作家絵師事件那々帆春香先生編

 都内某所にあるオフィスの会議室で僕は那々帆春香先生と落ち合い、インタビューの準備を始めていた。8畳ほどの壁も床も天井も机も椅子もドアも真っ白な密室に、同年代の女子と2人きりというデスゲームみたいな状況である。果たして無事にインタビューを引き受けて来てくれるのかと不安な気持ちもあったけれども、那々帆先生は時間通りにちゃんと来てくれた。制服っぽいけど見覚えは全くない服を着て。あえて思ったことを正直に書き記すのであれば、那々帆先生、むーちゃくっちゃ可愛いかったです。例えるならば大きくて白いモフモフなウサギみたいでした。それと何がとは言いませんが色々と素晴らしかったです。ちょうどテーブルに向かい合っていますが、姿勢が逆に不自然なくらい整っていて、長めの前髪をくるくるさせながら目をきょろきょろ色んな方向に動かしていて可愛いです。


「ああああぅ……えっと……星野七香です……」

「え?」

「え……? あ……う……あえああああ! わわわすれてええええ!」

「本名?」

「あああああああああああ!!」


 早速自爆して額を机にごしごし押し付けていた。可愛い。


「七香――」

「ぶべぺぺぱぱにゅな!」

 

 実際にこう聞こえたのだからこう書くしかない。ちなみになんて言ったのかは本人にもよくわからないらしかった。


「えっと……早速インタビュー始めちゃおっか」

「そ……そうしてくれると……助かるかな……お願いします……」

「知ってるかもしれないけど、僕は出版社の人間でもないただの高校生エッセイストだから、気楽に接してね。多分同い年、だよね?」

「えっと…………2年生……」

「あ、なら僕が後輩ですね。すみません」

「わ……わたしが……先輩……だよ……! …………えっへん」

「えっへん?」

「あ、うえ、ああえあばにゃ」


 可愛い。なんだこれは。可愛すぎるぞ。もちろんつばめさんという明るい女性を僕は愛している訳であるのだけれども、自爆に自爆を重ねて耳まで真っ赤にして机を顔で拭いている光景を見るとなんか抱きしめたくなるというか、持ち帰って甘やかしたくなるというか、素晴らしかった。


「こ……こんなの……君以外には恥ずかしくて……出来ない……」

「僕以外?」

「わわわ……! あの……違うの……えっと…………えっと…………ぶべぷりゃ」「とりあえず、深呼吸してリラックスしようか。うん」

「すー……はー……すー……はー……」

「よくできました」

「うん……ちょっとは……楽になった……かも」


 顔を机に押し付けたまま深呼吸ってやりにくくないかというツッコミは控えつつ、僕はもう既に録音を始めているICレコーダーを机の上に置いて、別にこのままでも問題なくインタビューは出来そうかどうかはちょっと怪しいけど一応那々帆先生が頭を上げて僕を見てくれるのを待ってからインタビューを始めた。


 また、今回は特別にインタビュー記事本文も載せられることとなりましたので、こちらも合わせてお楽しみください。なお、那々帆先生からも掲載許可はしっかりともらっておりますのでご安心ください。


 ――『私の後輩が電波なイラストレーターだった件』第7巻発売おめでとうございます。シリーズ累計も20万部を突破しましたね。改めてこれまでを振り返り、お気持ちをお聞かせください。


「あ……あの……読んでくれる人いたから……ここまでやってこれたかなって…………感謝……したい……な……。えっと…………ま……まだ……真涼……強すぎないかなって……あ……1巻が…………出る前は…………心配で……これ売っていいのかな……って……でも……たくさん買ってもらえて……嬉しかった……です。元々……カクヨムで書いてて……えっと……その……担当……さんから本にしませんかって………それから……打ち合わせが……大変で……もう……怒られて……本当に……書籍化……して……売れるかな……って……それで始まって…………ごめん……上手くまとめられなくて……(ここまで来れたのも読者様のおかげだと感謝しています。第1巻発売前はヒロインの個性が強すぎるため売れるかどうか心配だったのですが、蓋を開けてみれば多くの方に手に取っていただき、嬉しい限りです。今作は元々ウェブ小説として書いていたもので、その時に担当さんに「本にしませんか」と言われた事が出版を決めたきっかけでした。その後に打ち合わせを重ね、書籍化する運びとなったのですが「これ本当に商業作品になるのかな……」みたいな不安を抱えたままスタートした気がしますね)」

「大丈夫。きっと編集で上手い具合にどうにかしてくれるよ」

「う……うん」


 ――そんな個性が強すぎるヒロインの富川真涼とみかわますずについて、先生自身の印象をお聞かせください。


「……電波……ずっと電波……電波過ぎて……ただの非常識…………だからすっごく大変………でも……なにしても真涼になるから楽かもだけど……どこまでセーフなのかわかんないから…………えっと…………どうしよっかな……ってずっと考えてるけど……愛着……あるから……うん……(彼女は最初から最後まで一貫してブレずに電波です。このキャラクターなら何をしても許されるんじゃないかと思えるくらいに自由奔放なキャラなので、書きやすくもあり大変でもあります。ただ私としては、こういうキャラクターは今までに書いたことがなかったので、新鮮味があって楽しいです。最初は正直扱いづらいなと思っていましたが、書いているうちに愛着が湧いてきまして、今ではかけがいのない存在になっています)」

「電波なんだ」

「うん……なんでこんなキャラ作っちゃったんだろって……ずっと考えてる……」


 ――主人公の瀬川奈穂美せがわなほみの印象についてはどうでしょうか?


