第48話 いやみのてんこ盛り、百目鬼肇の供述


 

 第2班以降の録音を聴いた貫太郎に、とりわけ強烈な印象を残したのは、翡翠書房刊のノンフィクション『フリーター豚・ジロー』を書いた百目鬼肇の証言だった。


「刑事さん、どこの高校出身? 県北か。ならば、ぼくを知らなくても無理はない。だがね、県下有数の名門を誇る高砂城北高校の名物教師と呼ばれたこのぼくがだよ、なんでこんなところで、警察なんかの事情聴取を受けねばならんのかね?」


 人間性の練れた有賀警部補とちがい、第2班の草間吟司刑事は不快を隠さない。

「なんでと言われても困るんですよね。あなたがどんなに偉い方か知りませんけど、まぎれもなく事件現場に居合わせた関係者のひとりなんですから。もちろん、拒否はできます。ただし、間違いなく、疑いの目で見られることにはなりますがね」


「ふん。映画だかなんだか知らんが、巻き添えを食ったこっちはいい迷惑なんだよ」

「あなたねえ、原作の著者なんでしょう? そういう言い方はないでしょうが」

 たまりかねたように横から口を出したのは、記録係の中島祥吾刑事だった。


「原作が聞いて呆れんだよ。刑事さん、試写会、観た? あ、観てない。映画の最後に関係者や団体の名がズラズラ流れるでしょう。あれ、なんてったっけかなぁ……。そうスペシャル・サンクス。あれに、原案とされていたんだからね、原作ではなく」


「どう違うんですか? 原作と原案では」

 率直に訊ねたのは草間吟司刑事だった。


「ふん。読んで字の如し。ぼくの著作は、それだけの扱いしか受けていないんだよ」

 百目鬼肇は憤懣やる方ない口調で吐き捨てる。


「では、脚本が原作と違ったものになっていたんですか?」

「違うなんてもんじゃないよ。ぼくのは静謐せいひつなノンフィクション、なのに映画はB級の恋愛話なんだから」田舎刑事にはなにを告げても始まらない、とでも言いたげだ。


「だいたいからして、ぼくはねえ、原作者としての正当な報酬すら受け取っていないんだよ。よくは知らんが、映画という世界では巨額な興行収入が見込めるんだろう?なのに、たったの100万円ぽっきりだぜ、全信を通じてぼくに提示された金額は」


 ――「原作にあらず」と言う舌の根も乾かないうちの、この矛盾ときたらどうだ。


 ボイスレコーダーを聴いている貫太郎は、内心で素早く突っこみを入れる。


「映画界の相場を知りませんから、高いか安いかの判断はつきかねます。でも、素人の目で端的に言わせてもらえば、二次使用による臨時収入には違いありませんよね。まさに棚から牡丹餅を絵に描いたような、美味しい話だったのではありませんか?」

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