おやきを食べ続ける

 11月2日(水)16:00

 おぎのやさんのドライブイン長野店を出て、明日の作戦を練るためにホテルに車を走らせていた時だった。


 あ、なんか国道沿いにおやきの看板でてるじゃないさ。

 移動のさなか偶然に得た情報ならば問題ない。

 しかも、この先すぐ10m? 寄らずにはおられんわ。


 門前おやき「おやきや総本家」さんというお店を発見。

 ここって松代の城下町で完売していたお店の系列じゃないか。

 勇んで入店し、明日の情報も含めて男性店員にお話を伺う。


邑楽「門前おやきと書かれてますが、善光寺さんの門前で売られてるんですか?」

店員「いや、善光寺さんの門前で売るなんて私らおそれ多いことですよ(実際は門前の土産物屋でおやきを販売してるところもあるので、単純におやきや総本家さんは出店していないだけと思われる)。ウチは新幹線の駅やデパートに卸してます」


――とのこと。

 ふむ、やはり長野駅はおやき狩りのスポットでもあるようだ。

 長野駅構内と周辺のデパートに照準を合わせよう。


店員「どうですか? 毎月1日~3日は特売日で、いま一個97円ですよ」


 マジですか?

 それは狩らずにはおられんわ。品揃えも豊富ではないですか。

 ということで、所望。


 ここでお店の人、凄い野沢菜を推すんだが、BIG3を初日に食べてしまっては、先の旅程がやや不安……。

「さっき野沢菜は食べちゃった」「ちょっとまだお腹減ってない」とかなんとか言ってはぐらかすが、なかなか店員さんも引かない。

 ラインナップも単なる野沢菜だけでなく、米粉のおやき皮の野沢菜、そば粉配合のおやき皮の野沢菜、ピリ辛の野沢菜……とにかく野沢菜を凄い推される。

 仕方ないので、変態の変質者だが企画のすべてをさらすことにした。


邑楽「実は、長野県にいる間はおやきしか食べちゃいけないんです。しかも1種類につき1回しか食べられないので野沢菜を今食べてしまうのは非常に不安で……」


 いったい何と戦っているのか、私の珍妙な告白を、やや引き笑いで納得してくれた店員さん。そのかわりBIG3以外の全てを買わせていただきます。


「じゃがバタ」「たこやき」「きんぴらごぼう」「キャベツ」「とうふ」をゲットした。大量捕獲だ!


 これで一気に明日の朝食どころか昼食と10時のおやつまで確保してしまった。

 喜び勇んで、さっそくホテルにチェックインするとしよう。 

 チェックインしたら、すぐに夕飯だ。

 私が旅行をする時にはいつも定宿じょうやどとしているビジネスホテル、ルートインホテルさんにお邪魔する。Pontaが100円につき3ポイント貯まりレートが良いからだ。


 ルールとして運転が終わった後の晩酌はオッケーだ。いつもなら館内併設の居酒屋にふらりと寄ったりするのだが、今回の旅のおつまみは全ておやき。

 こうなると、おぎのやさんのドライブインで買った冷凍ものを食べたいが、ホテルに電子レンジは探せど見当たらず。

 おそらく全国のルートインホテルさんの構造として、大浴場に繋がる休憩スペースか自販機コーナー付近にあったのだろうが、私の節穴の目には見つけられなかった。

 自然解凍とは言え、15時過ぎに買ったからまだまだカチコチだ。



――部屋のドライヤーで温風を当てること20分。

 両面をしっかり温めたら、中のカチコチ感も失われてだいぶ柔らかくなったので、そろそろ食べごろではないか。

 困った時にこういう悪知恵だけ働くようになったのも、年の功ってやつだ。


 まずはおぎのやさんの代名詞、「釜めし」味。

 う~む、釜めし……おやきの皮が口中の水分を奪うためか、敢えて中身は若干しっとりさせており、あの炊き立ての峠の釜めし感と言うよりは、牛丼の具材に近いとも言える。

 醤油で甘じょっぱく味付けしたしいたけ、玉ねぎ、ごぼう、牛肉、あとお米も少し入ってるようで、さすが釜めしの名は偽りなしだ。


 続いて、「しめじ」。

 うん、これは美味しかった。しめじは歯ざわりが好きだ。味付けがやや「釜めし」寄りなのが気になるが、そこはおぎのやさんだから仕方ない。おぎのやさん伝統の味なのだろう。

