タイムマシンを発明したので、親殺しのパラドックスを検証してみることにした
青水
タイムマシンを発明したので、親殺しのパラドックスを検証してみることにした
天才発明家の俺は、おそらく史上初めてタイムマシンを作った発明家だろう。理論上はこれで過去にも未来にも行くことができる。ただ、あくまでも『理論上』なので、実際に使ってみないと、正確なところはわからない。
『親殺しのパラドックス』というものがある。
ある人物が過去に行って、自らの親を殺す。どちらか片方――あるいは両方――が死んだら、その子供である自分は生まれない。自分が生まれなかったら、親はその人物に殺されることはない。親が殺されなかったら、その人物は生まれる……。
といった、パラドックスである。
つまり、俺がタイムマシンで過去に行って、父か母を殺したら――どうなるか? タイムマシンの実証実験のついでに、親殺しのパラドックスを検証してみよう、と考えているのである。
俺の推測だと、親を殺すことができると思う。俺が親を殺すことによって生じる矛盾は、世界の分岐(分裂)によって解決されると思う。
つまり、俺が親を殺した瞬間、『親が殺された世界』と『親が殺されなかった世界』に分岐する。『親を殺した俺』がいる世界の過去では『親は殺されなかった』。この世界で俺が殺した親は、殺した瞬間分岐した『平行世界の親』である。『平行世界の親』は俺によって殺されたので、その世界では『俺』という人間は存在しない。
自分で考えていて、こんがらがってくる。まあ、頭の中であれこれと複雑に考えていても仕方がない。行動あるのみ、だ。
俺はタイムマシンに乗った。フォルムは車に近い。時をかけるシステムに、フォルムは直接的な影響はないので、普段乗っているセダンに似せた。シートに座り、ディスプレイを操作する。向かう時間を秒単位で調整する。俺が生まれる前、母が俺を腹に宿したであろう日――クリスマスイブの夕方6時ジャスト。
調整を終えると、起動ボタンを押して目をつぶる。目を開けていると、時間酔いをする可能性が高いことが、理論構築中に明らかになったからだ。といっても、目をつぶっていれば、絶対に酔わないというわけではない。酔いにくいというだけだ。車に乗りながらゲームや読書をすると酔うのに似ている。
すぐに頭がぐわんぐわんと揺れる。目を開けて、タイムマシンの外の様子を見たかったが、やめておく。酔って嘔吐して、タイムマシンが壊れてしまったら目も当てられない。俺は時間と時間の狭間に取り残されてしまう。もちろん、助けなんか来ない。俺は一人孤独に餓死する羽目になる。それだけは避けたい。
耳を澄ますと、わずかに駆動音がする。ウィーン……という音は、耳障りというほどではない。やがて、その音がなくなり、今度はカラスがカアカアと鳴く声が聞こえる。過去に到着したのだ。
目を開ける。
俺は人気のない林の中にいた。悪くない。もしも、どこかの大通りに到着していたら、このタイムマシンをどこに置いておくか、諸々の問題に悩まされていたことだろう。ここなら、タイムマシンを放置していても、おそらく誰もやってこない。そのあたりのことも考えておくべきだったな、と反省。
俺はタイムマシンを降りると歩き出した。15分ほど大股で歩くと、林(?)から抜けられた。土がむき出しになった道を歩き、アスファルトにひびが入った道を歩き、マンションが林立する住宅街にたどり着いた。
「懐かしいな……」
幼いころの記憶をたどり、両親の住んでいるマンションを探す。マンションはすぐに見つかった。504号室に向かう。もちろん、鍵はかかっているが、俺が発明したアイテムがあれば、この時代の鍵なんて一瞬で開けることができる。チェーンがかかっていたら、少々面倒だったが、幸いかかってなかった。
中に入る。靴を脱ごうか考えたが、結局脱がずに廊下を静かに歩く。懐から切れ味鋭い折りたたみのナイフを取り出す。
両親から今日の――クリスマスイブの話は聞いていた。この日は朝からデートし、夕方5時前後に帰宅。それから、母が作った料理の数々に父が舌鼓を打っていたとか。なので、両親が家にいることは間違いない。間違いないはずなのだが――。
「人気がない……。誰もいない……?」
俺は呟いた。
3LDKの家の隅々を探したが、両親はどこにもいなかった。
これは一体どういうことなのか? 俺がタイムマシンで過去に来たという事実が、諸々の過去を変えてしまったのか? いや、それはないのでは……? では、俺が過去に着た瞬間、俺のいる世界は平行世界へとシフトしたのか……。
「くそっ! わからん」
リビングのソファーに座って頭を抱えていると、廊下とリビングを繋ぐドアがキイイ、と開いた。両親が帰ってきたのか、と思ってそちらを見たが、そこにいたのは見知らぬ少女だった。
「あなたのご両親はここにはいませんよ」
「お前は誰だ?」
「私は『機関』の者です」
「『機関』?」
世界を守る秘密結社か何かなのだろうか? 少女は未来的な制服を着ている。現代ではお目にかかれないような。もしかして、未来人か……?
