第54話 デジタルカメラが記録した意外な真実
そうこうするうちに、暗黙裡の結束を秘めたスタッフが次々に休日出勤して来る。
「なに、みんな、出て来ちゃったの? 週末ぐらいゆっくりすればいいのに。ただでさえ人使いが荒いんだからね、わが社は。家庭サービスやプライベートも大事にしなきゃ……」冗談めかせながらも、文花は胸に点った明かりをうれしく認識していた。
午前8時――。
文花編集長は香山部長がUSBメモリで移行してくれた写真のチェックを開始する。
昨夜、自宅に持ち帰って整理してくれたのだろう。
【準備中】【記者会見】【試写会】【打ち上げパーティ】【事件発生直後】と時系列でファイルごとに分類された写真に、001から整然と通し番号を付けてくれてある。
「香山部長、ありがとうございました。さすがです。とても助かります」
文花の手放しの賞賛に、香山部長は男性にしては色白の頬を薄く染めた。
――うふ。可愛い! わたしより年上なのに、少年みたいなんだもの。
文花は胸をきゅんとさせかけたが、面白くなさそうな草薙隼太郎に気付き、慌てて微笑を引っこめた。
最初の【準備中】と題されたファイルに記録されているのはつぎの顔ぶれだった。
不機嫌の裏の自慢が覗き見える百目鬼肇。クールな営業スマイルの諒子社長。対象に忠実なデジタルにより、厚化粧の地肌が暴露されている善財亜希子。キョトキョト視線が落ち着かない恭一郎。そして、さすが絵になっている佐々木豪と林美智佳。
つぎの【記者会見】のファイルには、発表順に清田哲司社長、竹山俊司監督、百目鬼肇、文花編集長、ブルゾン姿の動物トレーナーとタレント豚ジローが写っている。
香山部長のデジカメは壇下の記者席にも向けられていた。縦二つに折ったノートを尻のポケットに突っこみ、あるいはノートパソコンを開いた新聞記者の人たちが列を成して座りこんでいる。その周囲をおびただしいテレビカメラが取り囲んでいる。
【試写会】ファイルには、開始前と終了後の、どうということのないカットが数葉。
【打ち上げパーティ】ファイルに収録された写真は、華やかな場面が盛りだくさんで、枚数も圧倒的だった。哄笑、匂い、熱気……。いずれの写真にも臨場感あふれる全情報が凝縮されている。クリックして一葉ずつ見てゆく文花のまなうらに、喧騒と呼んでしまうには惜しまれる昨日のパーティの情景がありありとよみがえった。
整った眉にかすかな苛立ちを刻む清田社長。いかにも小者っぽい竹山監督。相変わらず「自分には関係ない馬鹿騒ぎ」風を装う百目鬼肇。きれいな笑顔の佐々木豪と林美智佳。フラッシュでハレーションを起こした佐藤プロデューサーの禿頭の眩しさ。
「スポンサーはたれあろう、この国の電波を支配する大会社の幹部たる余であるぞ。みなの者、存分に楽しむがよい」天下人気取りの高見の見物は、言わずと知れた全信の倉科徹部長。対照的に宴席の気配りに忙しいADの蔵前俊司と大野康平。
そこいら中の取材先で顔を突き合わせているはずなのに、互いに素知らぬ顔を決めこんでいる日日新聞文化部の鷹野正平、高砂ローカルの立石博朗、通信社文化部の上原和也。それに野暮な制服が窮屈そうな警察署幹部の面々。さらに、ハンサムな清田社長とのツーショットに上気した文花編集長と、いつもどおりクールな諒子社長。
なかでもいささか気になったのは、主演の林美智佳とADの蔵前俊司という意外な組み合わせが、深刻そうな顔付きで話している場面だった。それに、清田社長、佐藤プロデューサー、ADの大野康平、三者の視線が微妙に重なっている場面もあった。
最後の【事件発生直後】の写真は、当然ながら、乱れに乱れていた。
人の頭が無秩序に重なり合っているばかりで、フラッシュも届かないのか、肝心の殺害現場は暗くてまったく見えない。
――草薙くんに化工してもらおう。
特ダネが撮れているかも……。
下世話な読者の食い付きのいいネタを見付けるまで、文花は一歩も退く気がない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます