誘拐事件後編

「正直驚いたよ。まさか望んで殺される奴が現れるとはね」

「わたくしが死んでも、無小林様が生き返らせて下さると信じてましたわ。それにわたくし、目の前で人が死ぬのは嫌いですので」

「そうは言ってもそこまで身を捧げられるのは最早狂気だね」

「はい。わたくしは、狂おしいほど無小林様を愛していますので」


 気づくと、聖堂のような場所に僕は立っていた。天井はどこまでも高く続いていて、左右には大きな柱がたくさんそびえ立っている。そして正面には、黒い祭服のような服を着た金髪の外国人っぽい男性が立っていて、なぜか生きているメルクさんと話していた。どうしてだ? メルクさんは確か――


 左下に視線を落とすとエビ子が怪訝な目でその金髪の人を見ていた。一体何が起こっているのだろうか。


「一体何が……?」


 僕はエビ子に尋ねた。エビ子は視線を変えることなく、僕の質問に答えた。


「どうやらメルクが交換魔法を使ってお前のジョーカーと自分が持っていたキングを交換したらしい。そして自分がジョーカーだと宣言して無小林に殺された。その光景を見てお前たち――お前と、山崎と、広葉がショックを受けるだろうと無小林は判断し、睡眠魔法でお前たちを眠らせた。その瞬間我々はこの場所に転移され、たった今、無小林が蘇生魔法を使ってメルクを生き返らせた。そして今に至る」

「そ、そうなんだ……」

「つまりは、結果オーライ、という訳だ」


 エビ子が右手をサムズアップしながら僕に振り向いた。もう何が何だか僕にはもうわからない。でも、メルクさんは生き返って、他の人――と周囲を見回すとちゃんと全員いたので良かったと思うことにしておこう。これ以上考えるともう頭が爆発しそうだ。


「さて、予想外の事態が起こったが――」

「……ちょっと待て」


 金髪の人がメルクさんと話し終わり、何か言おうとしていたが無小林さんがそれをどすの効いた声で遮った。


「何だい」


 金髪の人は、不機嫌そうに無小林さんに訊いた。


「確かにメルクは生き返った。だが、一度殺した事実は覆ることは無い。心が疼く。一生のトラウマティックになるだろう」

「だから?」


 無小林さんはまた、左手を刃に変えた。こんなことを瞬時にされると、やっぱり無小林さんはただ者じゃないと感じるし、魔法は実在するんだと実感させられる。


「お前を殺して、セルフケアだ」


 そして金髪の人に向かってそう言うと、そのまま目にも止まらぬ速さで金髪の人に突っ込んでいった。セルフケア、よく意味はわからないけど、自分で自分の心を癒すとかそういう感じのものかな?


「やめた方がいいだろう。君たちには私の禁断奥義は通じないが、私に勝てる道理は無いからね」


 しかし金髪の人はそう吐き捨てると、無小林さんの前に数十頭ものヤギを出現させた。すると無小林さんは左手を元の形に戻したかと思うと、膝から崩れ落ち、がっくりと項垂れた。


「あああ……あああ……あああああ……」

「無小林様、お気を確かに! 貴方! よくもこんな非道を!」

「だから言っただろう。勝てる道理は無いとね。そもそも私は君たちとは違って考えるだけで魔術を発動することが出来るんだよ。呪文を唱える必要も、指を鳴らす必要も一切無い」

