第77話 利用する方&される方、肚の探り合い

 


「じつはそのことで、辣腕記者の上原さんに折り入ってお願いがあるんですよ」


「なんだい? 改まって」上原和也は、一瞬、臆病そうな警戒を滲ませたが、すぐに、「で、どんな? ふうかりんのことだから、さぞかし可愛らしいおねだりなんだろうな。いいよ、なんでもやってあげるよ。ただし、ぼくをその気にさせてくれたらだけどね」にわかに優位に立とうと画策する小心ぶりが、文花には片腹痛い。


 店内に気を配り、それとなく耳をそばだてているマスターの目も気になる。

 だが、潰れかけた翡翠書房の再生のためには、取るに足りない私心である。


「加速する一方の出版不況で、うちの経営が楽ではないことは申し上げるまでもありませんよね。正直、いつ潰れてもおかしくありません。で、結論からお話しますと、昨日の一件をネタにして、丁半博打のひと儲けを企む計画を立てたんですよね」


 露悪的な文花の口説を面白そうに聞いていた上原和也は、にやりと口を歪めた。

「清貧を貫いて来た翡翠書房さんとしては、また、思いきった方針転換だねえ」

「あざぁっす」

 照れ隠しに、文花は草薙隼太郎の口調を借りた。


 だが、上原和也はさらに意地悪に、

「けど、それ、きみの発案じゃないでしょう。香山さんだっけ? あの営業部長が、あざとい儲け話を思い付き、きみに広報係をゆだねた……どう、図星でしょう?」


 野次馬のように無責任な面白がりに、文花は、内心でむっとする。

 欠席裁判の酒席で、不当に貶められる香山部長が哀れでもあった。


「いえ、それが今度ばかりはわたしなんですよね、恥も外聞もない企画の言い出しっぺ。裏を返せば、もうきれいごとを言っていられない状態にまで来ているんです」


 憤りを収めながら打ち明けると、上原和也は初めて記者として本気の顔を見せた。

「そうなんだ……。で、その企みって、なに? おれ的に超興味があるんだけどお」


 ――しめた!


 聖女の女郎蜘蛛が張った網に、上手く引っ掛かってくれた。

 内心の快哉を微塵も見せず、文花は会話を引っ張ってゆく。


「それより先に、通信社さんに協力していただけるかどうか確約をいただきたいわ。だって、せっかくの企画が同業他社に漏れたりしたら、それこそ命取りですもの」


 前社長の出奔の混乱に乗じて企画を持ち出し、社員まで引き抜いて起業した卑劣な男がいた。いまも各地で企画がバッティングし、経営圧迫の最大要因になっている。


 ――口の軽いブンヤに、面白半分に吹聴されたりしたら堪ったもんじゃないわ。


「ふうかりんが困るようなこと、おれがするわけないでしょう。だけど、肝心の企画の内容がわからないんじゃ、約束のしようがないよ、大人の話として。でしょう?」


 どこまで本気か、そらっとぼけた口調の上原和也に、文花は冷然と告げる。

「じゃあ、この話は、なかったことにしてください。他紙に当たりますから」

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