第61話 暴かれる佐藤プロデューサーの過去
ギシギシ音を立てて古階段を上がって来る気配がした。
「おはようございます、団長。なにかあったんですか?」
ベレー帽の頭の先から現われたのは、くりっとした目鼻立ちの若い女性だった。
「なっちゃん、いいところへ来てくれた。おれ、刑事さんに疑われそうになってたんだよ」ことさらに大げさに訴えながら、相馬鉄心は団員の女の子に傍証を頼みこむ。
「西條千夏と言います。つい先日、20歳になったばかりです。ええ、甲府から出て来て、演劇の勉強をしています」貫太郎の問いに、女の子は悪びれずに答えた。
「佐藤氏の行状を訊きたいんだってさ。なっちゃん、かまわないから、正直にすっぱ抜いておやり。ううん、大丈夫。このところ、いっそうきつく締め付けられる一方のあそこの仕事は、そろそろ潮時かなと、ちょうど思っていたところだからさあ」
相馬鉄心にそそのかされた西條千夏は、あどけない口で結構な毒舌を吐き出した。
「たしかに、佐藤プロデューサーにはお世話になってはいます。ですけど、金銭的な実入りは、ほとんどないんですよね。恥ずかしくて言えないほどギャラが安いうえにピンハネまでされるので」
「会社に内密なのは、ピンハネだけじゃないよね?」
脇から相馬鉄心が、そそのかすように口を挟む。
「ほかにも、なにか?」
敢えて事務的に貫太郎が訊ねると、西條千夏はごくりと唾を呑んだ。
「この際だから、全部言っちゃいなよ、なっちゃん。やつの悪党ぶり、刑事さんたちに聞いてもらいなよ」相馬鉄心の教唆で、西條千夏はまがまがしい事実を証言した。
「役をもらう代わりに代償を求められたんです。渋谷のラブホテルに連れこまれそうになったところを、すんでのところで逃げ出しました。かわいそうに餌食になった子も何人かいますよ。うちばかりじゃないんです。あちこちでそんな噂を聞きました」
貫太郎は曽山刑事と顔を見合わせた。
――あの野郎、そんな卑劣をしていやがったのか。
津軽の田舎から単身上京して来た男の人生に、母子家庭の出身者として、ひとかたならぬ同情を寄せた事情聴取での記憶が、貫太郎の脳裏に苦々しくよみがえる。
「場合によっては証言してもらう必要が出て来るかも知れません、大丈夫ですね?」
貫太郎が念を押すと、一瞬、黙りこくった西條千夏はこくんと愛らしく頷いた。
*
ふたたび豚骨ラーメンの熱い湯気を浴びながら、錆びついた階段を降りる。
背中に張り付く視線から解放されたところで、矢崎刑事課長に報告電話を入れる。
「プロデューサーの佐藤三郎は、生殺与奪権を掌握している俳優やタレントに対し、やりたい放題だったようです。ですから、殺された林美智佳とのあいだにも、金銭、愛欲、その他諸々のトラブルがあったとしても、なんら不思議ではありません」
「そうか、ウラが取れたか。ご苦労だったな。その足で赤羽に向かってくれ」
僻地の巡査から叩き上げた矢崎刑事課長は、武骨な言葉でねぎらってくれた。
――人間ジャングルのような都会では、ことさらに、ぐぐっと来るんだよなあ。
「了解です」貫太郎はポリスモード(私服刑事用の携帯電話)に向かって敬礼した。
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