第8話

「あっつ!!!」


「あ、あぶないですって!!」


 今私達は2人でキッチンに向かっている。彼が料理を振舞ってくれると言ったから、少し様子を見に来てみたものの…


「ちょっと火傷しちゃってる…」


「(しゅん…)」


 私は棚から消毒液と布を取り出し、すぐに応急処置にあたった。…局ではあんなに男前だったのに、全く別人のようだ。しかしそのギャップが、たまらなく愛おしく感じられた。

 伯爵家時代、私は半ば家政婦のような仕事をしていたので、ある程度の料理の腕はあった。私は彼を説得し、後を継ぐことにした。彼はしょんぼりと、キッチンを去っていった。


「…さてと、なにを作ろうかな…」


 伯爵家のように、具材が豊富にあるわけではない。手元にある具材はかなり限定的だ。この中で、出来そうなレシピは…私は頭をフル回転させ、なんとか形にできそうなものを脳内探索した。

 しばらくして、私と彼の2人で食卓を囲む。結局私が用意したのは、コーンスープ、煮物、パン、焼き魚と、かなりシンプルなものになった。…正直見栄えのいい組み合わせではないけれど、最大限頑張った…つもり…。

 彼は手を合わせ、食事を口に運ぶ。私はかなりドキドキしながら、彼の第一声に注目する。


「す…すごい…」


 彼は少年のように目を輝かせながら、次々と食事を口に運ぶ。これすごいよ!美味しすぎる!と連呼しながら、一品、また一品と平らげていく。そんな彼の姿を見つめていた時、不意に彼が私に言葉をかけた。


「アテナ…なんで泣いてるの?」


 そう声をかけられ、私はようやく今自分が涙を流していることに気付いた。彼は不安そうに、私の顔を見つめている。


「…私…ほめられたこととか…ないから…」


 嬉しかった。本当に嬉しかった。これまで私が作った料理に、美味しいなんて言葉がかけられた事は一度だってなかったように思う。私はうれしさに笑みを浮かべながら、うれしさに涙がこぼれていた。

 そんな私の頭を、ぽんぽんと彼がたたく。…大袈裟じゃなく、私はこの瞬間のために生まれてきたんじゃないかとさえ思った。


「さあ、食べよ食べよ!」


 彼に手招かれ、私もまた食事を進める。伯爵家で作ったものと料理自体は同じはずであるのに、比にならないほどの暖かみと美味しさを感じられた。


「うまいぃぃぃ。生きてて良かったあぁぁぁ」


「大袈裟だよ、もうっ」


 食事の時間さえも、毎日の楽しみになった。

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