 中身はきのこだから皮以外はほぼカロリーゼロ。非常にヘルシーと言えよう。


 最後は、「かぼちゃ」。

 実はおやき狩りで意外と無いのがこの甘いデザート系フレーバー。

 ほっこりとしたかぼちゃ自体の甘さが何とも救われる、優しい味だ。


 というわけで、あっという間に夕飯終了。

 以降はテレビを観ながら缶ビールなんぞ飲むが、おやき以外のおつまみはご法度。寝る前には早くも小腹が空くという、ヘルシー・低カロリーのおやきの恐怖が旅行中に襲うのは、まさにこれからなのだった。



 明けて、11/3(木)、祝日だ。

 ルートインホテルさんは朝食バイキングの無料券が付きます。

 出張のサラリーマンの強い味方です。

 当然、この旅ではご法度。

 朝ごはんも、昨日買ったおやきを食べる。

 常温でも充分そうだったが、またもドライヤーで軽く再加熱する。


 まずは昨日最後に買った、おやきや総本家さんのおやきを行ってみよう。

 最初は「とうふ」――というよりは、おからに近いかな? 

 野菜の入ったおからみたいな。

 水気を切ってカラカラになったとうふを崩したみたいな感じだろうか。

 空腹感が押し寄せる朝ごはんの1発目には、とても優しい味。

 ほろほろのおぼろどうふに混ざったコーンやニンジンが優しさを際立たせている。


 次が「じゃがバタ」。

 バターの風味はそれほどではないが、細かくほぐれたじゃがいものホクホク感と、ほのかな甘みが美味である。キワモノと思ったが、これまた優しいお味だ。


 最後は、「たこやき」ね。

 おやきの皮にたこやきが1粒包んであるだけの潔さ。

 これこそキワモノと思ったら、やはり予想通りの味だった。



 さてさて。朝ごはん終了。

 旅で愛用している、いまどき本の地図を広げて、付近の地理を学んでいく。

 どの道順をどう回れば効率的か、というのがおやき狩り旅の思案のしどころだ。

 そこで本日の行程は、善光寺、戸隠とがくしなど、県内のメジャー観光地を回りつつ、道の駅をしらみつぶしにすることにした。道の駅ならば、確実におやきを売っているだろうと目星をつける。