「な…………んんんんん……だだだだとととと…………」


 いや待って。色々ツッこみたい部分はあるけども。あるけどもさ。まずひとつひとつ、解決していこうか。うん。


「ヤギを見せることって非道なの?」


 僕はたまらずエビ子に訊いた。


「いや……別に非道ではないと我も思うぞ。見た感じ本当にただのヤギのようだしな」

「ああ良かった……僕がおかしいのかと思ってたよ」

「大丈夫だ。我も意味がわからんからな」


 いきなり喋るキツネが出てきたときは僕だけがおかしいのかと思ったけど(ちなみに広葉さんも「かわいいねぇ」という感想だった)、流石にこれはやっぱり変だよね。うん。


「ヤギってそんなに怖いかな!?」

「かわいいと思うよぉ~」

「だよねえ!?」


 右を見ると山崎くんと広葉さんもそんなやり取りをしていた。だよねぇ。うんうん。


「俺に全部喰わせろ。俺は今、腹が減っている」


 レッドはそう言いながらよだれを垂らしていた。日本語を話せてもやっぱりキツネはキツネなのか。


「それは困るな」


 レッドの言葉に金髪の人はやれやれといった表情を見せると、ヤギは一瞬で全頭消え去った。そして軽く咳払いした後、僕たちを順に見ながら再び口を開き始めた。


「私はアレグレン。神にも等しい存在だ」


 いきなり何を言ってるんだこの人は。僕が若干呆れながらエビ子を見ると、エビ子の顔が怨嗟で染まっていた。


「おい貴様、アレグレンと言ったか?」


 エビ子はその顔のまま、低い声でアレグレンと名乗った金髪の人に言った。

 

「君は……ああ、キエ・ダールの魔王、エビフライ子か。君は予定に無かったが、斉藤本太郎とくっつきすぎて一緒に付いてきてしまったようだね。異世界生活を満喫しているようで何よりだよ」

「ふざけるな! 貴様だけは絶対に殺す!」

「やれやれ。面倒だな」


 アレグレンがそう言うと、エビ子は白目を剥いて倒れた。


「エビ子!」


 息をしていない。手首を掴んでみたけど、何も感じなかった。まさか――と思った瞬間、エビ子が息を吹き返した。


「本太郎……我は今どうなった? こいつは誰だ?」

「どうなった……って」

「忘れた方がいい事もある。そういう事だよ。私はアレグレン、神にも等しい存在だ」



 本当に何があったか覚えていなさそうなエビ子を見て、アレグレンはさらっとそう言った。まるでような言い方だった。


 彼は一体、何者なんだ? 今エビ子に何をしたんだ? わからないことがありすぎて何が世界について何を理解しているのかもわからなくなってきた。


「そうか。我はエビフライ子だ」

「よろしくね」

「ああ。よろしく」

「えええ……?」


 動揺する僕を一瞥した後、彼は話を続けた。


「君たちをここに連れてきた理由はただひとつ。今のような禁断奥義が君たちだけには通じないからだ」

「禁断奥義?」


 禁断奥義って何なんだろう。超必殺技とかそういう類のものなのかな。するとそんな考えを見抜いたように、アレグレンが説明を始めた。


「名前をジノ・ブンという。これは平たく言えば、人を、常識を、法則を、あらゆる世界を自由自在に好きなように変えることの出来る魔術だ」

「そんな魔術が存在するのか?」


 正気を取り戻したらしい無小林さんがメルクさんに支えられながら訊いた。僕は未だに魔法って凄いんだなくらいのイメージなのに、ここまで来るとスケールが大きすぎて想像もつかない。


「しなかったが、編み出して、身につけることに成功したんだ。そして一度完成してしまうと後はもう一瞬だった。手始めに自分の世界の魔王を幼女に変えて世界を平和にした。それからあらゆる攻撃にも、環境にも耐えられるように身体を変化させたり、異世界を飛び回りその世界の魔王も幼女に変えて更に別の世界に飛ばしたりもした。最初は自分の世界の魔王を倒したら封印しようと思っていた。でも一度箱を開けてしまったら、もう閉めることは出来なかった。今ではもう奥義を使う前の自分とは何もかも別人になってしまった」

「何が言いたい」


 ヤギが食べられなくて不機嫌になったレッドが不愛想に尋ねた。


「世界そのものを変えてしまえるほどのそんな奥義にも関わらず、君たちには一切通用しないんだよ。例えば、ほら」

「?」

「斉藤本太郎。君は初めから小説ではなくエッセイを書いていた。そういう風にたった今書き換えた。だけど君が罪悪感に苛まれて自殺するように仕向けることは出来なかった」

「え?」


 何を言っているんだこの人は?


