第65話 大道具製作中の「幕間」の作業場にて


 

 午後3時半――。

 貫太郎と曽山刑事は、日暮里駅からバスで20分の密集した住宅街にいた。


 古い木造アパートが並ぶ取り残された一画に「幕間」の作業場があった。

 大道具を製作中の現場から、脱色した髪にタオルを巻いた男が出て来た。


「ちょっと話を聞かせてもらえますか?」

 貫太郎が警察手帳を見せると、男はぎょっと立ち竦んだ。

「おれ、なにかしました?」

 臆病そうな目をしばたたかせたところを、ほっと安心させてやる。

「いや、きみじゃなくて、蔵前俊司さんと大野康平さんのことを聞きたいんだけど」


 ――なあんだ。早く言ってよ。


 緊張に強張っていた若い男の頬が一気に弛む。


「で、高砂警察署というと、例の主演女優殺し事件だよね。ピンポーンでしょ?」

 察しはいいが、くだらない饒舌はきらいだ。

 貫太郎は無表情で男の軽佻浮薄を無視する。


「大野さんのことは知らないけど、蔵前さんなら、わりと話をしますよ。もしかして殺人の疑いがかかってんっすか、彼? え、参考人? またまたあ。刑事ドラマじゃ容疑者も参考人って呼ぶよね。ないない、あの人に限って殺人なんて、絶対にない」


「それほどに太鼓判を押す理由は?」

「だってさ、蔵前さん、病気のおかあさんの面倒を見てるんだよね。いまどき珍しくすっげえ親孝行だからさ、大事なおかあさんを心配させるような真似、するわけないもん。それにさ、大の動物好きで、地べたの蟻も踏みつけられないような人だしさ」


 ――いくら親孝行で動物好きでも、殺すときは殺すんだよ、人間は。


 内心で突っこみを入れた貫太郎は、冗長過ぎて埒が明かない若者に催促する。

「ここの責任者に会いたいんだけど。不在ならナンバーツーでもいいんだけどね」

「ふたりとも本社に出かけていますよ」

「なら、大野さんと親しい人、いる?」

「待っててください。訊いてみますから」

 若者は、案外、気さくに引き受けてくれた。

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