第43話 「春の大曲線」に誓うみんなの決意
――窮地の翡翠書房を救う
あらん限りの情熱を持って、文花は全員の説得を試みた。
それまで黙っていた香山部長がおもむろに口を開く。「編集長のプランに全面的に賛成します。今日一日の波乱万丈を、むしろ天与のチャンスと捉えるべきです。編集への協力はもちろんですが、営業としても全力でバックアップさせていただきます」
販売の全権を握る立場の有無を言わせぬ説得に、まず植村部長が賛成にまわった。「編集と営業の責任者がおっしゃるなら、間違いはありませんわね。ぜひとも、成功させてください」「いやぁ、畏れ入りましたよ。ダウンを食らってなお、リングの底から立ち上がるボクサー並みの心意気、さすがはムエタイの名手の文花編集長です」パートの外山が先に賛同を表明したので、格好を付けながら草薙も賛成に加わる。「おれ的には、良心の呵責? あれを禁じ得ないっすけど、一丁やってみますか」
編集長とはいえ娘が言い出した企画だけに、それまでオブザーバー的に沈黙を貫いていた諒子社長が、ここでにこやかに総括する。「じゃあ、これで決まりね。いまの言葉で言えば、ヤバいっていうのかな? 相当にヤバい話だから、くれぐれも社外秘でお願いね。ただし、責任はわたしが取るから、こうと決めたら存分に暴れまわってちょうだい。一般大衆に大受けする、えげつなーいムックを期待しているわよ」
――さすがは百戦錬磨の諒子社長、肚の据わり方がちがう。
文花はあらためて、わが母の土性っ骨を見直す思いだった。
「さあ、さっそく編集に取りかかりましょう。香山部長、今日、撮影した写真を1枚残らずわたしのMacに移してください。大まかなレイアウトはわたしが考えるから、草薙くんはDTPアーティストの腕を最大限に駆使して、翡翠書房史上最高の編集をお願いね。植村部長と外山さんも、総合的なバックアップをよろしくお願いします」
食べ終えた弁当を手早く片付けた6人は、つい先刻までの険悪ムードはどこへやら、分担して戸締りをしたあと、和気藹々の一団となって、夜の駐車場へ出て行く。
「星がほら、あんなにきれいだよ!」
柄にもなく、草薙隼太郎が叫んだ。
素っ頓狂に裏返った声に釣られ全員がいっせいに見上げた高砂の空に、北斗七星、アークトゥルス、スピカ、烏座を繋ぐ「春の大曲線」が優美な弧を描いている。
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