第83話 あらためて意識する貫太郎の文花への想い



 

 同日午後8時。

 貫太郎は曽山刑事と共に市内の聞きこみから高砂警察署にもどった。文花と別れたあと、善財母子や地元紙記者の周辺を洗ったが、目新しい事実は発見できなかった。


 毎夜行われる捜査会議で、貫太郎は文花から提出された写真について報告する。


「こいつはまたなんともはやだな。知らずに撮られた本人が見たら、さぞかしぶったまげるだろうて。それにしても、腐っても出版社だよなあ。撮るアングルがイチイチ決まってるよ。ちょっとした報道カメラマン並みじゃねえか。いや大したもんだよ」


 矢崎刑事課長の率直な称賛に、貫太郎はなぜかケチを付けたくなった。


「でも、撮影した香山は営業部長ですから、編集とは直接の関係はありませんよ」

「そうは言っても、門前の小僧だろう。ん? いやにムキになって、どうした?」

 ふたりの珍妙なやり取りを、横合いから曽山博史刑事が面白そうに眺めている。


 ――午前中の2時間の別行動の件、あれはオフレコだからな。


 目の端で釘を刺しながら、貫太郎の胸に、とうに大人になった現在も、高校時代のように「さ行」の発音が危うく聞こえる、文花の舌足らずな口調が甘くよみがえって来た。


 聡明かつ情愛あふれる漆黒の眸。

 右目の下の小さな泣き黒子。

 ぼうっとけむるような眉。

 すっと通った細い鼻梁。

 ふっくりとした蕾の唇。

 華奢でスリムで儚くて……。


 文花のことを想うと、柔道で鍛えた分厚い胸が疼いて仕方がなかった。

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