追試事件

追試事件前編

「ねえ!」

「斉藤くん? 聞こえてるー?」

「もしもーし? 放課後の教室ではると2人っきりだよー?」

「そんなに自分のエッセイが好きなのー?」

「ねえー!」

「ん?」


 机を勢いよく叩かれたのでぼかつーを読む手を止めて顔を上げた。すると姫カットが特徴的なクラスメイトの女の子が目の前にいた。


 あの一件から夏休みがつつがなく終わり、新学期が始まったけど僕を取り巻く環境はさほど変わってはいなかった。変わったのは売れっ子ラノベ作家ではなく売れっ子エッセイストと呼ばれるようになったということだけだ。それが一番大きいんだけども。つばめさんとエビ子との同居生活も変わらず楽しくやらせてもらっているし、神にも等しい存在様様だ。やっぱり菓子折りを渡しに行きたい。相変わらずどこに行けばいいのか見当もつかないけども。


「やっと見てくれた! えっとね、斉藤くん。一つお願いがあるんだけど……」

「君は確か……変な苗字の人?」

「確かによくそう言われるけど! ちゃんと西小村上にしこむらかみはるって名前があるからそっちで覚えてほしいです!」


 そうだった。彼女は西小村上陽。その名の通り、明るい笑顔が可愛らしい女の子だ。

 

「そんな適当な返事されると結構凹んじゃいます!」

「ごめんごめん」

「そういうとこ!」

「ああ、うん」

「むぅ~」

「ごめん」

「むむむぅ……」


 西小村上さんは頬を風船みたいに膨らませて怒ってるようだった。ちょっと前に見た誰かさんの殺意剥き出しの怒りの表情と比べれば全く怖くも何でもない。むしろ可愛い。ぷにぷにしたい。


「ま、まあこの位でいいです! それよりも、陽のお願いを聞いてほしいんですけど!」

「お願い」

「うん、お願い!」


 今回はこういう展開で来たか。放課後、2人きりの教室で(ちなみにつばめさんは日用品の買い出しのため先に帰っている)付き合って下さいとか言われると困るな。だってもう僕にはつばめさんがいるし。ついでにエビ子も。ラブコメ展開がやって来てもそこは譲れない。あまり浮かれるなって言われたし。僕はそこまで頭を回してから、西小村上さんを促した。

 

「お願いって?」

「これなんだけど、答え全部教えてくれませんか? 斉藤くんエッセイストだし、現代文得意ですよね?」


 机に叩きつけられる1枚の紙切れ。上の方には丸っこい可愛らしい文字で「西小村上陽」の文字と「6」という数字が書かれていた。これは1学期の現代文の期末試験の答案だ。

 

「何この答案!?」


 まあそう言うしかないよね。流石にエッセイをラノベと偽っていた僕でも、常日頃から文章を書いていた事実は変わらないから現代文に関しては最早何もしなくても90点以上普通に取れる。そんな僕からしたら6点を取るなんて逆に難しいくらいだ。

 

「頑張った結果がこれなんです! しょうがないもん!」

「これで頑張った、ね……」

「もう! そういう斉藤くんはどうなの!」


 西小村上さんはそう言うと、机の横に掛けてあった僕の鞄を勝手に開けて中をがさごそし始めた。


「勝手に人の鞄漁るんだ……」

「斉藤くんが悪いんですからね!」

「ええ……」


 僕なんか悪いことした? 6点……いやでも6点って普通はあり得ないよね?

 

「答案とか何もないじゃん!」

「そりゃそうでしょ……。だって試験あったの1学期だし……」


 多分もう処分してると思う。ずっと持ってても仕方ないし。


「困るよ! 陽は明日追試なんですから! ちゃんとしてもらわないと!」

「ドヤ顔で言うことじゃないよね」


 ババーンと効果音を付けたくなるくらい、西小村上さんは堂々と言った。6点もそうだけど、2学期に持ち越しになる人も初めてみたよ。今まであんまり絡まなかったから知らなかったけど、もしかしなくてもこの子、相当なおバカさんだな。ちゃんとしないといけないのは君の方だろうに。……あれ、何かでかいブーメランが刺さってるような気が……。


「斉藤くんー? ぼーっとしてどうしたのー?」

「ああいや何でもないよ。それで、あれかな? 明日までに何とかして欲しいとかそういう感じの――」

「そう! だからさ、今から斉藤くんの家に行っていいですか? いいよね!」

「え?」

「むしろいいって言ってもらわないと困るし、うん! 行きます!」

「え」


 そして西小村上さんは僕の右手を取り、そのまま教室から飛び出していった。僕は抵抗することも出来ず、自分の鞄を左手に取ることしか出来なかった。ああそうか、そう来たか! 修羅場になりそうだぞこれは!


 ……そんな感じで、僕のラブコメライフはこれからも変わらず続くのであった。

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