第75話 恋の駆け引き、ないしは商売の……



 ――アルコール度を控えておきますね。(^_-)-☆


 文花の父親のような年齢のマスターの、ありがたい気配りである。

 さり気なく微笑み返した顔を、そのまま横に向けた文花は、さっそく前説に入る。


「ごめんなさいね、とつぜんお呼び立てして。お忙しい時間だったんでしょう?」

「まあね、ブンヤには週末もへったくれもないからね。けど、たとえ取材中だって、ふうかりんからのお誘いなら、仕事なんかなげうって、速攻で飛んで来ちゃうよお」


 甘え口調で答えた上原和也は、まんざらでもない様子で脂さがってみせた。


「そうそう。お礼とお詫びが遅くなりましたが、昨日は本当に申し訳ありませんでした。ご多忙中、記者会見に駆け付けてくださったうえ、打ち上げにも参加していただき、挙句の果てに、警察の事情聴取まで受けていただく羽目になってしまって……」


 皮肉っぽく聞こえないように気を付けながら、文花は小鳥のような口調で詫びた。


 ――シャカシャカ、シャカシャカ……。


 見映えのいい位置でシェイカーを振るマスターの耳を憚ったつもりだが、となりの鳥男の耳もとに、秘密めいた息吹きを吹きこんでやる効果もしっかり計算している。


 不幸にも空中分解した両親を間近に見て育った文花は、思春期に進むに連れて男性への不信感が募り、28歳のこの歳まで、一度として真剣な恋愛の経験がなかった。


 だが、牡としての男性が、牝としての女性の、どんな仕草に弱いかは、本能的に知っている。それに、鳥男が牝にとって、極めて危険なタイプの牡である事実も……。


 ――ちょいワルというのかしら。


 この手の男に惹かれてしまう女性の気持ち、わからないでもないよね。

 真面目一辺倒な香山部長なんかより、ぞっとするほど色気があるもの。

 文花自身だって、ちょっと気を抜けば、簡単になびいてしまいそうだ。


 ――危ない、危ない。


 あくまで仕事上の付き合いなんだから、任務遂行が第一義。

 強がってはいても、歳のせいか、近ごろ、しきりに頼りにしてくれ始めた諒子社長のためにも、幸せになれない色恋沙汰だけは、絶対に避けなければならなかった。


「商売柄、警察には慣れているからね。まあ、だいたい、あんなものでしょう」

 上原和也は磊落に答えてみせたが、実際は神経質のかたまりゆえ油断ならない。

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