第81話 高砂警察署に保護経験のある愛犬・ユキマロ


 

 相手の感触をたしかめた文花は、さりげない話題から入るトーク作戦を採る。


「あっ、そうだ。忘れていたわ。あのね、うちの母がくれぐれもよろしくって」

「文花のおかあさんが? おれに?」

 貫太郎は怪訝そうな顔をする。


「ううん。乾くんに、じゃなくって、高砂警察署のみなさんに……」

 慌てて補足しながら、文花は粗忽な自分にひょこっと肩を竦める。

 言われた貫太郎は、いっそう意味が分からなさそうだ。


「極寒のバレンタインデーの夜、うちの犬を保護してくださったんですって。街中を放浪しているうちに、自分で警察署の玄関に入って行ったみたい。ご連絡いただいた母が迎えに行ったら、達磨ストーブの横で、スヤスヤ寝息を立てていたんですって」


「初耳だなあ。それって、いつごろの話?」

 よかった、貫太郎も興味を持ってくれたらしい。


「わたしが東京の学生だったころのことよ。そのときの刑事さんがふるっていてね、『この子ったら自分で警察に出頭したのですね』と申し訳ながる母に、『いやいや、奥さん、ちがいますよ。この子、別にわるいことをしたわけじゃないんだから、出頭じゃなくて保護を願い出たんですよ』って、誤りを訂正してくださったんですって」


 この手のエピソードが大好きな文花は、思わず膝を乗り出して貫太郎に報告する。


「へえ、そんな洒落た刑事、うちの署にいたかなあ? もっとも、迷い動物の担当は生活安全課だけどね。それにしても賢い犬だよね。夜間はうちの署の周囲は真っ暗になるけど、ここに入って行けば安全だと、それこそ動物的勘が囁いたんだろうね」


 打った途端に響いてくれる貫太郎が、文花には、とてつもなく愉快だった。


「そうなの! 高砂警察署の玄関って、石の階段を何段も上ったところにあるんですってね。訳もわからず国道を歩いていて、よく安全な建物が一発でわかったなって、刑事さんたち……じゃなくて生活安全課の方々? とにかく私服の警察官が十数人もゾロゾロと出て来て、眠っている犬を取り囲んで、やんやの大騒ぎだったそうよ」


 話の途中で文花はたらたらの犬自慢になっている自分に気付いたが、自分や人間の家族のことではなく、動物家族の自慢であれば、だれの耳も汚すまいと思い直した。


「で、その子、なんていう名前の犬種?」 

「ミックスだよ。処分寸前の子を保健所から引き取ったから、前身はちょっと……」


 文花の返答が予想外だったのか、貫太郎は、はっと意表を突かれた表情になった。

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