間杖の宝石が眩い光を放ち始めた。
「フフフフフ……ハハハハハハハハハハハ! 力が漲ってくるぞおおお!」
エビ子がそうして叫んだ後、宝石の輝きは鈍くなった。
「魔王エビフライ子……復活したぞ! …………10%くらい!」
「消費税?」
「うるさい! 復活は復活だ!」
僕がツッコんだらエビ子にビンタされた。痛かったけども、確かにいつもより10%くらい痛かったかなというレベルだった。
「この力があれば貴様と貴様だけなら異世界に飛ばすことが出来るぞ!」
「10%で出来るの?」
「そうだ! ちなみにあと8%くらいあればこの店ごと転移させられるぞ!」
なぜかまたビンタされたけどやっぱり10%くらいだった。ちなみにエビ子が今言った貴様と貴様というのは竹浦くんとモナミさんのことだ。
「本当に……出来るんですか」
竹浦くんが信じられないといった顔でエビ子に訊いた。見た目はただの幼女のままだから信じられなくても仕方ないと思うけれど、エビ子はれっきとした魔王である……はずだ。
「出来るぞ。その証拠に貴様の傷を癒しておいた」
「本当だ……」
見ると、ボロボロだった竹浦くんの身体が傷一つない身体になっていた。これが回復魔法か。前にも似たようなものを見たことはあるけど、やっぱり便利だなあと思う。
「じゃあ飛ばすぞ! 善は急げだ! タイムイズマネー!」
「ま、待って下さい!」
妙なテンションになっているエビ子が早速と言わんばかりに杖を掲げたら、モナミさんが慌てた感じで止めた。
「ありがとう、ございます……なんとお礼を言ったらいいか……」
「気にするな! 礼は貴様の装備一式だけでいい!」
頭を下げたモナミさんに、エビ子はドヤ顔で偉そうに言った。装備一式を果たしてだけというのだろうか。装備一式だけくれよ。言うのか……?
「頑張ってね」
「警察の人には上手いこと言っとくから!」
「貴様らの信じる道を進むといい! フハハハハ!」
僕ら(一応書くが上から僕、つばめさん、エビ子の順である)がそう言うと、竹浦くんとモナミさんの周りにイルミネーションよろしく白く輝く魔法陣みたいなものが現れた。それから薄暗い部屋を眩しく照らしたかと思うと、一瞬で消えていった。
「大丈夫かな?」
「とりあえず、我が出来ることはやった後は、あいつら次第だろう」
「そうだね」
エビ子の言葉に、僕は頷いた。彼女のいる異世界がどんな場所なのかは話だけではあまりよくわからなかったけども、竹浦くんとモナミさんならやっていけるだろうと、僕は信じることにした。不安になって心配するよりも、大丈夫だと信じていたい。
「それにしても、これは思わぬ戦利品だ…………あ!?」
「どうしたの?」
装備一式を手に取りうっとりと眺めていたエビ子だったが、突如目を丸くして叫んだ。
「もう魔力が残っていない!」
「そっか」
「そっかじゃないぞ! 貴重な魔力の源が……」
「いいじゃん。別に10%だけでも」
「やだあああああああ! 100%になりたあああい! 100%じゃなきゃいやだあああああああああ!」
エビ子がソファーの上に寝転がって駄々をこね始めた。これじゃまるでわがままを言って親を困らせてしまう本当の子どもではないか。やっぱり中身が外身に寄っているような気がしてならない。
「警察に連絡する前に……ちょっとだけ歌っておく?」
つばめさんが笑顔で僕らに言った。さっきまで涙目になっていたとは思えないほど、からっとしていて綺麗な笑顔だった。
「そうだね。せっかくカラオケボックスにいるんだしね」
「我も歌う!」
そして僕らは、彼らが無事ハッピーエンドを迎えられることを願いながら、マイクを手に取ったのだった。
その後、警察への説明だったりが非常にめんどくさいことになったのだが、つばめさんが上手いことどうにかしてくれたのだった。
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