第46話 温情派・有賀警部補のテクニック
文化や芸術には無縁の、ただ
その有賀警部補が映画通だったとは、いまのいままで知らなかった。
「そうです。弊社の代表作『太陽の反逆』を撮ってもらいました」
「あれは大変な傑作でしたな。とくに主演男優の女の扱いの荒っぽさ、あれは最高でしたな。わたしも、まだ若かったから、ずいぶん興奮したものです。ほかに『友よ、静かに瞑れ』とか『黒いドレスの女』なんかも、鮮烈な印象に残っていますよ」
興味津々で聴いていた後輩の刑事たちから野卑な歓声が挙がる。
同調のふりをしながら、貫太郎は内心で盛大な拍手を贈った。
――オッサン、語ってくれますねえ!
日ごろは教養の片鱗も見せないのに……。
初見の相手との真剣勝負を余儀なくされる事情聴取は、外部の者が想像するよりもずっと気骨が折れるものだった。どこのだれとも知れない、ひとりの人間の真髄を、限られた条件内で、可能な限り正確に探り当てなければならない。いたずらに威圧的にならないよう、かと言って、舐められないよう、相当な覚悟並びに高度なトーク術が求められるが、レコーダーの有賀警部補は余裕の貫録で世間話に持ちこんでいる。
アタマで信頼を得ておけば、あとは芋蔓式に事が運ぶ。
刑事という熟達した職人技の見本を提示してもらったようなものだった。
「映画に限ったことではありませんが、魂魄が籠もってこその芸術ですからね」
褒めてもらった事実への返礼の気ぶりも見せず、清田哲司は平然と言ってのけた。
「いや、まったくそうでしょうな。恵まれた環境で
――またまたあ。片仮名言葉まで持ち出しちゃって、おっさん、大丈夫っすか?
父親を案じるような貫太郎の危惧をよそに、当の有賀太一警部補は、至って泰然と応対している。田舎刑事を見下す有名人の無礼にも、敢えて逆らわない方針らしい。
「正直、警察でこんな話が出るとは思っていませんでした。なんだかうれしいなあ」珍しく清田哲司が本音らしきものを呟いたので、貫太郎は再び驚きの目を見張った。
――難攻不落に見えた砦も、意外に脆かったのか?
オッサンの勝ちだな。
「警察も話の分からん野郎の巣窟ではないと見直していただけましたかな、ははは」
両者のあいだに一気に空気が通い合った様子が、レコーダーからも伝わって来る。
推定殺害時刻のアリバイを確認した有賀警部補は、温情の籠もった声で言った。
「今回の一件は別にしても、今後も気合いの籠もった映画を創ってください。どこかの映画館の暗闇で、あなたのお名前と再会するときを楽しみにしていますよ」
清田哲司の返答はなかった。
ただ、ぐぅ……と、くぐもった音が聞こえただけだった。
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