第58話 著作権料100万円VS版権料ゼロ円
映画の製作側との関係が捩じれてから、だれかの故意かと疑われるほど(いまから思えば、善財亜希子が間で阻んでいたのだろう)ぴたっと情報が入らなくなった。
――それならそれで好きにするがいい。
失敗したって当方の知ったことか!
匙を投げていた映画に思い入れが残っていようとは。
文花自身、ひどく意外であり、口惜しくもある。
「出来上がってしまったものはどうにもならないでしょう。それより、エンディングのスペシャルサンクスで、原作ではなく原案として『フリーター豚・ジロー』と翡翠書房の名が流れて行った……。あれは、わたしとしては、ちょっと切なかったわね」
話題を転換させた諒子社長も、抑えた口説のなかに無念を滲ませる。
映画が仕上がる直前、ほぼ半年ぶりに佐藤プロデューサーから連絡があったとき、諒子社長にも報告しておいたはずだが、いざ現実を突き付けられてみると、やっぱり複雑な思いが去来するのは人情として当然だよね、『フリーター豚・ジロー』の企画立案者&プロデューサーとしては……。自分の不始末のように、文花は申し訳ない。
「本当に残念ですけど、原作とは似ても似つかない恋愛譚に化けているんですから、客観的に見れば、まあ、妥当な線ではないでしょうか。あの甘ったるい内容の原作として位置づけられては、かえって当方が迷惑しますし……」
香山部長の言い分はもっともだったが、
「ええっ?! だってさあ、そもそもの始まりは、諒子社長が立てた企画なんだよ。なのに、まるっきり隅の方に追いやられて、そんなに名前が欲しけりゃくれてやると言わんばかりの扱いを受けるなんて、そんなのひど過ぎるよ、あんまりじゃないの」
「まあまあ、文花、いい大人が駄々をこねて」笑ってたしなめた諒子社長は、「こうして全体を俯瞰してみれば、すとんと胸におさまるわよね、全信とシネマビレッジが百目鬼氏に提示した100万円の著作権料の件も。かつて某高校に1匹の黒い豚が棲んでいましたとさというだけで、あとは本と重なるところがほとんどないですもの」
――え? 知ってたんだ、著作権料のこと。
いやな話だから内緒にしておいたのに。
人の口には戸が立たない現実を、文花はあらためて思い知った。
映画の製作側と原作の著者と版元、3者の関係がこじれながらも辛うじてつづいていたころ、何事も胸に納めておけない性質の百目鬼肇が映画製作の契約書のコピーを文花に送って来た。
これっぽっちの著作権料ではとうてい承服できない。版元からも抗議してほしい、いや、する義務があるだろう。ほとばしる怒りをそのままペンに叩きつけたような、右肩上がりの、ひどく癖のある金釘流の、便せん10枚もの分厚い手紙付きだった。
「あらあら、せっかくの食事が台無しね。さあ、気を取り直してドキュメント写真集『映画『See you again! ジロー』主演女優殺人事件』に取りかかりましょう」
諒子社長が朗らかに告げたので、文花も意識して快活な声で呼応する。
「そうね、重要なのはこれからね。みなさん、よろしくお願いしますね」
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