「君を取り巻く境遇を書き換えることは出来る。だが君自身を書き換えることは出来ない。ほら、今だって君自身はエッセイをライトノベルだと偽っていたことをはっきりと覚えているだろう? そういう事だよ。何を言っているのか分からないなら、そこにいる彼と話して確かめてみるとしようか」


 アレグレンはそう言って山崎くんを指差した。


「君。斉藤本太郎は若き天才――何だったっけ?」


 なぞなぞで相手がどう答えるかわかってるみたいに、アレグレンは山崎くんにわざとらしく尋ねた。その問いを聞き、山崎くんは自信満々にこう答えた。


「そりゃ、若き天才エッセイストですよ!」

「は?」

「そうだったね。……そういう事さ。ま、それでも理解できないのであれば、君はもう詐欺師でもライトノベル作家でも何でもない、ただの人気エッセイストだってことさ。でもあまり浮かれない方がいい。これからは炎上しないよう君自身でせいぜい頑張るといいさ。あとはせいぜいその体質に振り回されないことだ。……さて、次は、広葉めろん。君だ」

「わたしぃ~?」


 アレグレンは僕の反応を待つことなく、今度は広葉さんと目を合わせた。まあ、反応を求められても何が起こったのか、何を言っているのか理解できないから反応のしようもないけれど。


「率直に言おう。君をここに連れてきたのは手違いだ。申し訳ない」


 そして広葉さんに頭を下げたのだった。神を名乗る割には意外と礼儀正しいんだね。


「てちがいぃ~?」


 広葉さんは不思議そうな表情で首を傾げた。怒ってはいないようだった。


「私の奥義が通用しないのは君のクラスメイトでね。だがしかし、ここに来たのは君だった。どうやら当の本人には察せられて逃げられてしまったようだ」

「そうなんだぁ~」

「これは詫びだ。君はもう一生、病気や身体の不調に苦しむこと無く健康体でいられるだろう。身体能力もある程度向上させておく。そして、いざというとき一歩を踏み出すことが出来るようにしておいた。それではな」

「そっかぁ~ありがとねぇ~」

「君も、面白い人間なんだがな」


 アレグレンがそう言うと、広葉さんの姿が一瞬で消えた。


「安心したまえ。彼女はちゃんと元の場所に帰ったよ。次は無小林怜雄、メルクラウディア=フェルトムーンナイト。君た――」

「待て」


 無小林さんが怒りの表情でもう一度アレグレンの言葉を遮った。そしてそのまま、こう続けた。


「肝心な事を訊いていない。なぜ俺たちに、あのようなデスゲームをさせようとした?」


 その質問を聞いて、アレグレンはああそうだったと言わんばかりに薄く笑った。


「デスゲームは人間の本性を暴くことが出来る最高の舞台だ。だからそれを用いて、私の奥義が通用しない君たちの本性を確かめようとした。なぜ君たちには奥義が通用しないのか。それを確かめるためにね。結果、君たちの判断が勝って真相は不明になってしまったがね」

「わたくしたちを甘く見ないで下さいまし」

「覚えておくよ。ただひとつ、忠告するならば、大学生として仙台で暮らすのと、冒険者としてデイ=フィエスで生活すること。これらを完全に分断させるのはほぼ不可能と言っていいだろう。君たちは可能な限りそうしたいと願っているようだがね。ま、せいぜい私の奥義なしでどこまでやれるのか楽しみにするとしておくよ」

「……望むところだ」


 無小林さんは、不敵な笑みを浮かべながらそう返した。アレグレンはそれを見届けると僕たちからは遠い場所にひとりぽつんと立っていたレッドの前まで瞬間移動した。なんかもう今更その程度のことじゃ驚かなくなってきた。高速道路から降りたときみたいになんだか感覚が麻痺してる。


