詐欺事件後編
「何とんでもないこと言っちゃってるんすか! こんなの苗素社設立以来の大事件っすよ! リアルな話をラノベにするって頭イッちゃってるんすか!」
「ごめんなさい…………いやでもこれ、見て下さいよ」
僕は小野原さんの剣幕に押されながらも、エビ子の方に親指を向けた。
「我はエビフライ子。魔王だ」
「ふざけないで下さいっす。こっちは真面目な話をしてるんす」
エビ子はドヤ顔で名乗ったが、小野原さんは眼鏡をクイっとしながらあっさりとあしらった。
「ふざけてなどいない! 我は正真正銘魔王なのだぞ!」
「ああもうそういうのいいっすから。最近の流行りに毒されすぎちゃったんすかね」
「貴様ぁ!」
「はいはい抑えて抑えて! ごめんなさい! こうなったのはあたしのせいなんです!」
つばめさんがエビ子を宥めながら小野原さんに深く頭を下げた。
「待って。それは違う。悪いのは僕だ。さっきはあんなこと言ったけど、僕がちゃんとエッセイというものを知っていればこんなことにはならなかったんだ」
「ポンくん……!」
「そうだぞ。こうなったのは全部お前のせいだ。だが今お前を責めていても仕方がない。問題はこれからどうするかだ。そうだろう?」
僕たち3人の視線が、小野原さんに注がれる。
「そ、そうっすね」
小野原さんはその視線を受けてショートボブにした髪を撫でながら軽く咳払いをした後、怒りの表情を消して説明を始めた。
「正直、かなりマズい状況っす。何せちょろっと人の名前を変えたくらいのノンフィクションをフィクションだと言って売ってきたんすからね。食費どころの金の問題じゃないっすよ」
「す、すみません……」
「社の対応としては、ひとまずホームページで事実であることを説明して謝罪するっす。……もう一度聞きますっすけど、ホントにリアルな話なんすよね?」
「だからそう言ってるでしょ! 生まれつきそういう体質みたいなんですよ! まあ今回のはちょっと行き過ぎな感じがしますけど!」
「そ、そうっすか。なんかすまんっす。……となるとやはりこのままラノベとして売っていくのはマズいので今売られてる先生の書籍は全て回収することになりそうっす。返金対応も……したくはないっすけど……ウチからは何とも言えないっすね。もちろん作品自体の評価は言うまでもないっすから苗素文庫の方でちゃんとエッセイとして出し直すのもアリだと思いますっすけどそこまでは全くの未定っすね」
「本当にごめんなさい、まさかこんな大事になるなんて……」
「まったくっすよ! エッセイをエッセイだと気付かなかったウチたちもとんでもないバカ扱いになってるんすからね!」
「実際馬鹿だろう。小説を見る目が無いことを証明したな」
「やる気っすかこのチビ!」
「我に勝てると思っているのか? 田舎育ち丸出しの娘めが」
「うがああ!」
「ああちょっとストップストップ!」
「はいはいはいはい!」
僕が暴れる小野原さんを、つばめさんが一心不乱に突っ込もうとするエビ子を抱きかかえて抑え込んだ。しばらくこのままクールダウンしてくれるのを待っているとインターホンが再び鳴り響いた。僕は小野原さんをお姫様抱っこしてモニターを覗き込んだ。エビ子をチビと言ったけどぶっちゃけ小野原さんも大して変わらないと思う。ちょっと小野原さんのほうが背が高いかなくらいだし、何せ僕が余裕でこうやって持ち上げられるんだから。
それはともかくとして、モニターに映っていたのはワイシャツ姿の見たことない小太りの中年男性だった。少なくとも、僕の知り合いではなかった。
「小野原さん、誰だかわかります?」
「め、眼鏡が無いと、ぼやぼやしてて見えないっす……」
「眼鏡? さっきのゴタゴタで外れちゃったんですかね」
眼鏡が取れて幼い顔が露わになった小野原さんは頭を持ち上げながら目を細めて頑張ってモニターを見ていたけどもよく見えないみたいだった。何だかギャップ萌えを感じるぞ。確か僕より9歳年上だけども。
「つばめさん、ちょっと小野原さんの眼鏡探して欲しいんだけど」
とりあえず僕は小野原さんを抱きかかえたままつばめさんに声を掛けた。つばめさんはエビ子を対面抱っこしていた。何か本当に親子みたいだ、とも思ったけどちょっと流石に子どもが成長し過ぎな気がしないでもない。
「見つけ次第破壊してやる」
エビ子が怒りを滲ませた声でそう言った。こっちからは表情は窺えないけども想像は簡単にできた。
「あはは、ちょっと今は無理そうかな。……それになんかちょっと嫌かもだし」
「嫌かあ。仕方ない、僕たちで探しましょうか。エントランスにいる人にはしばらく待ってもらいましょう」
「す、すみません……ウチのせいで……」
「立場逆転ですね」
「えへへ……」
すっかり落ち着いた小野原さんをゆっくりと床に下ろすと薄く微笑んでくれた。前から思ってたけどやっぱり童顔で可愛いよなぁと思った。確かに美人ではないかもしれないけど愛嬌があるっていうかそんな感じ。
「小野原さんってやっぱり……」
「先生、なんか恥ずいっす……」
「……むぅ!」
小野原さんとしばらくそのまま見つめ合っていたらただならぬ殺気を感じたのでいけないいけないと僕たちは眼鏡探しを始めた。さっきからインターホンが鳴り止まないしさっさと見つけないと。
「あたっ」
小野原さんは壁に頭をぶつけていた。この様子じゃ僕が見つけないとダメそうだなと思いながらソファの下を覗き込んだら赤いフレームの眼鏡があったのでソファをずらしてそれを拾い上げた。
