おやき事件発生

 11月3日(木)14:40

 信州と越の国の境にある、道の駅「信越さかえ」から、長野駅方面に車を返す。

 その前に寄るのは、ストックしておいた道の駅「千曲川」である。


 ちょうどこの旅の直前に、某番組でアイドルグループが「捨てちゃう食材でゼロ円の料理を作るキッチンカーの食堂」のロケで寄ったそうだ。もちろん私はそんな事実は露も知らず、旅も終えたある日曜日に放送を見て、仰天したのだが。

 う~む、さすが。長野県民は耳が早い。

 この番組のロケが噂になったのか、祝日ということもあり大盛況であった。


 さっそく売店や直売所を探す。

 おっ、売店におやきがあるではないか。

 ここで「まいたけ」が初見。「なす」もある。


「なす」ねぇ……。

 これも野沢菜・切り干し大根・あんこに次ぐ、メジャーどころだ。

 私が勝手に勘違いしているだけだろうか? なすおやきってメジャーだと思うんだけど。

 いわゆる四天王。

 でもさすがにBIG3には勝てないけどね。

 なにしろ、あいつは四天王になれたのが不思議なくらい弱っちい奴だからな。

 そのくせ、なすのおやきって割と目にするような気がする。


 ここでスマホの再登板だ。

 なすの生産量で検索するも、高知・熊本・群馬と続き、長野の名前すら出てこないじゃないか。

 しかしこの二日の間に回った店で、逆に「なす」を買える所は限られていた。

 むしろ「かぼちゃ」の登場頻度といい勝負ではないだろうか。四天王交代の危機。もしくは五芒星か。

 他のフレーバーよりはメジャーだが、やはりBIG3と比べると出現頻度は低い。

 旅は残り二日。じゃあ、ここいらで四天王を各個撃破していくのも悪くあるまい。

「なす」と「まいたけ」を所望しましょう。

 まだ前日に購入したものが残っているくらいなので、食べるのは後回しだ。


 さて。ヘルシーさでは群を抜くおやき。

 13時過ぎに昼食を食べたばかりだが、3時のおやつとばかりに、前日のおやきや総本家さんで購入した最後のフレーバー「きんぴらごぼう」を食べよう。

 おやきは皮そのものはほぼ無味の小麦だからか、ごく稀にそば粉を使っているものもあるが、全般的に皮に反比例して具材の味が濃い目なのは嬉しい限り。

 きんぴらなので当然、中身はごぼうとニンジンだ。

 実はおやきフレーバーの中にニンジンが入っている率は高い。

 もし商品名が「きんぴらニンジン」だったら、何かとアウトになる可能性も高かったのだが、「きんぴらごぼう」だから、ごぼうだけが対象となるのでやむなし。

 美味しくいただいた。



 いよいよ、今日の帰り道だ。

 ビバークポイントである、ルートインホテル第2長野さんに戻る前に長野駅に行く。当然ながら、長野・北陸新幹線の駅であり、県庁所在地である。

 長野駅なら土産売り場も充実しているであろう、との推測から寄ることにした。


 その前に、国道18号から少し寄り道をして、道の駅「オアシスおぶせ」にやってきた。どうやらここは小布施パーキングエリアの、ハイウェイオアシスと併用されている道の駅のようだ。

 ここでは栗の産地として、栗あんを使った「くり」おやきを発見!

 しかしお土産用に冷凍の3個入りしか売っていないではないか。

 1フレーバー1回の鉄の掟がある以上、残り2個がどうしても荷物になってしまう。「くり」は泣く泣く断念。まぁ良い。またどこかで出会えるだろう。



 同日17:30

 やがて長野駅に戻って来た。

 ここに土産横丁的なものがあることを祈るばかりだ。

 長野駅構内のショッピングモール「MIDORI」の2階が、信州おみやげ参道と呼ばれているではないか。どれ、巡礼してみよう。

 おわ! おやき屋が3軒も並んでいるじゃないのさ。

 ここがポケストップだったんだな。一気に乱獲してやろう。


 3店舗で7種類もおやきゲットだぜ。

「あざみ」「栗」「ねぎみそ」「チーズ」「ひじき」「リンゴ」「おこわ」の7種類。狩りが途端にはかどる。

 小布施で買えなかった栗までゲットできたのには感動の小躍り。

 喜び勇んで、晩酌のビールとハイボールを買い、急ぎホテルに戻った。


 さて、夕飯だ。


 まずは道の駅「千曲川」で購入した「なす」「まいたけ」をいってみよう。

「なす」は予想通り、白みそで和えた田舎の田楽風。ごろごろカットされた大ぶりのなす。野菜の中では水気の多いなすだが、これは中身がベチャベチャしておらず、それでいてなすの皮の歯ざわりが嬉しい。