「次はレッド。キツネの為に革命を起こそうとするのは大いに結構だ。しかしその中で君の為に血を流すものが現れるようではキツネの飼い主が人間から君に変わっただけになってしまう。せいぜい君が革命を起こされる側にならないように気を付けるといいさ」

「人間に助言される筋合いは無い」

「私は最早人間ではなく神にも等しい存在だよ」

「フ、そうかよ」

「そうだよ」


 そのワード気に入ってるのかな? なんて思ってたら今度は山崎くんの前にワープして山崎くんに笑顔を向けた。


「では最後に山崎遼」

「は、はいぃ!」


 山崎くん、さては神にも等しい存在を前にしてめちゃくちゃ緊張してるな。頑張れ山崎くん。何を頑張るのかわからないけど。


「小説というものは人によって書き方も違うし、好みも違う。だから積極的に他人の意見を参考にしたり他人の作品を学んで読者に楽しんでもらえる作品を作り上げることを目指すといい。もちろん自分の書きたい作品を書きたいように書くのもいいだろう。しかし一番は読者が楽しめるかどうかだ。それを忘れずにな」

「はい!」

「神に等しい存在だという割には無難なアドバイスだな」


 エビ子がボソッと耳元で囁いてきた。


「神じゃなくて神にも等しい存在だからね」

「私も神を目指す為進歩を続ける。だから君も小説家を目指す為に進歩を続けるといい」

「はい!」

「なんか綺麗に話が纏まってるな」

「そうだね」


 そうして僕たちがボソボソ神にも等しい存在の陰口を言っていたら山崎くんとの会話が終わったらしく、僕たち全員を見回してこう言った。


「君たちはもしかしたら、私と同じように世界を変えることの出来る可能性を秘めているのかもしれない。だからせいぜいその限りある人生を精一杯生きるといいさ」


 気づくと、僕とエビ子はいつものように部屋のリビングでくつろいでいた。


「おかえり! てかいつのまに帰って来てたんだ!」


 振り向くとエプロン姿のつばめさんの姿。満面の笑みだ。今日も可愛い。


 でも待って。突然のこの状況。それ以上に気になることがありすぎる。咄嗟にスマホを見る。今日は8月9日、時刻は17時。謎の部屋に連れて来られた時からちょうど3時間が経過していた。


「僕たち今までどこに行ってたかわかる?」

「え? 船橋のショッピングセンターじゃないの?」


 何でそんなこと訊くの? と言わんばかりのつばめさんの表情を見て、僕はエビ子と目を合わせ、小声で耳打ちした。


「これってどういうこと? 何でそんなことになってるの?」

「我に訊かれても困る」

「ええ……? でもだってそもそも僕は詐欺容疑で警察に……」

「警察? お前は何を言ってるんだ?」

 

 エビ子も僕の発言に混乱しているようだった。何でつばめさんはともかくとして、エビ子までこんなことになってるんだ?


 でも、アレグレンの言葉を信じるのなら、僕が最初からエッセイをエッセイとして書いていたと世界そのものを書き換えたということだろう。そして家からいなくなっていた整合性をとるために船橋に行っていたことにした。僕がエッセイをラノベとして書いていた事実が無くなったのなら僕が家に引き籠らなければならない理由も無くなったから、そういうていにしても何ら不自然ではない。はっきりいって突拍子も無さすぎる考えだと自分でも思うけど、そう考えるしか無い気がする。


「それはともかく! 今日の晩ご飯は何がいい?」

「グラタンで」

「グラタンね! おっけー!」

 

 いつのまにかエビ子がグラタンを作るようつばめさんに頼んでいた。


「何でグラタン?」

「何となくだ」

「何となく?」

「そうだ。何故かは知らんが、グラタンが頭に思い浮かんだんだ」

「そうなんだ……」


 そんなこんなで出てきたグラタンは、何も考えることの出来ない状態でもほんのり舌に優しい味わいだということがわかるくらい、美味しかった。


 翌日、状況を確かめるためにひとりで家から出てみた。でも、警察もマスコミも、それが当たり前であるかのように僕の周りからいなくなっていた。例の暴露文も綺麗さっぱり無くなっていた。さっき小野原さんに電話もしてみたけど、やっぱり僕は最初から中1で鮮烈デビューした人気エッセイストだということになっているようだった。小野原さんが僕の担当編集者ということは変わってないみたいだったけど。


 ……つまり。僕は元からエッセイをラノベだとしていた詐欺師なんかじゃ全然なく、名実ともに大人気エッセイストだということになったってこと?