「あの……ほんとはもっと地味……にするつもりだったんだけど……普通の女の子って感じで……でもつまらなさすぎて……ちょっと派手にしちゃった……あはは……(実は当初はもっと地味にしようと思っていまして、目立たない普通の女の子にする予定だったんです。ただ、それだと面白くないと思い直し、色々と工夫をして今の彼女になりました。結果的に上手くまとまったのではないかと思います)」


 ――当初の予定ではどういう性格だったのですか?


「無口で…………えっと……ほんとはね……もっと明るく話したいの……でもその勇気が出せない……みたいな……お母さんに相談したら……『あんたはもっと明るくなりなさい』『キャラ変よキャラ変しなさい』……って……あはは……怒られちゃった……難しいよね……人間関係って……(一言で言うと無口系で、内気で勇気が出せないタイプの子です。でも、根っこの部分ではもっと明るくなりたいと思っています。しかし母親に相談したところ『それじゃ面白くない』『キャラが弱い』と言われてしまい、急遽設定を変えました。結果、話が広がったのでよかったのですが、書くの難しいなぁと苦戦しながら書いています)」

「そうだね……(何かとんでもない違和感に気づくがとりあえずスルー)」


 ――そうしたことで『作家の奈穂美とイラストレーターの真涼が秘密を共有しながらも共に成長していく』というドラマが生まれたわけですね。


「う……うん。それぞれ悩んで……2人で解決して……って感じで……。……あ、ら、ラブコメっていいよね……!」

「唐突すぎる!」

「あぱいぉぱえ……ごめん……あ……ラブコメって……恋愛……だよね……。恋愛って……人間を……成長させられる力があるって思ってるから……それを上手く表現で着たらなって……(そうですね。本作では奈穂美と真涼がそれぞれ悩みを抱えていて、それを2人で協力して解決していくという流れが多いので、それを意識して書いています。また、作中にはラブコメ要素も多分に含まれているのですが、これは私自身がラブコメ好きなことが大きいですね。やはり恋愛というものは人間を成長させる力を持っていると思うので、この作品でそれを表現できればいいなと考えています)」


 ――本作を象徴するエピソードといえば第1巻終盤の『バレンタイン事件』が真っ先に挙がるでしょう。あとがきでも触れられていますが、先生も実際にチョコ作りをしたんですよね?


「うん……。しづねちゃん……あ……イラストの子に渡したくって……初めて作ったんだけど……失敗しちゃって……(はい。桜川先生に渡したくて、初めてチョコを作ったのですが結局いまいちな出来だったのでとても残念でした)」


 ――どのような風に作っていたのかお聞きできますか?


「え……それ聞くの……?」

「だって台本に、ほら」

「ぷらおぺあえあ!」

「大丈夫!?」

「う……うん……えっと……全然料理しないんだけど……お菓子とかは全然……だからネットで調べて……頑張ったんだけど……うあああああああ!」

「ちょっと、本当に大丈夫!?」

「あのね、失敗しちゃったの……出す時に天板揺らしちゃって……せっかく綺麗に出来たって思ったのに……ハート型だったんだけどね……割れちゃったの……泣きながら拾って全部食べた…………ぐずっ……やっぱり私にチョコとかお菓子とか無理だなって……気持ち悪いよなって……その時思って……どっかで売ってるやつ買えばもういいかなって……でもね……しづねちゃんが……先輩の初めてを食べたいって言ってくれて……頑張ったの……(私は普段料理をほとんどしないタイプなので、お菓子なんて今までの人生の中で作ったことがなかったんです。ですがネットの情報を頼りになんとか頑張りました。でも、オーブンから取り出す際に天板を揺らしてしまい、せっかく綺麗にできたハートの形のチョコを床に落としてしまって。あれはショックでした。その後すぐに拾って食べたので被害は最小限にしたんですけど、桜川先生に渡すことはとても躊躇しました。やっぱり不格好な手作りチョコとか気持ち悪いよなって思ったんです。それで市販のものを買った方がいいんじゃないかと思ったのですが、桜川先生が『先輩の初めての手作りチョコが欲しい』と言ってくれたので頑張りました)」

「……ちょっと休む?」

「うん……ありがと……びえええん」


 ここで那々帆先生が感極まって泣いてしまったので、小休止を取った。余談だが「(チョコの)大きさはどれくらいだったんですか?」と個人的に質問をしたら「Fだったけど今はG」と返ってきた。ごめんなさい違うんですと言ったら、那々帆先生は更に泣いた。つばめさんといい勝負になりそうである。


「じゃ、再開しよっか」

「あの……ほんとに違うの! パニックになっちゃってなんかもう……」

「わかってるよ。僕こそなんかごめんね」

「あぁう」


 ――先生は小説執筆にあたってどんなことに気をつけているのですか?