「まいたけ」は、豊潤なきのこの香りはやや弱いが、おやき皮と素材の淡泊さを補うかのような、甘辛い醤油煮になっていて、こちらもベリーグッドだ。

 個人的には、ここのおやきの皮が一番好きだったかもしれない。


 晩御飯の最後は、デザートだ。

 今しがた長野駅で購入したばかりの「リンゴ」を頂戴しよう。

 甘く煮たリンゴのかけらと一緒に入っているのは、リンゴピューレだかジュレのようになった、ジャム風の二段構えになっている。

 あ~、おやきって甘いフレーバーが少ないから、デザートは本当に嬉しいな。



 明けて、11/4(金)。

 間髪入れず、朝ごはんにおやきを食べる。


 前日に道の駅「ふるさと豊田」でゲットしていた「もろこし」「トンちゃん焼き」を食べることにした。

 まずは「もろこし」。

 おやきにしてはやや平たく薄めに包んだ皮の中にはコーンと、刻んだたまねぎ、しいたけ?(なんらかのキノコ)、そして干しブドウ――。

 これは、なんというか、あれだ。ピザーラさんの「ハワイアンデライト」を彷彿ほうふつとさせる。お子様に人気のおやきではなかろうか。

 隠れデザート要素の干しブドウが嬉しかった。


 次が「トンちゃん焼き」。

 名称からてっきり豚肉かと思いきや、牛と豚の合いきを使っているようだ。

 おやき狩りで肉系とスイーツ系は本当に希少で助かる。タンパク質に身体が喜ぶ。


 最後は、前日の長野駅ラインナップから、厳選した「おこわ」。

 まぁようするに、7種類の中で一番微妙そうな子を選んだだけだが。


 おやき皮の中にはもち米と細かく割って蒸した栗の実。ほんのり紫に色が付いているのは、混ぜてある古代米のアントシアニンが着色するらしい。コメの中には黒い粒が散見され、それが黒米だそうだ。「おこわ」の名からは想像できないくらい、大変美味であった。栗の実が入っているが「栗ご飯」ではなく「おこわ」なのでセーフ。


 朝食を終えたら、今日の狩りに出発。お宿は安曇野に押さえた。

 安曇野は本当に大好きな街だ。

 長野さんに観光に来ると、狂ったように安曇野に泊まってしまう。

 実は昨日寄った長野駅のおやき屋3軒の中に、本店所在地が確認できる織り込みパンフレットを貰っていたのだ。その名も「いろは堂」さんだ。

 戸隠から白馬はくば方面へ抜けるその先にある、鬼無里きなさに本店があるらしい。

 これは行かずにはおられんわ。



 8:00

 ホテルを出発し国道406号へ。朝のひなびた田舎道を走り、鬼無里に向かう。


「いろは堂」さんの前に到着した。

 モダンな木造と青い屋根瓦。

 気付かなければ古民家か古い商店かな? と通り過ぎるかのような佇まい。

 まぁ山村には似つかわしくない、デッカい看板と広めの駐車場があるんだが。


 昨日の長野駅MIDORIさんのテナントにはなかったフレーバーや、期間限定のものをここ本店でゲットしようという魂胆だ。

 こんな朝早くから営業してらっしゃるのも嬉しい限り。

――だが、ここで私は大変な失策を犯す……。



 古民家風で囲炉裏があって、内装もとても風情ある趣き。

 さすがに店内で写真をパシャパシャ撮るのははばかられるので、カメラを肩から下げながらショーウィンドーに陳列されたおやき達をまじまじと観察する。


 ……あら、困った。満を持して入店したのに、目新しいフレーバーがない。

 先に会計を済ませた客が退店してしまい、タイミング悪く客は私だけではないか。

 レジのお姉さん、ずっと私のオーダーを待っている。

 私は気が弱い小心者なので、ウィンドーショッピングが苦手だ。

 買い物は買うものが明確で、強い意思で買うぞ、という時しかできない。

 洋服を見たいだけなのに、ショップのお兄さんに「(いらっしゃいま)っせぇ~」「お探しの商品ございますかぁ」と声を掛けられるだけでビクビクしてしまう。買いたい商品が無かった時には肩を小さくすぼめて気配を消し、店を出るくらい苦手だ。

 だが今、店内には私とレジのお姉さんの二人のみ。

 ここで無下に手ぶらで店を出たら、きっと彼女を落胆させるに決まっている。

「欲しいものがなかった」等と言われて客が去っていったら、きっとトルネコだって嫌な気持ちになるだろう。


 うぬぬ……仕方あるまい。

 ここで秘蔵のBIG3から、切り干し大根に登板してもらおう。

 逆に言えば営業開始してすぐなので、今朝できたて、ということだから鮮度と味が良い、と割り切った。切り干し大根なだけに。

 お姉さんに「切り干し大根」と「野菜ミックス」を発注した。

 え?「野菜ミックス」?

