作家絵師事件後編

「や、やめて……しづねちゃん」


 那々帆先生は密室の中、両手で顔を覆いながら懇願する。しかし願いは聞き届けられなかった。桜川先生は無慈悲にも那々帆先生を手を掴んで、顔から離す。


「ほら、わたしを見てください」

「あぅ……」


 那々帆先生は恥ずかしくなったのか、再び顔を覆おうとする。しかし両手首を掴まれ、顔を隠したいのに隠せないという状態にさせられる。まるで拘束されているみたいだった。


「ダメですよぉ先輩。もっとよく見せてください。それにしても綺麗な肌をしていらっしゃいますねぇ。触り心地も抜群で羨ましい限りですよぉ。あ、こことかぷにっぷにしてて面白いかも?」

「ひゃわ!? そ、そこはダメぇ!」

「うーん。いい反応ですねえ。実に弄びがいがありますよぉ」

「あうぅ……いじめないでぇ……」


 那々帆先生が涙目になりながら言うと、桜川先生はようやく手を止めてくれた。


「まったく。那々帆春香が聞いて呆れますねえ。正体がこんなに気弱な女子高生だと知ったらファンの方たちはどう思うんでしょうかね? 斉藤先生?」

「え、僕?」


 突然話を振られたので驚いた。


「はい。どう思っているのか教えてくださぁい」

「そうだね……」


 少し考える。


「まぁ人それぞれだと思うけど、ギャップがあっていいんじゃないかなと」

「うぅ……ひどいよ……」


 那々帆先生が涙目で抗議してくる。


「でも事実でしょぉ?  それとも本当は違うんですかぁ?」

「ち、違いません……」

「はい。認めましたぁ。先生これ録音してますかぁ?」

「してないけど、記憶力には自信があるから全部覚えてると思う」

「そうですかぁ。じゃあ今のこの会話も全部載せてくださいねぇ」


 桜川先生がにっこりと微笑みながら言った。


「は、はい。わかりました」

「はう……私のプライバシーが……」


 那々帆先生が悲しそうな表情を浮かべた。ごめんなさい。


「大丈夫ですよぉ。七香先輩はとっても可愛いですから。だから安心してください」

「大丈夫じゃないよぉ! 本名言わないでぇ!」

「やっぱり本名だったんだ!」

「あああああ!」


 つーか僕なんでここにいるんだ。いていいのか。と言って出るのもなんか憚られるしなぁ。なんて思いながら女の子が机の上でイチャイチャするのを文字通りの特等席で眺めていた。

 

「あ、まだおしおきは終わってませんよぉ」

 

 桜川先生はそう言って、先ほどまで弄んでいた那々帆先生の両頬に手を当てた。そしてそのまま顔を近づけた。そして那々帆先生の唇に桜川先生の唇が触れる。


「んむぅ!?」


 驚きの声を上げようとする那々帆先生。しかし口の中に舌を入れられて喋ることができないようだった。


「どうですか先輩? これが大人のキスです。勉強になったでしょぉ?」

「あ……ああ……」

 

 那々帆先生は惚けたように声を上げる。すると桜川先生はもう一度那々帆先生の口を塞いだ。今度はさっきよりも激しく、長く深いものだった。どれぐらい時間が経っただろうか。ようやく唇が離れていく。2人の間を銀色の糸が繋いでいた。それが切れると同時に那々帆先生は机にへたり込んでしまう。腰砕けになってしまったようだ。


「はぁ……はぁ……しづねちゃん……」


 那々帆先生は息を整えつつ言葉を発した。桜川先生はそんな那々帆先生の頭を優しく撫でた。


「 ありがとうございます。でもまだまだ序の口ですよぉ。これからもっとも~っと凄いこと教えてあげますから覚悟してくださいねぇ」

「えぇぇええ……」

「それじゃあ次はこっちで遊びましょうか」

「あっ……」

 

 桜川先生は那々帆先生の胸に触れた。


「やっぱり先輩のおっぱい大きいですねえ。羨ましい限りですよぉ」

「や、やん……。そんなに揉まないでぇ……斉藤せんせ……」

「助けを求めちゃダメですよぉ。これはおしおきなんですから。もっと酷い目に遭わせてあげます」

「あうぅ……」


 那々帆先生は抵抗するのを諦める。僕も止めた方がいいのではとも思ったが、桜川先生に目で制止されてしまった。下手をすれば僕もおしおきされかねない、そう思わせる目だった。