「ええうえあ……伏線回収しなかったりとかフラグ無視とか……意識してる。あと途中で『こっちの方がいいかな……?』みたいな感じで話を変えないようにはしてるかな……。やっぱりありのままがいいっていうか……うん(伏線を張っておいて回収しなかったりとか、フラグを立てていたのにスルーするとか、そういうことはしないように意識しながら書くようにしています。あとは『こう書いておいたほうが後々良いかもしれない』などと考えてストーリーを改変したりしないことは徹底するようにしています。一度書いたものは変えないというスタンスを心掛けて書いてます)」


 ――発売された第7巻はどんな内容になっているのでしょうか。


「えっと……あの……真涼の学校生活が、明らかになってると思う……あ、あと意外な一面とかも見れるのかな……? 「真涼可愛い」って言ってくれる人増えるといいなって……思ってる(真涼が普段学校で何をしているのかが明らかになります。そして、彼女の意外な一面が見られるシーンも多いです。それと個人的にはこの巻を読んで「真涼可愛い!」と言ってくれる人が増えたらいいなと思っていますので、是非読んでいただけると嬉しいです)」


 ――今作の桜川先生のイラストを見た感想をお聞かせください。


「すっごくよかった……! 見る前からいい絵だと思ってたけど、すっごくよかった! やっぱりすごいなって……思った!(とても素晴らしいイラストだと思います。書き上がる前から凄く期待していて、実際に手にとって見ると本当に綺麗だったので感動しました。やっぱり彼女が描くイラストは素晴らしいと改めて思いましたね)」


 ――七星先生にとって、桜川先生はどのような方ですか?


「はぇぁ!? あえぁれら……私を一番理解してくれて……感謝しかない……唯一無二の…………甘えちゃいけないと思ってるんだけど……でも何でも話せるし……不思議な関係……背中合わせで戦ってる……みたいな感じだといいな……(私の事を一番理解してくれていて、仕事上で困った時などに助けてくれて感謝しかないです。作家生活のみならず、人生の中でも親の次に最も付き合いの長い方なので、私にとっては唯一無二の大親友です。だからなのか「甘えすぎちゃいけない」という気持ちもあるのですが「彼女には何でも話せる」と感じるところもあって、不思議な関係だなと思いますね。お互いがお互いに寄りかかるのではなく、背中合わせで立っている感じがするからかもしれません)」


 ――最後にファンのみなさんへメッセージをお願いします。


「えっと……今後ともよろしく……?(ここまで続けてこられたのは応援してくれる皆様のおかげです。なので今後も『私の後輩が電波なイラストレーターだった件』に注目してくれると嬉しいです)」


「ありがとうございました」

「これで大丈夫だと思う……?」

「まあ、何とかなるよ。僕の初めてのときよりも上手に喋れてたよ」

「そうなの……?」

「そうだよ。『どう考えて書いたの?』って言われても『想像を超えた創造を意識して』みたいにそれっぽい顔でそれっぽいこと言えばそれっぽくなるだろって思いながら切り抜けてたな……」

「どういうこと……?」

「僕にもわからない。それよりちょっと個人的に聞きたいことあるんだけど」

「(学校名)!」

「別にどこ高か訊きたい訳じゃなかったんだけどね。ていうかどこにあるのそれ」

「仙台……」

「そうなんだ……。いやそうなんだじゃなくてね、この作品のモデルってもしかして君と――」

「バレ…………あああああ! 終わり終わり終わりいいいい!」


 那々帆先生は今日イチの大声を上げながら僕を引っ張って立たせると会議室から追い出した。なんでインタビュアーが出されるんだ。やっぱり違和感の正体はこれだったんかい! てかほぼほぼ同じようなことやってた人同じレーベルにいたんかい! 一体どうなっとんじゃこれ! 特異体質者同士は引き寄せ合う的なやつか!?

 

 その後スーツ姿の人が行き交う廊下で人目も気にせずどうすりゃいいんだどうなってんだと頭を抱えていたら「しづねちゃんのインタビュー終わるまで待ってるから……その……ごめんなさい」と顔を真っ赤にした那々帆先生が出てきた。可愛かった。


 とりあえず、今は与えられた仕事をしよう。僕はそう思いながら、再び会議室へと入った。

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