 つまり、自由? フリーダム? イヤッホオオオオオオオオオオオオオイ!!!


『言っただろう。あまり浮かれない方がいい。とね』


 歩道の真ん中で叫びながらガッツポーズをしようとしたら、突然脳内に声が聞こえてきた。この声は、アレグレンだろうか。絶対にそうだろうな。なんてことを考えていると、声は僕の頭の中でこう続けた。


『結果的に私が助けた形になったようだが、また次も私が君を助けるとは限らないからね。せいぜい二度とあのような事が起こらないよう気を引き締めるといいさ。どうやら君は先天的にライトノベル的展開を引き寄せてしまう体質のようだからね』


 そう言い終えると脳から音が離れていき、頭の中が静かになった。


 気を引き締めろ。ていうか僕ってマジでそういう体質だったんだ。自覚してても他人に断言されるとちょっとびっくりっていうかかなりびっくりした。


「今度は一体何が起こるんだろうな」


 僕は頬を両手で叩いてからそう呟いた後、眼前にそびえ立つスカイツリーを見ながら、その真下へと向かっていった。試しに書店まで行って、僕が出した本がどうなっているのか見ておこう。


 実際見てみるとエッセイが置かれている棚に「ぼかつー」があった。表紙は相変わらず美少女のイラストのままだったけど、帯には「このエッセイは、小説を越えた」というあおり文が書かれていた。マジでエッセイになってんじゃん!


 はぇ~、マジだぁ~、すごいねぇ~。神にも等しい存在になるとこんなことも出来るんだぁ~、ちょっと胡散臭いと思ったけどすごいねぇ~広葉さんみたいになっちゃったけどいやマジですごいことだぞこれ。菓子折りとか持ってお礼行った方がいいかな? あの灰色の部屋がどこにあるのかもわかんないけども。


「あの」


 感動しながらぼかつーを手に取り眺めていたら、真っ白のワンピースを着ている、色白で薄灰色の瞳をしていて雪国に降り積もる雪のようにとても美しい白銀色の長い髪が特徴的な超絶的美少女が話しかけてきた。何だこの遠く離れた異国からはるばる日本までやって来ましたって感じの美少女は。今までたくさんの綺麗な女の子と出会ってきたけどもそれでもとんでもないハイレベルな美少女だぞ。まさかこれは……ああいけない、僕にはつばめさんという大切な人がいるんだ。さっきあまり浮かれるなと言われたばかりだろうに。


「な、ナンデショウ?」


 僕はガッチガチに緊張しながら、そんな銀髪美少女に返事をした。明らかに挙動不審になってる気がする。


「斉藤本太郎先生ですよね。私、貴方のファンなんです」

「マジで!?」

「マジです」


 女の子は顔色を一切変えずに頷いた。


「私はエッセイは基本的に読まないのですが、貴方のエッセイは特別です。小説を越えている。まさにそうだと思います。とても感動的で、素晴らしいです」

「あ、ありがとう……」


 今まで面と向かってこの作品は素晴らしいというのは何度も言われてきたけど「いやそりゃそうでしょ」って感じだったから嬉しくも何も無かった。でも今は違う、僕の作品を真っすぐに見て、真っすぐに評価してくれた人が、目の前にいる。


 それってこんなに、嬉しかったんだな。


「新作、楽しみにしてますね」


 女の子はそう言うと、遠く離れたライトノベルの本棚の方へと去っていった。


「うん……」


 女の子が見えなくなってから、目元を拭う。


 親指は、ほんのりと温かいもので濡れていた。

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