「困ります、××さん」少女は言った。「あなたは『親殺しのパラドックス』を検証しようとされているのですね?」
「……ああ」
「困るのです」少女は言った。「あなたが『親殺し』を行えば、あなたの推測通り、世界が分岐します。つまり、平行世界が生まれるわけです」
「それの何が困るんだ?」
「『親殺し』だけではありません。『過去改変』あるいは『未来改変』を行えば、あまりに多くの平行世界が生まれる」
「それの、何が、どこが、困るんだ?」
俺はもう一度、今度は強めに質問した。
「世界を一つ生み出す――生まれるためには、多くのエネルギーが必要となります。平行世界が不必要に大量に生まれれば、莫大な量のエネルギーが消費され、世界が歪むのです」
「世界が歪む?」
「ええ。世界が歪みあちこちに綻びが生じる。それは段々大きくなっていき、やがて取り返しのつかないことになる――」
「それは?」
「世界の滅亡」
壮大な――壮大すぎる話に、俺は思わず笑ってしまいそうになった。しかし、この少女の話がまったくのでたらめとは思えないし、ありえないと完全に否定することもできない。
「……それが事実だとして」俺は言う。「俺の『親殺し』を止めようとあんたがやってきた。この行為もまた、平行世界を生み出すことになるのでは?」
「その通りです」少女は認めた。「ですが、『親を殺すこと』と『あなたを止めること』を天秤にかけると、後者の方が随分エネルギーを減らすことができる」
どうして、そうなるのかは俺にはわからない。ただ、確たる証拠があるから、彼女はこうして俺の前に現れたのだろう。被害を最小限に留めるために。
「それで? 俺をどうするつもりだ?」
「拘束します」
その瞬間、少女の人差し指の指先から何かが放たれた。一瞬の閃光の後に、俺は床に倒れた。電気ショックの類だろうか? 体がけいれんして、自由に動けない。まるで、魔法のようだ。
「もちろん、殺したりはしません。ただ、あなたの作ったタイムマシンは没収させていただきます。あとそれと、あなたが今後、このような愚かしい行為を行わないように、記憶を一部消去させていただきます」
少女の後ろから、黒服の男たちがやってきた。彼らは俺の体を担ぎ上げ、どこかへ連れていく。マンションから降りて、車の中に放り込まれたところで意識を失った。
◇
「なあ、天才発明家のお前なら、タイムマシンを作ることもできるんじゃないか?」友人が言った。
「馬鹿馬鹿しい。タイムマシンなんて作れるはずがない。もしも未来にタイムマシンがあったとしたら、未来人が過去にやってきてるはずだろ? だが、それらしき人はいない」
「ネットに未来人と思しき書き込みがあっただろ。あれは?」
「あれは嘘だよ。未来のことなんか、適当に言えば一つくらいは当たる。もし当たらなかったら、『私が書き込んだせいで未来が変わった』とかなんとか言えばいいだけの話だし」
「そうかー」
友人は店員にコーヒーのお代わりを頼んだ。
「話は変わるけど、『親殺しのパラドックス』ってあるじゃん」
「あれだろ? 過去に行って自分の親を殺す。そしたら、子供である自分は生まれない。でも自分が生まれなかったら、親は殺されることはない――ってパラドックス」
「そうそう」友人は頷いた。「あれ、どう思う?」
「どう思うって?」
「行ったら、どうなるのかって話」
「さあな。俺の推測だと――親を殺した瞬間、『親が殺された世界』と『親が殺されなかった世界』に分岐する。『親を殺した自分』がいる世界の過去では『親は殺されなかった』。この世界で自分が殺した親は、殺した瞬間分岐した『平行世界の親』である。『平行世界の親』は自分によって殺されたので、その世界では『自分』は存在しない」
「あー、わけがわからない」
「俺も自分で言っていて混乱した」俺は言った。「そんな架空のパラドックス、考えるだけ無駄だよ」
正解が何なのか、検証することはできないのだから――。
友人のコーヒーのお代わりを、店員が運んできた。
俺たちの奥の席の客が、伝票を手に立ち上がった。未来的な服を着ている。今時の若者は変わった服を着るんだな、と思った。
俺が少女のことを見ていると、ほんの一瞬だけ、彼女と目が合った。彼女は薄く微笑むと、会計をしに向かった。
タイムマシンを発明したので、親殺しのパラドックスを検証してみることにした 青水 @Aomizu
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