「火山」「叩く」「客間」 作・麦茶

 祖母の家には火山がある。退屈な囲炉裏ではない、本ものの火山だ。祖母がそれに火を入れると、火山の底からマグマがぐらぐらと煮立ってきて、突然、激しい火の粉を吹き上げる。追って灰が鼻先をくすぐり、父などはそれを旨そうに吸い込むが、私は耐えられずに咳き込んでしまう。鼻を通って喉が文字通り焼けるほど熱くなり、ひりつく痛みを残す。火砕流に木々がなぎ倒されあらゆる命が呑み込まれるように、脳味噌の皴の奥にまでポーッと熱が周り、自分の目が爛々と輝き始めるのが分かる。その頃には火山の噴出もいくらか落ち着き、とろ火が家じゅうを照らし出す。祖母のつくる火種は特別で、とろ火とはいえ時おり高く伸びあがって天井をあたため、また低く足元を舐め回し、黄金虫やビー玉や万華鏡のような美しい光沢を湛えて揺らめく。

 我が家ではその火山を囲んでダンスをする。せざるを得ないのだ。じりじりと煮詰められた頭は破壊的な運動を望んでいる。父が虚ろな目ですっくと立ちあがって怪鳥の声を真似し始めたらもう逃げられない。母がラジカセでコンガやボンゴや名も知らぬ打楽器ばかりの音楽をかけ、アフリカとも南米ともつかぬが明らかに南方の地の苛烈な腰づかいで父の声に応じる。祖母だって火種をあちこちに振り向けて、その輝きで家を満たそうと駆けまわる。馬鹿々々しいと思っている。冷静になってみればこんな騒がしいだけの踊りは無益なものだし、そのあとそこらじゅうに散らばった灰や火種を片付けるのも面倒だ。しかし現場に立ってみればどうだろう。怪鳥が舞い美女が乱舞する狂気すれすれの極彩色の世界! 興奮しない者は無いはずだ。ついに炎の山脈を父が踏みしだき、母が灰をまき散らし、祖母がしゃもじで柱という柱を叩きまくる。そこで私も我を忘れて雄叫びを上げ、祖父の遺影が入った写真立てを仏壇から持ってきて半分に割り、ぎざぎざの硝子で家族の手や腕や足や頬を切り裂いていく。浅い傷だが、そこから散るわずかな血も我々一家を狂喜乱舞させるもとになる。

 と、そこで、ガラスの破片が父の禿げ頭を掠めた。前にこれをやった時にはまだ髪が多少あったから、こんなことは起きなかった。これが一家を今までにない狂乱に突き落とした、否、ブチ上げた。父は流れ出た血が目に入りそうなのも構わずに、火の粉を頭に被り始め、母はそれを見て我に返り救急箱を取りに行ったかと思いきや包丁を手に戻ってきて、祖母は柱の叩きすぎで折れたしゃもじを口でさらに嚙み千切ろうとし、私はそれを見て心底肝が冷えて客間に逃げ込んだ。ダンスをするのは火山のある部屋だけと決めているから、客間はしんとして畳の冷たさが伝わってくる。父の呻き声が聞こえてくる。火の粉が熱いのか、流血で目が潰れたのか、母に包丁で切りつけられたのか、ただ狂喜しているのか。ああ、神様! 神なんていない。何か飛んできたと思ったら祖母の欠けた歯だった。客間とあの部屋を隔てる襖がどっと倒れてきた。母だ。襖にもたれようとしたらしく、そのまま座り込んでいる。狂乱に酔いしれた目はもう焦点を合わせない。手にした包丁からは血液が滴り、父がその向こうでうつ伏せになっている。祖母は部屋の隅でまだしゃもじを噛み締めてのたうち回り、その口からは涎に交じって抜けた歯が垂れている。火山が突然、再び噴火した。炎は天井を伝って、台所へ向かおうとしている。私は慌てて玄関に向かって走った。上半身裸で道に出ようが、家が焼け落ちようが、家族が皆死のうが、自分の命が何より大事だ。

 パンツ一丁で道に駆け出し、公園に向かって走りかけた時、背後で爆発音がした。何かが後頭部にぶつかった衝撃があって、道に押し倒されるように転んだ。アスファルトの地面はごつごつと固く、昼下がりで少し熱かった。ぶつかってきたものが傍らに落ちていて、のろのろとそちらに目を向けると、中身を散乱させた冷蔵庫だった。本当にこれがぶつかったんなら、俺、死ぬな、と思って、自分の目が瞬きしていないことに気づき、身体が重くなり、ため息も出なくなり、そのまま。

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2021.4.24.九州大学文藝部・三題噺執筆会 九大文芸部 @kyudai-bungei

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