第38話
音楽と一緒に溶けてしまえたらいいのに.
このまま,ゆらゆら.
推しと同じ時代に生まれて,
同じ空気吸って,
遥か彼方まで繋がった空の下で存在する事が,
何だか奇跡だった.
昼休み.
相も変わらず,
サクラは音楽室の前で楽譜トントン.
音楽室では,優雅な合奏中.
帰り,
本当は,どんなつもりで聞いたの?
聞こうか聞くまいか…
サクラの動く指を見つめながら思ってた.
八雲は来るんだろうか.
そわそわ後ろを振り返って見てると,
「八雲くんは来るわ.
メンタル強いもの.」
とサクラが言った.
「あぁ.」
だといいんだけどな.
階段から上がってくる八雲と目が合った.
逃げんなよ.
走んなよ.
頼むから.
普通に歩いてきて,
音楽室前で目を閉じて,
ゆらゆらした.
「なぁ.」
声掛けると,
目を開けて気怠そうな顔をした.
手のひらを上げて,こいこいすると,
八雲は静かに付いてきた.
踊り場に着くと,
「何.」
と一言…
何だか態度が違わん?
「サクラから聞いたけど,
クルミに誘われたんだって?
何だか複雑で,なかなか背景入ってこない.」
「何か,あんたに関係あるんすかね.」
八雲が噛みつく.
「いや,あの流れ.
コノハ先輩が八雲の事好きなのかと思って.
確かに関係ねぇんだけど.
何だか巻き込まれた感があって…
そのまま見て見ぬふりしてもいいもんかと.」
八雲が腹から笑った.
「そう見えました~?
はぁ面倒.」
何だか,こっちも面倒で投げたくなった.
「好きとか嫌いとかの次元じゃないんですよ.
こっちは.
クルミの音どう思いますか.」
八雲が真面目な顔で聞く.
「綺麗な音色だと思うけど.
そもそも,どの音色が正しいかなんて
分からない.
今まで,楽器とか遠かったし.」
「僕はクルミの音色で,どんな様子か分かる.
気持ちや体調が.」
「凄いんだね,超能力?」
「クルミの事だけね.
僕は,ずっとそばで見てきた.
誰よりも.
だから,もう僕はクラリネットが
続けられないって思った.
コノハ先輩も,このまま続けられないって
思ったんじゃないかな.
アルトサックスって一人でも吹いて
様になるでしょ.
ジャズとかも出来るし.」
「いや,ごめん.
全く分かんない.」
「まぁ,いいや.
才能に触れて,
憧れて,
頑張って…
結局,逃げんだ.
だけど,クルミの耳が聞こえなくなって…
声をかけたよ.
また,クラリネットをって.
試したのかもしれない.
音色は変わりなかった.
ただ,本人聞こえてないだけ.
そう,思ってたけど…
やっぱり,
音色が違うんだ,よく聴くと.
クルミの混乱とか焦りと悲しみとか,
悔しさとか,やるせなさとか.
混じるんだ…
やっぱ,聴いていられなかった.
僕が,呼び戻したのに.
聴いていられなかった.
僕が耐えられなかった.
聴き続けるべきなのに…
また,逃げたんだ.
僕は.」
「…逃げても良いと思うよ.
そういう時もあるよ.
俺も逃げた.
現実に目を向けずに,
そんな時間も大切だと思う.
皆が皆,強靭じゃないよ.
だって,人間だから.
でもさ…
お前,また聴いてるじゃん.」
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