第64話 苦労人・矢崎刑事課長に寄せる信頼
即座にエレベーターで上がって行った斎藤老人が、折り返し、自室から持って来てくれた怪文書には、極端な右肩上がりの手書き文字がゴロゴロと散らばっていた。
――なんだ、こりゃ?
悪筆中の悪筆と断定していいだろう。
「癖がある」
こんなに読みにくい、というか読めない字で、よく教壇に立っていられたものだ。生徒泣かせもいいところだっただろう。他校出身の曽山刑事に対しても恥ずかしい。
貫太郎は不機嫌に押し黙ったまま、母校の元教師による
*
マンションを辞した貫太郎は、赤羽駅前で矢崎刑事課長に二度目の電話を入れる。
「百目鬼肇も、おもに金銭面で、映画製作に少なからぬ不満を抱いていたようです。主演の林美智佳と直接の接触があったかどうかは不明ですが、著作権を含むギャラの分配を巡るトラブル絡みの犯行の可能性は十分にあり得ると、そう推察されます」
「田舎教師が書いた本がまぐれに当たり、おのれの分を忘れたっちゅうわけだな」
強欲な手合いが大きらいな矢崎刑事課長は、電話の向こうで舌打ちせんばかり。
「よおし、着々と進捗させているな。ご苦労。さすがはおれの見込んだ
苦労人の矢崎刑事課長のレスポンスはいつだって、ふたり一組で各地に散らばり、孤独な聞き取り捜査に従事する部下の心情をよくわきまえている。大好きな担任教師に褒めてもらった小学生のように、貫太郎は幸福な思いを深々と胸に充満させた。
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