誘拐事件中編
「わたしはねぇ、仙台に住んでるんだけどね、斉藤くんはどこに住んでるのぉ~?」
「東京のタワマンだよ。ちなみに目の前にスカイツリーがあるよ」
「そうなんだぁ! すごいねぇ~」
「でしょー!」
「詐欺で稼いだ金で住んでるんだがな」
「余計なこと言わないで!」
「事実だろうが」
せっかく広葉さんといい感じに話ができていたのに遅れてこっちにやってきたエビ子に水を差されてしまった。まあそれはいいとして、広葉さんも
「さぎぃ?」
「詐欺じゃなくて小説。僕はラノベ作家なんだ」
「作家さんなんだぁ~!」
「まあラノベじゃな――むぐぐぐ!」
またエビ子が口を滑らせやがりそうだったので口を塞いでやった。山崎くんはともかくとして、広葉さんにも何だかバレたくないなって感じるし。とりあえずエビ子がこれ以上余計なことを言わないように軌道修正しておこう。
「広葉さんはさ、何でここに連れてこられたかとかはわかる?」
「ん~とねぇ……。わかんないなぁ~。いつも通り教室でみんなと話してたんだけどぉ~、いつのまにかここにいたんだぁ~」
「やっぱりかぁ……。僕たちと同じだ」
「そっかぁ~。困ったことになっちゃったねぇ~。でもぉ、キツネさんとかぁ~、ミルクキャンディさんとかいるしぃ、なんとかなるよねぇ~」
「ミルクキャンディ?」
ミルクキャンディさんなんていたっけ? もう一度、この部屋に誰がいるのか確かめてみよう。まず、僕とエビ子と広葉さん。隅っこにレッド。部屋をぐるぐるしている山崎くん。壁に向かい合ってブツブツ呟きあっている無小林さんと――あ。
「わたくしは、メルクラウディア、ですわ。覚えてくださいまし。ですがもし、覚えられないと仰るのであれば、メルク、でも構いませんわ。いいですこと?」
「ごめんねぇ~。メルクちゃん~」
「それでいいですわ」
何かもの凄い速さでメルクラウディア――もといメルクさんがこっちに来てもの凄い早口で訂正してきた。多分だけど、この対応の速さの感じは普段から結構間違われてるっぽいな……。僕もよく「もとたろう」って読み間違えられるから気持ちはよくわかるけど。
「メルク。何かわかったことはあるか? 残念だが我は魔術が絡んでいると推測できても魔力を感じることは出来ないんだ」
エビ子が単刀直入に今解決しなければならないことを尋ねた。さっきの魔術がどうのこうのって話から考えると、魔法でドアに鍵を掛けたり、周りに結界みたいなものが張ったりして脱出できないようにされてるんじゃないかって感じだったと思うけど、そこから進展はあったのかな。
「無小林様と一緒に様々な手段を試してみましたが、駄目ですわ。最早結界魔法というより、初めからどんな手段を用いても絶対に脱出できないように設計されているように感じますわ」
「そうか……厄介だな」
「そうですわね……なぜわたくしたちがここに連れてこられたのかもわかりませんし……」
「謎だらけ、か」
エビ子がそう言うと、部屋は沈黙に包まれた。環境音も一切しない完全な無音の状態だからだと思うけど、耳鳴りのようなものを感じる。
なぜ、警察に監視され続けていた僕とエビ子を僕たち自身にも気づかせることなくことに連れてくることが出来たのか。
なぜ、ただの高校生である山崎くんと広葉さんが連れてこられたのか。
そもそも何で2足歩行で日本語を話せるキツネがいるのか。魔法というものが本当に使われているのか。
静寂の中で逡巡してみたけれども、何も答えは出なかった。
すると突然、ピンポーンというけたたましい音が部屋を染め上げた。
そしてその音が消えた後、落ち着いた男性の声がするのを、感じた。そう、聞こえたのではなく、感じたんだ。まるで直接脳に音声情報が送られてきているみたいだ。
『あなたたちには今からデスゲームをやってもらいます』
「デスゲーム!?」
思わず反射的に声が出ちゃったけども、ちょっと待って。
デスゲームって、あのデスゲーム? 今から殺し合いをしてもらいますとか、最後まで生き残って下さいとか、そういう感じのあのデスゲーム?
『そうです。デスゲームです。面倒なので簡潔にルールを言います。あなたたちは今、1枚ずつカードを持っているはずです』
え? カード? そんなの持ってたっけ? そう思いながら自分の右手を見てみると、JOKERという文字と、エビ子によく似た小さな女の子の絵が描かれているトランプのカードのようなものを握り締めていた。
……僕はいつ、このカードを持ったんだ?