 そして、このルートインホテルさんに2連泊する予定である。

 長野県の北東部をぐるっと周回して最後に長野駅に戻ってきたら、新幹線のお土産売り場をのぞこうって寸法だ。

 国道406号から県道36号へ。牛に引かれて善光寺を参りつつ、戸隠神社を参拝。


 結論から言うと、善光寺も戸隠神社もダメだった。

 いや、おやき売り場はある。でもほとんどがBIG3ばかりなのだ。

 ここで食べてしまうと、まだ残りの旅程にやや不安があるので、せっかくの善光寺参りではあるがグッと我慢だ。

 むしろ今日は祝日だから、寺社仏閣は静謐せいひつとして混雑していない朝早くに限る、と少し早めにホテルを出たのが裏目だった。

 もっと門前の仲見世通りも店がいっぱい開店していたら、どこかでレアフレーバーに遭えたかもしれない。

 牛にではなく後ろ髪を引かれて善光寺と戸隠を後にする。



 同日10:30

 戸隠までなんの収穫も無く、県道36号から野尻湖のじりこ方面へ。

 道の駅「しなの」にやってきた。

 さすがの祝日、収穫祭かなにかの直売イベントをやってて大混雑だ。

 露店のテントなどを覗きながらそぞろ歩きをし、売店でおやきを物色する。

 道の駅ならば、地元の農家のおばぁ達が卸した自家製のお菓子とかお弁当が良くあるから、きっとおやきも見つかるだろうとの目算だった。


 見事、発見した。

「ぼだこしょう」。

 胡椒は調味料だから、肝心のフレーバーが何か心配だったので、おやきを両手でぱっくりと割ってみる。

 青菜あおなの葉物に、ふきかゼンマイのような茎っぽい野草に、ピーマンらしきものが混ざり、醤油で絡めてあるようだ。

 あらら、これは野沢菜か山菜ミックスをいってしまったかもしれない……。

 とりあえず食べてみる。


 おっ!? 辛い。

 なんかピーマンみたいな青唐辛子のような輪切りのもの。これが辛い。


 さっそくフレーバージャッジのためにスマホで調べてみたら、信州の伝統野菜で、別名は「ぼたんこしょう」「ぼたごしょう」等と呼ばれる。

 ナス科トウガラシ属の植物で、ずんぐりと小さなカボチャのような形のピーマンだと思って貰えれば分かりやすいか。

 ぼだこしょうは調味料ではなく、立派な野菜としてフレーバー認定しよう。

 しかも嬉しいのは、今回の旅で一番、手作り感のある「ザ・おやき」を初めて実食できたことだ。どこかの農家か工場で作って卸したばかりのようで、まだほのかに温かい。

 昨日はドライヤーで温めたものか、常温のおやきしか食べてなかったから。


 しかし、恐るべしおやき。

 いずれもサイズ、カロリー的にヘルシー過ぎて、朝ごはんに3個食べたが、10時でもおやつが欠かせない。

 当然ながら、いま「ぼだこしょう」を食べたばかりというのに、である。

 前の日に買った、おやきや総本家さんの「キャベツ」も行ってしまおう。

 千切りのキャベツを、醤油ベースでしんなり炒めた具材だった。

 なるほど、具材がヘルシーで、これでは一向に腹もちが良くならない。



 この時点でまだ午前11時前だ。

 車のメリットを最大限に活かし、近隣の道の駅をしらみつぶしに調べる。


 信濃町しなのまちインターから高速にひと区間だけ乗り、豊田飯山とよたいいやまインターで降りる。

 まず、道の駅「ふるさと豊田」にやって来た。

 まだ先程おやきをチャージしたばかりなので、これ以降に買う分は昼食か夕食、もしくは15時のおやつのストックだ。


 ふむふむ、あるではないか。

「もろこし」と「トンちゃん焼き」ゲット。


 おやきのフレーバーってほとんど野菜で、甘いものと肉系が凄く少ないのだ。

 初日に佐久平パーキングエリアで食べたキーマカレー以来の肉類発見に、思わず喜ぶ。これは大事に取っておこう。


 ここから国道117号線を雄大な千曲川に沿って北上していく。

 新潟さんとの県境にありその先はすぐに津南町つなんまち十日町とおかまちという、信州最果ての道の駅「信越さかえ」を目指す。

 拓けた千曲川の河川敷には、大小さまざまな岩がごろごろと積もり、周りを見回すと、視界を遮るもののない大自然のなか、田畑が広がり、山々に囲まれた盆地に居ると実感する。

 安曇野あずみのも似たような風景で好きだが、雄大な千曲川が長い年月をかけて浸食してきた平地が、この国道117号沿いなんだろうな。

 長野さんはおやきというグルメだけでなく、ホントに素晴らしい地形や観光地をお持ちである。



 道の駅「信越さかえ」に到着した。

 移動は遠いといってもせいぜい30km強なので、アッという間だ。

 日本じゅう旅をすると、一日数百kmの移動など当たり前になってくる。

 数十kmの車移動など造作も無い。

 いつものように売店と土産物屋、両方とも物色をする。


 おっと、保温機を置いた露店でおやきを発見。

行者ぎょうじゃにんにく」「山菜ミックス」がある。


 山菜って難しいな。しかもミックスだそうだ。

 たぶん野沢菜も含まれてそうだなぁ……。

 まぁ良い。ざっくり「山菜」だもんね。これが入ってると種類を明記・羅列していたり、中身が特定できなければそれはもはや「山菜」なのだ。

 13時過ぎとお昼どきだし、せっかく温かいものを購入できたんだ。

 このまま両方とも頂いてしまおう。


「行者にんにく」と「山菜ミックス」。

 良く晴れて車中は暖かいとは言え、さすがに11月初旬の新潟との県境。山から吹き降ろす風は冷たく、気温12度前後を示していた。冷えた身体には温かいおやきが非常に助かる。

「行者にんにく」と言っても、べつに食べて息がにんにく臭くなったりはしない。

 何とお伝えしたらよいか。にんにくの芽のような、太くてしっかりとした繊維質の野菜が入っていると言えば伝わるだろうか。行者にんにくに負けないように味付けも濃いめで運転に疲れた身体にはうれしい。

「山菜ミックス」は、山菜がミックスされているので、その中に野沢菜があるかどうか判別ができないくらいミックスされた山菜だったので、これは「山菜ミックス」というフレーバーってことで仕方ないのだ。

 いずれも濃い口の醤油ベースで味付けされており、やっぱり美味い。


 好調じゃないか。

 誰がここまでおやき狩りが成功すると思っただろうか。


 とりあえず、新潟県境から長野方面へ戻り、先程キープしておいてわざと通過した道の駅「千曲川」に行こう。

 最後はホテルも近いので、長野駅のお土産売り場を物色してしまおう。

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