作家絵師事件
作家絵師事件前編
『人間かアザラシか? そんなの知るか! 俺は君と! 君自身と! ずっと一緒に居たいんだよ!』
『わたし……幸せ……』
流氷が無数に浮かんでいる海の上で泣きながら抱き締め合う男女を、ソファーに座りながらエビ子とテレビで眺めていた。やがて画面は暗転し、エンドロールが流れ始める。僕はそんなアザラシがヒロインである映画を観た感想代わりに、エビ子に質問をした。
「前いた世界でアザラシになれる女の子とかっていた?」
「いなかった」
「女の子になれるアザラシは?」
「それもいなかった。それ以前にアザラシなんて動物、というかそれっぽい魔物みたいなものも存在していなかった」
僕とエビ子がダラダラとポップコーンをシェアしつつ適当なやり取りをしていたら、ピンポーンとインターホンが鳴った。首だけ後ろに動かしてモニターを見ると、いつものように眼鏡をクイクイしている小野原さんが映っていた。あの事件があって色々と都合がよくなった今でも、彼女が僕の担当編集者であった。ちなみに今つばめさんは図書館で勉強中だ。僕と違って偉い!
*
「今日は一体何の用ですか?」
今のところ〆切とかいう魔物が僕の元へと現れたという情報は入っていないので、僕は率直に、エビ子に対抗せんと言わんばかりに隣に座ってきた小野原さんに尋ねた。
「まさか貴様、ツバメが不在なのを知ってポンを誘惑しに来たのか」
「違うっすよ! ちゃんと真面目な仕事の話っすよ! 正直ワンチャンあるかもしれないという邪な感情は捨てきれてない部分もあったりなかったりするっすけど、ウチは先生と清い関係でいたいんすよ!」
「らしいぞ、ポン」
「こいつ……! ウチになんてこと言わせるんすか!」
「貴様が勝手に言っただけだろうが」
「せ、せせせせんせ! ちゃんと子どものしつけくらいしてくださいっす!」
「うん……」
「ほんと頼むっすよ! まったくもう!」
「は、はい。すみません……」
「そうだぞ。ちゃんと我を躾ろ」
なんで僕が怒られてんの? 確かに僕は父親としての自覚はあんまりないけれどもでもそれはエビ子があまりにも特殊過ぎる子どもで子育てなんてせずとも勝手に色々出来るようになっちゃったんだしそもそも精神年齢は僕の方がずっと年下であるのだから本来ならば彼女の方が僕の母親になるべきではないのかと考えているのだけれどもそれはともかく。僕は小野原さんに尋ねた。
「仕事の話というのは?」
「それっすよ! その話をしに来たんすよ!」
「その話とは何ですか」
「ふっふっふ……」
小野原さんはしばらく不敵な笑みを浮かべた後、必要以上に大きな声でこう言った。
「女子高生ラノベ作家にインタビュー出来るんすよ! 先生!」
「マジすか!?」
「マジっす!」
「おめでとうございます! 小野原さん!」
僕が手を差し出すと、小野原さんは強く握った。おめでとう小野原さん。これでまた昇進に一歩近づきましたね。
「そうじゃなくて! ウチじゃなくて先生がインタビューするんすよ! もう名前も言っちゃうっすけど『私の後輩が電波なイラストレーターだった件』の
「僕がするんですか!?」
「そうっすよ! さすがのウチも『新しい仕事もらえました! 先生! ウチと結婚してくださいっすー!』って言いに来るほどお花畑でも泥棒猫でもないっすよ!」
「で、ですよね……」
別に小野原さんの昇進が近づいた訳では無かった。普通に考えたらこういう話か。
まあそうだろうなって察しはついてたけど小野原さんはノリがいいのでついこういう風に遊んでしまいたくなってしまうのである。
『私の後輩が電波なイラストレーターだった件』とは、苗素ラノベ文庫から出版されている人気ライトノベルシリーズである。小野原さんから聞くところによると、先日第7巻が発売され、シリーズ累計発行部数も200,000部を突破したという。それを記念して作者である那々帆春香先生と、表紙や挿絵を担当している桜川しづね先生にインタビューを行おうという話になっていたのだが、ここで障壁が現れたという。肝心の那々帆先生がかなりの人見知りかつビビりであるらしく、出版社の人間からのインタビューなんて無理だと言っているとのことであり、桜川先生もそれなら断ると言っているとのことであった。
「そこで女の子との経験が豊富な斉藤先生にウチらは希望を託すことにしたっす! エッセイストでインタビューは専門外かもっすけど、きっと上手く那々帆先生の心の氷を溶かしてくれると! 当然、引き受けてくれるっすよね! てか受けてもらえないと困るっす! 『後輩電波』はレーベルの柱にならなきゃなシリーズなんすよ!」
「まあ、困るっていうんならいいですけど……」
どうせまたラブコメ体質が影響してこうなったんだろうなという気持ちはあったけれども、これを断ったらバタフライエフェクトよろしく社運を賭けたラノベが見事に売れず苗素出版そのものが倒産して僕もエッセイを出版できなくなり稼ぎを失い仲良く家族で路頭に迷うという可能性もなきにしもあらずなので引き受けることにした。決して同じ高校生である那々帆先生がどんな女の子なのか見てみたいとかそういう考えではない。
「インタビューやったことないですけど、大丈夫ですか」
「大丈夫っす! 何を尋ねたらいいかの台本はこっちで作っておくんで!」
「なら……いいでしょう!」
「どうせ内気で目立たないけど実はとても可愛い子で僕だけがその魅力に気づけるかもしれないとか思ってんだろ」
「思ってないから!」
「ツバメに言うぞ」
「まあ……インタビューの仕事はどのみちバレるだろうし……いやほんとにそういう考えじゃ……な、ないから!」
必死に取り繕ったが、インタビューの日が楽しみになってしまっている自分もいることに気づきしっかりしろ斉藤本太郎という思いでエビ子に殴ってもらった。めっちゃ痛かった。
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