「うーん。この感じならいけるかもですねえ」


 那々帆先生の胸に顔を埋めながら桜川先生が呟く。


「はあ……はあ……」


 那々帆先生は荒くなった呼吸を整えることで精一杯といった感じだ。


「それでは仕上げに入りますよぉ。せ・ん・ぱ・いっ」

「ひゃあん!」


 耳元で囁かれる。たったそれだけの刺激に、那々帆先生の口からは悲鳴のような喘ぎが漏れた。


「ごめんなさい先輩。びっくりさせちゃいましたぁ? わたしったらつい夢中になっちゃってぇ。可愛いなあもう」


 桜川先生はそう言いながら那々帆先生の身体に抱きついた。


「ひゃわ!?」

「あれ? どうしました先輩? まさか感じちゃったんですかぁ? 変態さんですねぇ」

「ち、違うよ……! ただちょっと……ビックリしちゃって……」

「はいはい。そういうことにしておきますよぉ」

「ほんとだよぉ……!」

「うふふ。本当に面白い反応しますねぇ。わたしこういうの好きなんですよぉ。だからいっぱいいじめたくなっちゃいますぅ」


 すると突然、桜川先生は那々帆先生の首筋を舐めた。


「ひゃん!?」

「ほらぁ。また可愛い声が出ちゃいましたねぇ」

「うぅうう……」

「もう許して……」

「まぁ……いいでしょう。今日のところはこれくらいにしておいてあげます」


 桜川先生は那々帆先生はの頬に軽くキスをした後、離れていった。ようやく解放されるようだ。僕も胸を撫で下ろす。このままいったらどこまでいったんだろうか。いや、別に見たかったとかそういうのではないけど。


「うぅ……先生……なんで止めてくれなかったの……」


 那々帆先生が桜川先生に恨みがましい視線を向けてこう言った。そりゃそうか。


「ごめん」

「あとちょっとで…………ぴぴゃぱべべ! あ……えっと……このおしおきは……内緒にしておいてください……お願いします」

「わかってるよ。今日はインタビューを受けてくださり、ありがとうございました」

「いえ……こちらこそ貴重な経験をさせていただきました……楽しかったです……」


 那々帆先生は改まりつつも、恥ずかしげにはにかんだ。可愛い。


 なにはともあれ、那々帆先生と桜川先生はお互いのことを親友と呼び合っていたし、今後も素晴らしい作品を作ってくれることだろう。だけどどうしても親友どころじゃない関係に見えるのは僕の目がおかしいからだろうか。


「では、インタビューはこれで終わりですねぇ。お疲れ様でしたぁ」

「はい。桜川先生も、ありがとうございました……」

「こちらこそありがとうございましたぁ。あ、それと、もしわたしたちの秘密、もっと知りたくなったら……いつでも連絡くださいねぇ?」


 桜川先生に耳元で囁れたと思ったら、いつの間にか会議室から去っていた。


「えぇ……」


 僕は呆然としながらしばらくその場で立ち尽くしていた。


「はぅ……」


 那々帆先生はまだ落ち込んでいるようだった。


「あの……大丈夫?」

「大丈夫じゃないよぉ……」


 僕の問いに対して那々帆先生は涙目になりながら答えた。


「ごめんなさい。僕が桜川先生に漏らしたばっかりに」

「いいの……。私が悪いの……。頑張らないとって思ったから……うぅ」

「気に病まないで。僕はもっと大変なことになったから」


 僕は那々帆先生を慰める。


「桜川先生はああ言ってたけど、やっぱり色んなやりとりとか、作品のモデルについてとかって、載せない方がいいよね?」

「……ううん。もう全部載せていいよ……覚悟……決めた……から」

「いいの? 多分、いや間違いなく大変なことになるよ?」

「いいよ……だって……先生も……エッセイをラノベにして……大変だったんだよね……?」

「え、知ってるの、いや、覚えてるの!?」

「やっぱり……そうだったんだ……まるで世界が変わったみたいに誰も触れなくなって、普通にエッセイとして出るようになってたからなんでだろって思ってたんだけど……」

「まあ、それは、色々あってね。でも驚いたよ。まさかアレを覚えてる人がいたなんて」

「そうだったんだ……でも……他のみんなは……何言ってんだみたいな反応で……私がおかしくなったのかなって……心配だったの……」

「大丈夫。おかしくなったのは世界だから」

「そうなの……?」

「うん」


 まさか那々帆先生も、僕と同じような体質なのか……? という疑問が残ったが、これにはあえて触れないでおいた。ただの僕の思い上がりという可能性もあるけれども、ここを選ぶと那々帆先生ルートに行ってしまうような、そんな可能性もある気がしたから。


「そっか……あ……でも……その……さっきのことは忘れてくれると嬉しいかな……って」

「さっきのこと?」

「あの……しづねちゃんに触られて変な声出しちゃったこと……」

「ああそれね。それはもちろん」

「ありがと……」


 那々帆先生はほっとした様子で胸を撫で下ろしていた(ごめんなさい。忘れようとしつつも載せちゃいました)。


 こうして、作品の裏側のみならず、那々帆先生と桜川先生の秘密の関係までも知ることができたインタビューでしたが、同時に那々帆先生がどんどん可愛らしく見えてきたことで僕の心が大きく揺さぶられてしまいました。つばめさん、ごめんなさい。今度エビ子と一緒に北海道にでも旅行に行きましょう。

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