第56話 文花編集長と香山部長の微妙な関係
ぎょっと固まったが、それまで黙っていた諒子社長が太鼓判を押してくれた。
「その件なら大丈夫よ。ISBNを単行本コードでなく、雑誌コードで発売すれば、問題なくクリアーできるはず。万一のときは、わたしが清田社長に話を付けるから」
――格好いい!
さすがは諒子社長、いつの間に清田社長と、そんなに昵懇に?
文花は激賞したい気持ちを封じ、なるべく淡々とフォローする。
「まさにトップ会談というわけですね。いやはや、お見それいたしました」
文花のやり辛さを百も承知と見え、諒子社長もユーモラスに応じてくれる。
「あのねえ、なんのために映画化に当たっての版権料を辞退したと思ってんのよ? それに清田社長さんだって、当社のムックで映画がいっそう話題になれば、それこそ渡りに船、あるいは濡れ手に粟かしら? とにかく、否と言うわけがないでしょう」
「あの、俳優以外の肖像権は大丈夫でしょうか?」
念を入れての心配性は、やはり植村部長だった。
「映画という最大の露出に関わる以上は、どこまでも付いてまわる宿命でしょうね。けれど、その覚悟があってこその関係者でしょう」諒子社長はやさしく却下する。
――プロはいいとしても、善財母子のようなアマチュアの場合はどうだろう?
昨夜の豪語と矛盾するようだが、植村部長の心配性に触発された文花の胸を一抹の不安が掠めていったが、すべてのことを徹底的に商売に利用し抜いてやるという覚悟に、いささかの揺らぎもなかった。
「香山部長、早急に緻密な販売戦略を練ってください。またとないセンセーショナルな企画を、従来のように、いいとこ1万部止まりの出版でしこしこ終わらせるつもりは毛頭ありませんから。最小限の宣伝費用で、最大限の普及を図ってくださいね」
文花が挑戦口調で告げると、「その件は、わたしも昨夜から考えているんですが、文花編集長お得意の、例のマスコミを巻きこんでの拡販こそ最も効果的と思います」待ってましたとばかりに応じた香山部長は、意味ありげに、にやりとしてみせた。
――なんなの? その、お得意のって。
まるで、わたしが好んで新聞記者連中と付き合っているような言い草じゃないの。イチイチ話さなくてもわかってくれると思っていた香山部長から、そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。会社のためにしているのに、ひどいわ、ひどいわ。
怒りに駆られた文花は、かっと頬を熱くした。
恋人なら痴話げんかに発展するところだろう。
だが、あいにく、現状の香山部長は、恋人どころか、友人でさえない。
内実はともかく、かたちの上では文花が上司で、しかも経営者の娘という絶対的な優位にある。怒りに任せて反撃したりすれば、香山部長はたちまち自説を引っこめるだろうし、一部始終を見ていた他のスタッフは、内心でいっせいに鼻白むだろう。
「そうね、今夜にでも通信社の上原記者に会って頼んでみるわ」
事務的に返答した文花はひくつく頬を誤魔化すのに苦労した。
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