考えてみても全くわからない。隣にいるエビ子を見てみたけど「何なんだこれは」と呟きながら僕と同じようなカードを手に取り眺めていた。メルクさんも、広葉さんも、山崎くんも、レッドも、無小林さんも、全員不思議そうに手元に突然現れたカードを眺めていた。
『カードは他に人に見せてもいいですが、見せない方がいいと思います。あと2時間後までに、話し合いなり何なりしてジョーカーのカードを持っている人を見つけ出して殺してください。ジョーカーの人は自分がバレないように振舞って他の人を殺して下さい。ジョーカーの人が死ぬかそれ以外の人が全員死ぬかしたら皆さんをここから出してあげます。以上、せいぜい頑張るといいさ』
そして、頭の中から声が消え去った。
手元にあるカードを見る。左上と右下に燦然と輝くJOKERの文字。
見間違える余地もなく、JOKERの文字だとはっきりわかる。
「誰がジョーカーだ。殺してやる。この状況で殺しても正当行為だろう」
ずっと黙っていたレッドが立ち上がり、全員に聞こえる声で言った。
ここで僕は、名乗り出るべきなのだろうか?
全身が、震える。
レッドを見る。鋭い目つき、尖った爪、刺々しい牙。殺意剝き出しで来られたらきっと――。
息が苦しい。山崎くんが何か言った気がするが、右耳から左耳にそのまま抜けて行って何も聞き取れない。エビ子が僕と目を合わそうとする。僕は目を逸らす。目を合わせたら、きっとバレる。怖い。こんな姿だが、エビ子は魔王だ。本気になったら何をしてくるか想像するだけで鼓動が激しくなる。天井を眺める。模様も何も無い灰色一色。その景色が次第に潤んでぼやけていく。
バレる? 怖い? 僕はエッセイをラノベだと偽っていたとき、ここまで恐怖を感じていたか? 僕を信じてくれる人に罪悪感を感じていたか? ラノベを読んだ気になってエッセイを読んでいる読者に申し訳ないと思っていたか?
いや違う。だって僕の人生は小説のように面白いんだから、実体験を小説にしても許されるだろう。事実は小説よりも奇なり。それが僕にとっての事実だ。だから現実味の無いエッセイを小説だということにしても許される訳だ。
冗談じゃない。小説は創作だから素晴らしいのであり、エッセイは現実だから愛おしいんだ。創作を現実だということにしようが、現実を創作だということにしようが、醜いだけだ。
そんな醜いことをやってきた人間の末路がこれか。
ちょうどいいのかも、しれないな。
右手を握り締める。カードは思っていたよりも固い素材で作られていて、くしゃくしゃにはならなさそうだった。
こういう目に遭ったとき、なんで自分が、なんて考えるんじゃないかって思ってたけど、納得がいく。
だって僕は、醜い詐欺師なんだから。
「本太郎!」
エビ子の叫び声で、はっと我に返る。目元を拭って、エビ子と目を合わせる。エビ子は、今まで見せたことのないほどに、見た目相応の少女らしい不安な眼差しを僕にみけていた。
そんなエビ子に対して、僕は。
僕は。
「ジョーカーなら、僕だよ」
「スワップ」
カードの中身を、見せた。誰かが一瞬囁いた気がしたが、何を言ったのかはわからなかった。
僕のカードを見て、エビ子は目を丸くした後、鼻で笑った。
だよな。僕はもう、死ぬべきだよな。
「お前はキングだ。ジョーカーじゃないぞ」
「え?」
握り締めた右手に持っているカードを、手を開いてゆっくりと見てみる。
するとカードには、Kの文字と、RPGに出てくる勇者みたいな絵が描かれていた。
ジョーカーのカードでは、なかった。
「え? いや、でも――」
一体何が起こったのかわからないままでいると、メルクさんが全員に自分が持っているカードを見せびらかしながら高らかな声で言った。
「ジョーカーはわたくしですわ。無小林様、お願い致しますわ」
……は?
「すまないな、メルク」
「いいんですわ。無小林様に命を捧げられて、本望ですわ」
そうして無小林さんは左手を振り回して鋭い刃のようなものに変化させたかと思ったら、そのままの勢いでメルクさんの左胸を貫いた。
メルクさんの胸から鮮やかな赤い液体が噴出し、メルクさんは穏やかな顔で赤い水たまりが出来た床に伏した。
「お前たちは眠っていろ」
メルクさんの背中の動きが止まった後、返り血に染まった無小林さんが僕の方に振り向いたかと思ったら、そんなことを言ってきた。
すると突如、急激で強い眠気に襲われた。視界が揺らいで立っていることが出来ず半ば膝から崩れ落ちるように床に倒れた。
そしてそのまま、僕の意識は途絶えた。
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