第47話 傲岸不遜、竹山俊司監督の供述
第1班の2番バッターは、壮年期の森繁久彌ばりに口髭を蓄えた映画監督だった。
「竹山俊司。52歳。西東京市6―3―5―202。フリーランスの映画監督。以上」酒で潰した
――なんと! いやみったらしいやつだ。
地方の警察を舐めきっていやがるな。
レコーダーの音声に貫太郎は反発する。
だが、有賀警部補は苛立ちを見せない。
「ご本人に訊くのもなんですが、せっかくの機会を逃すのもアレですしね……。監督の感触として、映画『See you again! ジロー』の仕上がり具合はいかがですかな? ヒットさせる自信はおありですかな?」日向ぼっこの隠居話さながらに、のんびりと訊ね終わらないうちに、早くも相手の荒い呼吸が聞こえて来た。
「あのねえ、これでもおれの名前、業界じゃあ、相当に幅を利かせているんだよね。言っちゃあわるいけど、おれが創った映画で駄作なんざ、ただの1本もねえんだよ。映画も観ねえような輩にゃわからんだろうが、こう見えて中央の評論家の覚えもじつにめでたくてね、手がけるもの手がけるもの、われながら傑作揃いってえわけさ」
非文化人と決め付けられた有賀太一警部補は、べつだん、怒りもしない。「それはお見それいたしました」いきなり振りかざされたフックを、腰を屈めて軽く除ける。
「で、主演女優の林美智佳さんとは、どうだったんですか? 撮影現場で」とつぜん本題に入られた竹山俊司監督は、3分の1秒ほどの間を開けて、がーっと吠えた。
「それって、どういう意味よ? 刑事さん。パワハラで泣かせたとか、ふふふ、逆に食っちまったとか、そんな返事が聞きたいんだったら、お門ちがいもいいとこだぜ。おれたち監督にとっての俳優は、単なる駒または道具に過ぎねえんだよ。王手を取るため、または、おれの内面を表現するためのね。それ以上でも以下でもないのよ」
語尾が女言葉になった竹山俊司監督は、さらに荒い鼻息を吹きこむ。
「けどね、ここだけの話、今回の映画には相当に苦労させられたのよ、金銭的にさ。だって、ほら、シネマビレッジの清田社長って、有名なドケチでしょう。動物ものはタレント動物に金がかかるからってんで、その分、こちとら人間さまのギャラは叩きに叩かれてね。ただでさえカツカツなところへ持って来て俳優の
なにを思ったか竹山俊司監督は、居酒屋の止まり木にたまたま隣り合わせることになった、名前も知らない客同士のように、有賀太一警部補に愚痴をこぼし始めた。
――一匹狼を気取って見せる映画監督も、所詮、ひとりの弱い人間なのか。
華やかな芸能界の裏の闇をかいま見せられた思いで、貫太郎は肩を竦める。
「ほう、なるほど。……で、映画『See you again! ジロー』の興行成績とギャラの相関関係はどうなっていますか?」隣席の相客、有賀警部補が穏やかな相槌を打つ。
「じつはさぁ、それなんだよね、問題は。当初は撮影終了時に全額を支払ってくれる口ぶりだったんだけどね、いざ蓋を開けてみたら、半額は出来高払いの契約にスルーしていやがんの。そう、おれも俳優連中も。どうよ、せこいったら、ないよねぇ?」
有賀警部補の本意に気付かない竹山監督は、ダラダラ愚痴りつづけている。
「すると、あなたは、金を出し渋る清田社長を恨んでいた。ついでに、扱いにくいし金食い虫の女優・林美智佳をも疎ましく思っていた、という構図になりますかな?」
「えっ?! いやいや、ちょっと待ってよ、刑事さん。だからって、おれ、美智佳を殺したりはしないよ。そんな阿呆じゃないから、おれ。その程度の思考能力で、映画監督は務まらないから……もしもだよ、もしもこのおれがおかしな事態になったら、現代日本の映画界の大損失だよ。ねえ、信じてくださいよ、刑事さん」"天下の"竹山監督から鼻持ちならない傲岸は消え、泣きつかんばかりの哀願口調になっている。
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