 フレーバによってはアウトじゃないのかって?

 それはもちろん中身はなんらかの野菜のミックスなんだろうが、何の野菜か特定できないくらいミックスされた野菜ならば、それはもう「野菜ミックス」なのだ。


邑楽「すいません、後で食べますので持ち帰りで」


 そうしたら、私の身にいったい何が起きたのか。

 お姉さん「サービスです」と期間限定の商品「じゃがいも」を持ってきた。


 あらら。

 じゃがいもは、おやきや総本家さんで「じゃがバタ」を食べているんだよ。

 しかも、商品は持ち帰りで購入したのに、「じゃがいも」おやきは包装もひん剥いて、出来立てのを皿に乗せてもってきてくれた。

 そちらの囲炉裏にお掛けになって、お茶もございますので、的な流れ。


 これ失礼になるから、食べないわけにはいかないじゃないのよ。

 おやきが見つからず飢えるピンチのために設定した「1フレーバーのみ泣きのおかわり」ここでまさかの消滅!


 ぐぬぬ……おやき2個しか買っていない私にこの謎の仕打ち。

 前後の客にはサービス無かったのにね。


 後日、旅に合流した友人の話では、カメラを抱えていたので取材に来たフリーランスの記者に見えたからサービスをしてくれたのでは? とのこと。

 いちおう夏休み中の会社員ではあるのだが、平日の朝早く私服で、滲み出る社会不適合者の薫りが店員さんにフリーランス業の人と惑わせてしまったのだろう。そんなことってあるのだろうか。浅見光彦じゃあるまいし。

 ともあれ、いろは堂さんには深謝。

 アツアツのそば茶でホクホクのじゃがいもおやきを流し込む。

 美味し。



 いずれにせよ、じゃがいもの2回目を食べたことで「泣きのおかわり」を失い、しかも朝食から割と時を経ず、出来立ておやきにそば茶まで頂戴してしまった。

 峠の山道のウネウネが、満腹には堪える。

 途中、景色のよい路肩の駐車場でタバコ休憩。

 遥かに見えるは白馬の八方尾根はっぽうおねか、立山連峰たてやまれんぽうか。

 雲もほとんどない青い空に映える急峻な山々は、既に冠雪していて、白のコントラストが美しい。冬はもうすぐそこまで。


 国道406号から県道36号に移り、白馬方面へ向かって車を走らせて、ある分岐点までやってきた。

 白馬と逆の方向に数km走れば小川村の道の駅「おがわ」があるので、せっかくだからここにも寄ってみることにした。



 同日10:20

 いつものように、売店と直売所をはしご。

 平日だし、まだ午前だし、おやきの数も限られているな、と思っていたら、おやきを物色している私の姿が気になったのだろう。「温かいのございますよ」と売り子のマダムが発泡スチロールケースから大量のおやき召喚。おやき陳列。

 おぉ、これはありがたし。

 今日はおやきの女神だらけだな。

 非常に珍しい「おから」と「青菜」を購入。


 先程の「いろは堂」さんと併せて4個ゲット。

 朝ごはんに3個食べて、不意打ちの「じゃがいも」まで食べたのに、出来立てアツアツの魅力には勝てず。

 今日の道のりは長い、と早速「おから」を頂く。


 昨日食べた、おやきや総本家さんの「とうふ」より「おから」感が強かった。

「おから」にはにんじん、コーンが混ざり、よくあるお総菜のおからサラダに近い。

 でも、おからは割としっかりこねてあるので、ホロホロのそぼろ風というよりは、おからハンバーグといった感じだ。



 オーケー。今日も大量捕獲だ。

 車を安曇野方面に向けて進める。

 そして安曇野と言えば、目指すはあそこしかない。以前も寄ったアレだ。


 これまでゲットしたおやき29個。


 途中でおやきがサッパリ見つからず、どこか適当なとこでグダグダになって、やれ蕎麦だ馬肉だソースかつ丼だと、大騒ぎになると勝手に考えていた。

 タガが外れた様子を面白おかしく綴る日記になるんだろうなって思っていた。


 誰がここまでの旅になると予想できただろうか。

 おやき狩りは佳境に入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る