詐欺事件前編

「どういうこと?」

「こういうネタってことでいいの?」

「まさかあれも何もかも全部実際に起こったことなのか?」

「面白ければなんでもヨシ」 

「まさかリアルであんな経験をしているとは……」


 衝撃的とも言える告白文をブログにアップするや否や、とんでもないスピードでとんでもない数のコメントがコメント欄を埋め尽くして溢れ出し始めた。F5キーを押せば押すだけ数が増え続ける。かれこれ2時間ずっと押しているけど増殖が止まる気配は一切無かった。やっぱり僕って人気だったんじゃん! 謙遜なんてしなくていいじゃん!


「どうかしたのか?」

 

 エビフライ子――もといエビ子がパソコンの画面を覗き込んできた。見た目は完全に女子小学生だから未だにちょっと信じがたいけれども、彼女はどうやら本当に異世界の魔王らしく、世間の常識にも疎かったので色々教えてあげたらすぐに理解して多くのことを覚えていった。こういった辺りではただの小学生ではないのだと感じる。


 僕はそんなエビ子に指で画面を示しながら、遠慮なくこの世界特有の用語を使って説明した。


「僕が書いていたラノベは実はエッセイだったって告白したらめっちゃバズってる」

「それは炎上というのではないのか?」

「炎上? ……ちょっと待って」


 僕は恐る恐る増え続けているコメントを一つ一つチェックした。この不安が杞憂であればいいけど。


「よくも騙しやがって!!!」

「この変態タイツフェチが!!」

「リアルであんなのやってんのは流石に引くわ」

「ノンフィクションをフィクションだって偽るのはどう考えても詐欺だろ」

「金返せよ」

「許せない」

「今から出版社に電話するわ」

「マジでリアルならどうなってんだよお前の周りの世界は」

「呪いだな」


 不安は見事に的中してしまった。届いたコメントをひとつひとつ丁寧に大切に見させて頂くとこんなチクチク胸が痛むコメントばかりがどんどこ増え続けていたのだった。


「これは炎上だああああああああああああああああああああああああああああ!」

「そうだろうな」


 愕然とする僕とは裏腹にエビ子はわかっていたというように頷いていた。


「どうかしたの?」


 僕の絶叫でつばめさんも大きな胸をゆさゆささせながらこちらにやってきてパソコンを覗き込んできた。相変わらず今日も可愛くてエッチだけど今は発情している場合じゃない。


「めっちゃ炎上してんじゃん! 何言ったのポンくん!」

「僕のラノベは実はエッセイでした」

「あーそれかぁ……ってなんで言っちゃったの!?」

「君たちのせいだあああああああああああああああああああ!」

「えええ!?」


 僕はつばめさんとエビ子を交互に指差しながら思いっきり叫んだ。近所迷惑になるかもしれないけどもここは高級タワマンだし普段は慎ましく過ごしているからたまにはいいでしょ!


「まずつばめさん! 深夜の教室で僕を待ち伏せして性的に襲おうなんていくらなんでもやりすぎだ! 今までたくさん恋愛小説とかラノベっぽいことを女の子にやられたけどもあそこまでやるのは君が初めてだ! エロラノベ通り越して官能小説だぞ!」

「でもエッチ……したかったよね?」

「したかったけど今はどうでもいい!」

「そんな……ひどい……」


 つばめさんは大きな瞳から大粒の涙をこぼし始めてしまった。しまった。ついムキになって言い過ぎてしまった。少し冷静になろう。軽く深呼吸を2回して、僕はつばめさんを真っすぐ見つめて口を再び開いた。


「後でゆっくりエッチしよう!」

「いいの……? ポンくん、大好き!」


 何を言ってるのか自分でもわからないけども、つばめさんが元気になって僕を抱きしめてくれたのでよかった。ちなみにだけど僕とエビ子と3人で僕の家に暮らし始めてからつばめさんは随分と表情が豊かになった。どうやら学校ではずっと真面目でクールな優等生を演じていたらしく、こっちが本来のつばめさんの姿らしい。


 閑話休題。次はエビ子だ。僕はつばめさんの胸の柔らかな感触を感じながらエビ子を思いっきり睨みつけた。


「そもそもの原因は君だ! 魔王を名乗る幼女が教室に入ってこなければまだ官能小説っぽい本当の話で済んでたのに君のせいでおかしいことになったんだよ!」

「我の責任にするな。我はこの世界に飛ばされてきてたまたまお前たちと出会っただけだ。そもそもお前がラノベを書く際何が何でも現実通りにしなければならないなんて規則はどこにもないだろう」

「僕はフィクションが書けない!」

「そんな誇らしげに言われてもな。まあ嘘はいずれはバレる。お前が隠し続けていても遅かれ早かれこうなっていただろう。自業自得だな」

「がはっ……」

「あはは……ドンマイ」


 エビ子に止めを刺されてつばめさんが離れ、がっくりと床に項垂れていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。モニターで確認すると、担当編集者の小野原おのはら夕夏ゆうかさんだった。モニターの小さな画面でも怒りの表情を浮かべているのがはっきりと知覚できた。


「激おこだよこれ。入れなきゃダメかな?」

「ダメだよ!」

「ダメだな」

「ですよねー」


 一縷の望みを2人に懸けてみたけどダメらしかったので仕方なく僕は開錠ボタンを押して小野原さんをマンションの中に入れたのだった。

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