第49話 2Bの鉛筆でシコシコ&印税10%
――ふっ、敢えて怒らせる戦法に出たな、草間刑事。
貫太郎より二まわり年長の草間吟司刑事も、署内でやり手として知られている。
果たして、百目鬼肇は猛烈に怒り出した。
「失礼な! あんた、モノを書く大変さがわかっておらんようだな。頭を捻って一字一字、原稿用紙の升目を埋めてゆくんだ。ぼくはパソコンなんぞというみっともない道具は使わん主義だから、2Bの鉛筆で手首を黒くしながら、シコシコ書いてゆく。そういう地道な努力の末に、やっと出来上がった本なんだよ」
「はい、それはわかりました。で、映画化には、どんなご苦労が?」
しれっと問い返す草間刑事に、百目鬼肇はにわかに語調を変えた。
「ぼくがこんな目に遭わされるのはね、すべて翡翠書房の女社長のせいなんだよ」
――都合のわるい話は、そらっ恍ける。
まるで詐欺師のやり口じゃないか。
「なにしろぼくは大して乗り気じゃなかったんだ。なのに、どうか先生お願いしますってんで三拝九拝された。仕方なく引き受けたら、どうしたわけか、見事に当たっちまってさやあ。翡翠書房創業以来のベストセラーになっちまったってえわけさやあ」
――やっこさん、急に高砂弁を転がし始めやがったな。
自慢には方言が効果的とでも思っていやがるのか。
貫太郎の観察をよそに、録音の草間刑事は淡々とした質問を繰り出している。
「いわば
「まあ、あれだわいね、半ば潰れかかった零細出版社を助けてやったんだから、版元では百目鬼先生に足を向けて寝られまいなんて、そう言ってくれる人も何人かおったりしてさや。いやいや、ぼくはそこまで恩着せがましく思ってはおらなんだがね」
――どうもこの先生、故意か迂闊か、質問をはぐらかす性癖があるようだ。
「だけど、あの女社長、女だけに大変なケチでね。あれだけ売れても10%の印税率を上げようともしない。それは安すぎる。中央の版元では12%は当たり前だと進言してくれる人がおってね。なに、新聞社の文化部長をしているぼくの教え子だがね。ぼくもずいぶん交渉してみたんだが、あの女社長、ついに首を縦に振らなんだわね」
「宣伝力の乏しい地方の出版社でそれだけ出せれば立派じゃないですか? 大手でも7~8%が相場と聞いていますよ」草間刑事は地元の翡翠書房を擁護してくれる。
「いやいや。それどころか、あの女社長、ぼくに嘘をついていた気配まである。あれだけ話題になって1万部しか売れていないってえことは、絶対にないはずだからね。ここだけの話、印刷会社へ電話して刷り部数を確認しようと思っているんだ。やはり教え子が役員をしておるからね。まったくもって油断も隙もあったもんじゃない」
――はぁ? 清貧で知られる翡翠書房が、誤魔化しなどするはずないだろう。
文花のおかあさんの負った苦労は、在学時代から友人間でもうわさになっていた。
だが、どんなに資金繰りに窮しても、悪辣な策謀を企んだり、大それた嘘がつける人間ではないことは、手塩にかけて育てた愛娘のすがたこそが雄弁に物語っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます