長野県にいる間はとにかく「おやき」しか食べてはいけない旅行の話

邑楽 じゅん

おやき旅スタート

 小説でもなく乱暴に旅のエッセイを始める。

 何故か。

 単純にカクヨムを使い始めてから「エッセイ・ノンフィクション」タグを発見したから、書いてみただけ。

 小説だと地の文や表現の類義語のあれこれと悩むのに大変な労力を要するので、こういう気の抜けた文章だってたまには書きたくなるのが人情というやつだろう。


 だが近況ノートとの差別化は図らねばならない。

 そこで、まずは過去の文章を投稿することにした。

 ちなみに今作、元々は某・無料掲示板でごく限られたフォロワーに向けて日記として発表したものである。そこでは徒然つれづれなるままに日常の出来事や日々の雑感、紀行文、批判・批評などをダラダラと掲載していた。

 だが、私も小説を書き始めて応募している者のはしくれとして、当時の日記のままだとあまりにも文章が雑で拙いところもあるので、改稿をしているのは事前にご了承いただきたい。



 時は2016年11月。

 私はその年、引っ越し、家電の崩壊と買い替え、愛車の車検が重なり、非常に金欠であった。


 でも、会社から夏休みは取得できる。

 例年なら予算を多めに組んでパーッと長期の旅をしていたところだ。

 しかし金欠なので、今年の夏休みはどうしようかと思案していた。

 ちなみに当時の私は、会社が割とフレキシブルに夏休みを取らせてくれるので、旅に不向きな台風シーズンや猛暑を避けた10月下旬が旅の定番であった。


 その時、ふと思いついたことがあった。

 それは「おやき」。


 もちろん有名な長野県の郷土食だ。

 知らない人はいないだろう。

 私はおやきが好きで、長野に行ったらとりあえずおやきは外さない。

 お土産でも良い。

 テイクアウトで食べ歩きするも良い。

 素朴で安価でヘルシー。

 長野県への最初の旅行でおやきに出会ってから、すっかりとハマってしまった。


 それだけではない。おやきの具の多種多様さにも感動していた。

 地域を問わず、どこでも食べられるスナック的なソウルフード。

 四季の移ろいに合わせて変わる、具のバリエーション。

 友人との雑談の席で、

「おやきだけしか食べなくても三食、暮らせていけるんじゃない?」

――ってな軽口から、実際にこうして旅にすることにしたのだ。


 まぁ、ようするに、おやきならせいぜい1個200円くらいで済むから安い予算で旅を満喫できるだろう、という目論見もあったわけなのだ。

 ただし、普通に長野県を縦断して、おやきを食べるだけの夏休みではつまらない。

 どうせなら、日記のネタになる楽しい「縛り」が欲しいところだ。

 ならば「おやきしか食べてはいけない」というのはどうだろうか。

 おやき好きだから、これくらいは問題ないだろう。

 どうせ無理なら「無理でした」ってタガが外れて、蕎麦や馬刺しやソースかつ丼を堪能するグルメ日記に途中から変更してしまえばいいのだ。


 取得した夏休みは11月2日から6日までの四泊五日。

 ただし5日には、仲良しの友人たちと一緒に温泉旅行をする約束だ。

 彼らは東京から特急あずさで向かってくる。午後1時には松本駅に迎えに行く。

 それまで「おやきしか食べてはいけない」ひとり旅。

 そうして私は、愛車にわずかな着替えと一眼デジカメを積み、出発した。



 では、ここで旅のコンセプトをご説明しよう。


・期間は11月2日の長野県侵入後~5日の午後1時まで

・長野県に滞在中はおやきしか食べてはいけない

・期間中は長野県から出てはいけない

・1フレーバー(具材)につき、1回のみ摂取可能

・フレーバーのジャッジはおもに商品名で判別する。重複すればそれは摂取済として食べられない

(なす、田楽でんがくなす、田舎いなかなす等は全て「なす」)

(つぶあん、こしあん、あずきあん、あんこ等は全て「あんこ」)

・調味料はフレーバーではないのでセーフとするが、フレーバーが被ったらアウト

(ネギ味噌みそ、ふき味噌、くるみ味噌の味噌はセーフ、でもくるみ味噌とくるみあんはくるみ被りでアウト)

・風味、形状比喩はフレーバーと関係なくセーフだが、フレーバーが被ったらアウト

(ふわふわ、もちもち、甘辛、ピリ辛、そば皮などは、フレーバーで判断)

・飲料からのカロリー摂取もご法度はっととする。日中はお茶かミネラルウォーターとする

・運転終了後のビール等の晩酌はセーフ。ただし、おつまみはおやきのみとする

・県内滞在中はスマホ、PCでのおやき店舗検索は不可。あくまで車両走行など自然に旅の最中に見つけた店だけで購入する

・フレーバージャッジ(具の判断)に関してのみ、スマホ・PC使用可とする

・県内で得てよいおやき情報は、人尋ね、街道沿いの看板、観光案内所、広告、パンフレットのみ可とする

・食べられなくて飢え死ぬ前のために「泣きの1回」可能(いずれかの1フレーバーのみ1個だけおかわりできる)



 以下は旅の注意点、もとい想定される危険ポイント。

 特に気をつけるべきは具材被り。

 観光客向けに、美味しいとこ取りしましたみたいに具材を混ぜた「ふき野沢菜」や「なすしめじ」的なものを選んでしまうと、一気に2フレーバーを失ってしまう。

 おやきひとつを選ぶのにも商品名をよく確認し中身の具材を判断する、細心の注意が必要なのである。


 また、さらに大事なのはおやき界の重鎮であり、知名度・人気とも抜群に優れている「野沢菜」「切り干し大根」「あんこ」のいわゆるBIG3を選ぶタイミングだ。

 旅の冒頭に最初から調子に乗ってBIG3を選んでしまった場合、レアフレーバーがゲットできない移動の間、食べるものが無くなってしまう恐れもある。

 最悪、食べられなくて飢える可能性もあるので、BIG3だからと言って安易に手を出さず、慎重に時期と胃袋の空腹状態を知る必要があるのだ。


 おやき好きの人間はおやきだけを食べて長野県内で生きることができるのか?

 これは最高に馬鹿馬鹿しいが嘘偽りないノンフィクションである。

 旅はいよいよ始まる。

 なお本文中の日時、曜日、固有名詞は全て2016年当時のものである。



 11月2日(水)13:00


 旅行初日。唐突に場面は上信越自動車道となる。

 群馬県との県境である碓氷うすい峠を越え、長野県最初の地、佐久平さくだいらパーキングエリアに到着した。

 長野県に侵入したので、いよいよ企画開始。

 おやき狩りの時間だ。県内のおやき達が今や遅しと待っているであろう。

 ちょうどお昼どきなんで、ちょいと小腹を満たしにパーキングエリアの売店なんぞうろついてみる。


 県内メジャー観光地には数多あまたのおやき専門店や売店があるのは承知している。だから、こういう高速パーキングエリアみたいなライトでお手軽なところには、BIG3以外にもスナック感覚のフレーバーがあるはずだと読んだ。

 ほらほら、さっそく読みが当たりましたよ。

 観光客目当てのお手軽フレーバーがあるじゃないですか。

 前のめりで売店で3個所望した。


 まずは「イタリアン」。

 中身は辛めのトマトピューレにコンキリエ(貝状のパスタ)とたまねぎ。

 うーむ……しかし冒頭からイタリアンとは抽象的な。

 調味料ではないが、フレーバーは厳密に言えばパスタとたまねぎ……。

 今後の旅で「洋風」「地中海風」「ハワイアン」などのおやきがあった場合、厳密に具材で判定すべきか、料理名として判定すべきか……。

 それでは、これはこのまま「イタリアン」ということで「イタリア風」をうたったものは以降アウトということにしておこう。「ローマ風」「ミラノ風」「ナポリ風」なども全てアウトだ。あるかは知らんが。


 そしてもうひとつが「キーマカレー」。具は小ぶりカットの野菜とひき肉で、その名の通りカレー味だった。

 カレーは料理名か香辛料か? 悩ましいところだが、これも「イタリアン」よろしくカレーの名を冠したものは、以降アウトにしてしまおう。


 最後が「こねつけ」。

 これ何の具だろう?と思って買ってはみたが、さっそくフレーバージャッジのためにスマホを手に取る。店舗検索で無ければネット使用はセーフだ。

 どうやら「こねつけ」とはこの地方の郷土食。

 おばぁが釜に残ったおこげの米を半ごろしにして、くるみ味噌で和える、五平餅ごへいもち的なものらしい。

 しかし中を半分に割ってひとくち食べるも、焦げ茶色の濃いめの味噌の中には、米の存在を強く感じさせることはない。うぬ~……仕方あるまい。

 さすがに「こねつけ」フレーバーは「くるみ味噌」と認定しよう。

 これで「くるみ味噌」はもう食べたことになり、アウトになるという寸法だ。


 しかしパーキングエリアの売店向けに作られ、保温機に入れられた肉まんのようなヘニョヘニョの皮。おやきというか、見たまんま肉まんの白い皮だった。

 おやきと言えば、そば粉を混ぜたり、囲炉裏いろりの灰の中で焼いた少し茶色がかった、もっとパリッと堅い皮なんだけどな。

 そしてお値段もお手頃だったが、サイズ感ももっとお手頃で、子供の握りこぶしくらいしかない。ランチと呼ぶには物足りない量だった。

 しかし、すべてはフレーバーゲットのためだ。3個美味しくいただきました。



 さて。せっかく佐久平まで来たのだ。寄り道して軽井沢駅にでも行ってやろうか。

 他と差別化しないと目立たないだろうと、コンセプト系の店長のいる店がエッジを利かせて独創的になったり、自分探ししているうちに軽井沢でカフェを始めることにしました的な夫婦が、雑貨屋に併設した喫茶スペースで「ブルーベリーチーズ」とか「ストロベリークリーム」とか「カスタード」なんてのを作ってると思うのよね。

 しかし、なるべくなら王道のおやきを食べたい。

 私は上田菅平インターで高速を降り、JR上田駅に向かった。

 うん? こののぼり旗は……。

 あ~、そうか。大河ドラマ放送の真っ最中ではないか(筆者註:「真田丸」)。

 それで高速降りてからも、街のあちこちで六文銭してるんだ。


 もちろん目当てはおやきだが、メジャーなタイミングでメジャーどころをイジってしまうと、大量の観光客に風情を壊されるため寄ってはいけない、というのが私の旅の暗黙のルール。

 数多くの売店や門前町が期待できる上田城なんかを敢えてスルーしつつ、駅前や新幹線乗り場のお土産処を当たってみるも――。


 う~む、BIG3ばかりではないか。

 こんな旅の冒頭からいきなり「野沢菜」とかの大御所を失うのは怖いなぁ。


 まぁきっと次があるさ、と移動。


 国道18号から千曲川ちくまがわ沿いに北進して、道の駅「上田」に寄るも、おやき売店はことごとくBIG3で全くアタリなし。

 おいこら、六文銭。いったいどーなってるんだ。


 仕方ないので、ちょっと良さげな観光タウンなら、おやきの生存確認ができるかもしれない。

 本日の宿は長野インター付近に押さえていたので、長野市街に慌てて向かう必要もないだろう。

 戸倉とくら上山田かみやまだを抜けて、屋代やしろから松代まつしろ城のほうに向かってみた。


 松代の城下町に到着した。なにやら真田邸というものを発見する。

 大河はずっと観てるが、松代がいつの頃の真田さんの誰の邸宅かは全く分からず。歴史が頭に入らない惰性で視聴する者の典型。

 というか、おやきの前では今は六文銭など「黙れ小童こわっぱ!」なのだ。


 城下町をそぞろ歩いていたら、ほらね、ちゃんとあるじゃない。

 私の見立てってのは、だいたい当たるんだから。

 信州名物、門前おやきの「おやきや総本家」さん。

 店舗に掲げられた、お地蔵さんの絵が可愛らしい。

 しかも、囲炉裏か何かで焼いてくれるんだって。こりゃ期待しちゃうね。


 しかし、六文銭パワー恐るべし。

 この日は平日だというのに、有閑でリッチでお年を召したツアー観光客たちを乗せた大型バスが続々と押し寄せる。

 15時でまさかの全商品売り切れ。


 そして、分かってはいたことだが、おやきなんか要するに小麦粉製品だから、凄い腹もちが悪いのだ。パンも不思議だ。美味しいのにすぐ空腹になる。某ハンバーガーチェーンなんてカロリーはしっかりあるくせに、スムージーかよというくらいに消化が早い。

 さすがに昼に食べた小ぶりのおやき3個だと小腹が空いてきた。

 仕方なしに、長野駅の方まで向かって、新幹線乗り場か近くのデパートを散策するしかない。


 同日15:30

 諦めかけて長野市内をトボトボ車を進めていたら。


 おぎのやのドライブイン長野店ですって。

 峠の釜めしで有名なおぎのやさん。

 私ら鉄道好きは、旧・中山道の峠のドライブイン「玉屋」さんを鉄道遺構の聖地として強く推す。なんせまだ新幹線も無く、碓氷峠を信越本線がEF63重連をくっつけて走っていたのを知っているのだから。年齢がバレる。

 おぎのやさんは、高速道路で一般道で新幹線で在来線で、立派に多角経営をされてらっしゃるから、だいじょうぶじゃないかしら、と思ったがいちおう寄る。


 ところが、店内にはおやきがあった。

 フレーバーは「しめじ」「かぼちゃ」そして「釜めし」。


 おい、釜めしってなんさ? と思ったが、背に腹は代えられない。

 目新しいフレーバーも見つからず、ちょっと意気消沈してたので、すぐに買おう。


 でも、これ冷凍品なのだった。

 自然解凍で1日もちますって言われたけど、いつ食べられるんだろうか。

 夕方近くで、しかも平日だからか、店内の客はまばらだった。

 週末ならおそらく大量のおやきが並んでいたであろう保温機も、今は電源も落とされて所在無さげにレジ脇に佇んでいた。店内で買えるおやきは冷凍品ばかりだ。


 とにかくこれで夕飯はなんとかなりそうだ。

 さっさとホテルに向かって、明日は朝から観光地を回り、おやき狩りをすることにしよう。

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