「どうぞ」
僕はそれを小野原さんに差し出して掛け直させると小野原さんは目をぱちぱちさせ始めた。
「埃っぽいっす……」
「助けられておいて面倒な奴だな」
「このチビ! 覚悟するっす!」
「あーはいはいわかりましたからちょっと待っててください」
エビ子も冷静になったらしくつばめさんから解放されていたが、余計な一言でまた喧嘩が始まりそうだったので僕はつばめさんの眼鏡を取り上げた。
「あ、あぅ……」
「編集者が作家に支えられてどうする」
「せ、先生、眼鏡……」
「ねぇちょっと! めっちゃおっさん増えてるけど!」
2人のおチビさんのやり取りを隅に、つばめさんがモニターを見て悲鳴に近い高い声を上げた。それを見ると本当にモニターには8人の中年男性――まあもうおっさんでいいか――が音楽番組のアイドルグループよろしく綺麗に整列しながら映っていた。しかもご丁寧にインターホンを順番に押し続けている。
「これ! マスコミだよこれ! 多分だけど!」
「マスコミ!?」
つばめさんがモニターに指を指しながら大きな声を出した。これがマスコミの押しかけか。家にまで押しかけてくるなんてやっぱり僕って有名人なんだなってそんな呑気なこと考えてる場合じゃなさそうだ。僕は洗面所に走って小野原さんの眼鏡を洗って拭いた。
「はい!」
僕は綺麗になった眼鏡を小野原さんの耳に掛けた。すると小野原さんは細めていた目をぱっちりと開けてモニターを真っすぐに見た。
「ありがとっす! ここが担当編集者として、ウチが対応するっす!」
小野原さんは軽く呼吸を整えてから、インターホンの通話ボタンを押した。
「どちら様っすか!」
小野原さんが勇みよくそう言うと、最初に来たおっさんが前に出て口を開いた。
「わたくし、週間春風の土谷と申します。こちら斉藤本太郎様のご自宅でよろしかったでしょうか?」
「違いますっす!」
「そんなはずは無いと思いますが。斉藤本太郎様の自宅でいらっしゃいますよね?」
「ち、違いますっす!」
「ではお聞きしますが、貴方はどちら様でいらっしゃいますでしょうか? 斉藤様のご関係者様ですか?」
「違います……っす!」
「小野原夕夏様でしょうか?」
「え。いや、その……」
「小野原様、そちらに斉藤様はおりますでしょうか?」
「い、いいいないっす!」
「……いらっしゃいますよね?」
「いないっすよおお!」
「では、実際に確かめさせて頂きたいのですが?」
「そ、それは……その……っす」
小野原さんが涙目になりながら僕の方に振り向き「た・す・け・て」と口を動かした。僕はつばめさんと目を合わせ、頷きあった。つばめさんはスマホを取り出すとものすごいスピードで何やら入力し始めた。するとわずか1分程度でモニターに映っていたおっさんたちが散り散りになり去っていった。
「な、何が……ってうわああ先生やばいっすよ! 多分デカっすよこれ!」
「いいんです。あたしが呼びました」
「え……?」
戸惑いを隠せないでいる小野原さんを後目に、僕はモニターに映っているトレンチコートを羽織った精悍な男性と通話を始めた。
「ありがとうございます……お義父さん」
「君にそう呼ばれるのはまだ早い」
「すみません……
そして僕はため息をつきながら開錠ボタンを押そうとしたが、つばめさんに腕を掴まれて止められた。
「そうだ。開けなくていい。随分と大変なことをしてくれたようだな」
「す、すみません……」
「今回の件は既に粗方調べさせてもらったよ。率直に言って、詐欺罪が成立する可能性がある。家にいる間は今回のように守ってあげることも可能だ。しかしどこかへ逃亡しようとするのであれば逮捕しなければならないかもしれないだろう」
「た、逮捕……」
「そうだ。私も穏便に済ませられることを切に願っている。そのためには協力してもらわなければならない。わかるね?」
「は、はい……」
「私から言えることは、当面家から出るな。これ以上ネットに何も書き込むな。……まあとにかく余計なことはするなということだ」
「わかりました……」
「それと、小野原さんだったか?」
「は、はいっす!」
「場合によっては君たちにも事情聴取を行う可能性がある。その時はしっかりと協力するように」
「わ、わかったっす……」
「では、今後ともよろしく頼むよ」
そうしてモニターには誰も映らなくなり、やがて画面が消えた。
「ウチは…………絶対に先生を許す訳にはいかないっす。でも、小野原夕夏個人としては、味方でいたいとも思うっす。だから先生、頑張るっす!」
小野原さんもそう言って家から出ていき、自宅に静寂が戻った。
「大変なことになったな。仕方ないから我も味方でいてやろう。せいぜい感謝するといい」
「うんうん! 家族で頑張ればなんとかなるよ! 大丈夫!」
脚が、唇が震える。冷や汗が止まらない。
だけど、2人の励ましとも言える言葉で、少しだけ救われた。
「2人とも……ありがとう」
「気にするな。なんだかんだ言ってお前には恩があるからな」
「どういたしまして!」
それからそのまま1週間が経過した。マスコミは一切来なくなったけれども、自宅から出ることも出来ていない。
これからどうなるかは、正直僕にもわからない。学校にも行けなくなるのかもしれない。
だけど、僕は1人じゃない。
それだけは、はっきりと言える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます