第52話 朝食時のテレビ報道を観ながら



 

 4月7日(土)午前6時――。

 早起きしてユキマロの世話を済ませた宝月文花は、母の諒子と朝食を摂っていた。


 食物繊維たっぷりのライ麦入りイングリッシュ・マフィンのチーズ・サンド。黄金色の半熟が絶妙なスクランブル・エッグ。美肌作りに効果がある「森のバター」ことアボカドと海藻のサラダ。ヨーグルト。豆挽き珈琲。ポリフェノールと鉄分が豊富なアサイー・ジュース……健康オタクを自認する母子の定番モーニングである。


 全国版テレビニュースでも高砂発の「映画女優殺人事件」を大々的に報じている。

 高砂警察署を背景に興奮口調でしゃべりまくるリポーターは大仰にひそめた眉間に「所詮は他人事」の好奇心を隠そうと無為な努力をしているように見えなくもない。


 弊衣破帽へいいはぼうの亡霊が現われても不思議はなさそうな旧制老鶯高等学校の不気味な教室棟。あの異次元空間で警察の事情聴取を受けているあいだに、校門の外では大変な騒動になっていたんだね……関係者の文花は冷静にテレビ画面を傍観する。


 ――せっかくの騒動が終息しないうちに、一刻も早く暴露本を出版しなきゃ。


 ネットと違い紙の本は手間暇がかかる。印刷と製本に要する日数から逆算すれば、版元に残された時間は決まって来る。忘れられたころに出版しても何の意味もない。


 予想もしなかった事態に逸っていた昨夜は、「熱意こそ最強の動力よ。全身全霊を傾ければ、やってできないことはないはずよ」自らを含めたスタッフを意識的に鼓舞していたが、労力も時間も限られた条件内でのきびしい現実を思うと、正直、焦る。


 ――呑気に朝食なんか採っている場合じゃない。

   一刻も早く、編集作業に取りかからなきゃ。


 だが、長年、緊急事態の連続だった母に苛立ちは見せられない。

 片付けを済ませた文花は、諒子社長よりもひと足先に家を出た。

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