第80話 乾貫太郎は文花の初恋の人?
4月9日(月)午前10時。
駅の駐車場に車を停めた文花は、乾貫太郎刑事の待つ老舗喫茶店へと急いだ。
ドキュメント写真集『映画「See you again! ジロー」主演女優殺人事件』に掲載する予定の写真のうちで、事件の参考になりそうなカットを渡すことになっている。
仄暗い階段を上って重厚な扉を押すと、窓際の席の男が文花を見た。
乾貫太郎だ。
――刑事はふたり一組で行動すると聞いていたけど、もうひとりは?
それらしき人物は……見当たらない。
貫太郎がひとりなら、なお好都合だ。
自分でも意外だったが、文花の胸に甘酸っぱいものが、ずんと湧き上がって来た。
3年間も同じクラスで勉強したのに、ろくろく言葉を交わした記憶もなかったが、正義&廉潔&生真面目を足して二乗三乗したような貫太郎の面影は忘れがたかった。
「ごめんなさいね、お忙しいところ、わざわざ時間を作っていただいて……」
急ぎ足で近付いた文花は、内心の動揺を隠しながら敢えて他人行儀を装う。
「いや、こっちこそ。署では落ち着かないから、こんなところで申し訳ないです」
店の人が聞いたら気をわるくしそうな返答をかえしながら、貫太郎は頭を下げる。
「あの……もうおひと方の刑事さんは?」
「別件ができて、この時間は別行動です」
貫太郎はエスプレッソ、文花はカフェラテを注文すると、気まずい空気になった。
「卒業以来だから、8年ぶりかしら。すっかり貫禄が付いて、堂々たる刑事さんね」
間を持たせようと話しかける文花の目を、貫太郎は正面から見ようとしない。
――まだ抜けていないのね、高校時代の癖。
いい、いい。
擦れていないのって、すてきよ。
「そういうことに、なるかな。きみも……そのう、少しもお変わりなくて……」
社交辞令が板につかないところも、ますますいいわ~。
文花の胸はさらに高鳴った。
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