第60話 食えない演劇屋こと相馬鉄心の供述
「おれは相馬鉄心。28歳。ご覧のとおり、食えない演劇屋だよ。これから、皿洗いのバイトに行かなきゃだから、手短かにお願いできると、チョー助かるんだけどさ」
曽山刑事がメモを取るかたわらで、貫太郎は相手の目を見ながら突っこむ。
「では、さっそく。お宅の劇団には、何人のメンバーが所属していますか?」
「おれを含めて6人。たまに来るやつも入れると10数人ってえところかな。おれは一応、ここの代表でね、特権で事務所兼自宅に寝泊まりしてるってえわけ。ふふふ」
なにが可笑しいのか、ひとりでヘラヘラにやけている相馬鉄心の口もとから、ぷんといやな匂いが漂って来る。念入りな化粧はしても、歯は磨かない主義らしい。
「なるほど。で、こちらの『演劇集団・アラカルト』と『幕間』の関係は?」
核心を突く質問に、鉄心はファンデーションの下のまばらな髭面を歪めた。
「格好よく言えば外注っすよ。いわゆる社外スタッフ。ま、実態は、べらぼうに安いギャラで扱き使われる下請けっすけどね。この業界、そうやって成り立ってるんで」
「で、佐藤プロデューサーの対応はどうでしたか? 安上がりの外注さんへの」
貫太郎の問い返しに、相馬鉄心は音の鳴る薬缶のような怒りを噴き上げた。
「世話になっている身でなんですけどね、高利貸のようなあいつのおかげで、こっちは年柄年中、食うや食わずですよ。なにかと言えば圧倒的な力関係をちらつかせて、いやなら余所に頼むからいいなんて平気で抜かしやがる。世にプロデューサー多しと言えど、あんなに
「ほう。すると、佐藤プロデューサーを恨んでいる俳優やタレントは少なくないわけですな?」尻尾を掴んだ貫太郎の相槌に、相馬鉄心は得たりとばかりに勢いこむ。
「もちろんですよ、刑事さん。金の切れ目が縁の切れ目じゃないっすけどね、いつか関係を断ちきれるときが来たら、自分の手でやっつけてやりたいと思ってる仲間は、それこそ、ゴマンといますよ」「なるほどね。で、あなたもそのひとりなわけ?」
貫太郎の誘導で、おのれの失言にようやく気付いた相馬鉄心は平然とうそぶいた。
「いや、待ってくださいよ、刑事さん。ここんところで思うのと、実際にやっちまうのは別もんですよ……おれを疑ってるわけ? ならば無駄ですよ。あんなやつのために人生を棒に振るなんて、そんな割に合わない選択をするほど、おれ、馬鹿じゃないっすから。そこんとこ、ひとつ頼みますよ、刑事さん」最後は哀願口調になった。
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