第59話 新宿「演劇集団・アラカルト」の聞きこみ


 

 4月9日午前10時――。

 乾貫太郎刑事は、3歳年下の曽山博史刑事と共に新宿の雑踏を歩いていた。


 高砂とちがって、さすがに東京は温かく、スーツの上着が要らないほどだ。

 何度来ても迷いそうな新宿駅を抜け出すと、まず新宿署に挨拶に立ち寄る。


「高砂署から映画女優殺人事件の聞きこみ捜査にまいりました。御署の所轄管内にも立ち入らせていただきますが、よろしくお願いします」貫太郎が礼を尽くすと、捜査一課の先輩刑事たちがいっぜいにエールを送ってくれた。


「朝一番発ちかね? 遠路はるばるお疲れさん。目ぼしい成果が上がるといいね」

「赤羽署と日暮里署にも連絡しておくから、いちいち仁義を通さなくていいよ」


 教えられたとおり、都庁方面に真っ直ぐ歩いて十数分。これでも都心の一部なのかと思うほど鄙びた商店街の一画に「頑固一徹豚骨ラーメン」の真っ赤な看板がある。


 換気扇が吐き出す熱い脂を全身に浴びつつ、手摺が錆び付いた横の階段を上ると、「演劇集団・アラカルト」の褪せたプラスチックプレートが左下がりに傾いでいた。


「高砂警察署の者ですが……」

 声を掛けてノックすると、内側からドアが開いた。


 スレンダーなのに部位の筋肉の盛り上りが目立つ細マッチョ。栗毛のロングヘア。薄化粧を施した卵型の顔。モスグリーンのスウェット・スーツ。胸元や手首にジャラジャラぶら下げた、アフリカ系のアクセサリー……喉仏が三角に突き出ている。


 扉を手で押えて「なに?」意外なほど低いバスで短く問うので、「警察の者です」簡潔に返して名乗りながら、貫太郎は警察手帳を翳す。曽山刑事もそれに倣った。


 猜疑心の強そうな目で警察手帳の顔写真と、刑事ふたりの顔を交互に見比べていた男は、「遠方の警察が、なんの用?」当然ながら、いかにも不審げに重ねて来た。


「ある事件に関しての聞きこみ捜査です。『幕間』のプロデューサーの佐藤三郎さんについて、少々お訊ねしたいのですが……。まず、あなたのお名前と年齢、職業を聞かせてください」佐藤三郎の名を出した途端に、男はうんざりした顔付きになった。


「ちょっとお、佐藤氏、ついになんかやらかしちゃったの? それとも、殺されちゃったとか? いつか、やらかすか殺されるんじゃないかと思っていたんだけどねえ」

「ほう。そんな兆候が……」貫太郎は、さっそく手応えを感じる。

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